105歳超長寿料理人の驚愕の人生

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フランス・マルセイユに驚くべき料理人がいます。
ミシュランの星を獲得したわけでもない。
なのに、彼女の店で料理を食べた人々の中には、哲学家・文学者のジャン=ポール・サルトル、ロックシンガーのパティ・スミスなど有名人も少なくありません。
なによりすごいのが、料理人の年齢。2012年時点で、なんと105歳。
ただし、現実の話ではなく、小説『105歳の料理人ローズの愛と笑いと復讐』の話。


でも、所詮フィクションと侮ることなかれ。
フランスでジャーナリストとして『フィガロ』紙、『ル・ポワン』誌などの編集長を務め、テレビ番組の司会やコメンテーターとしても成功をおさめた、フランツ=オリヴィエ・ジズベールのベストセラー小説であるこの本。
回想録を書こうと105歳になる料理人・ローズが思い返すエピソードの数々は、ノンフィクションなら全世界が仰天すること間違いなしの話ばかりなのです。

ジェノサイドに遭遇


ローズの半生は、100年間の紛争による死者が2億人を超えるといわれる、20世紀の歴史を体現するものでした。
1907年トルコ生まれのローズは、農家を営むアルメニア人の両親に大切に育てられます。しかし、平穏な日々は長く続きません。
1915年頃になるとオスマン帝国内には、少数民族のアルメニア人を排除しようとする、民族浄化運動の機運が高まります。
アルメニア人たちは、〈生き残るためにはただおとなしくしていればいい〉と踏んでいました。
しかし、相手が聞く耳をもつことはありませんでした。父親は武装した民族主義者たちに殺され、他の家族もどこかへ連れ去られてしまいます。
ただ一人隠れて無事だったローズ。
〈わたしは生きたかった。いつの日か復讐を遂げるために〉。

ハーレム、浮浪者、家庭不和、浮気……波乱万丈すぎる人生


それから色々なことがありました。
憲兵に捕まり、幼くしてオスマン帝国高官のハーレムに入らさせられたこともありました。
貨物船でフランス・パリに逃れ、物乞いで生計を立てたことも、レストランの下働きで奴隷同然の扱いを受けたこともありました。
オート=プロヴァンスで農家を営む老夫婦と出会い、養子として迎えられ、幸せな少女時代を送ったこともありました。
養父母が亡くなった後、後見人としてやって来た親戚の夫婦にいびり倒されたこともありました。
家畜の去勢師・ガブリエルと恋に落ち、駆け落ちしたこともありました。
1926年に第1子を出産、レストランをパリで開業と慌ただしい日々を過ごした時もありました。
浮気もしましたし、バレて夫の怒りを買い、別居することにもなりました。
1940年にはドイツ軍がフランスに侵攻し、ナチス高官ハインリヒ・ヒムラーが来店、料理とその美貌を気に入られたローズは総統アドルフ・ヒトラーに料理を供すことにもなりました。
それでは歌っていただきましょう……なんて、歌のイントロの前口上とするには、あまりにもトピックの多い波乱万丈の人生。
その主人公にして、お涙頂戴のしおらしさとは無縁の反骨心を持つ女性、それがローズなのです。

メニューが伝える、あの独裁者の意外な一面


〈罪悪感が愛の最良の誘因のひとつである〉と悪びれることなく、浮気にまつわる格言を残す肉食系なローズ。
秘密のメモ〈憎しみのリスト〉に載る、愛する者を奪った悪人たちを暗殺し、過去を清算してきたローズ。
〈愚痴をこぼす人間には我慢がならない。ところが、この地上には愚痴をこぼす人間しかいないときてる〉と愚痴る、105歳になる今もなお勝気なローズ。
次々と襲う苦難に絶望することなく、やられっぱなしでは済まさないローズの処世術がなんとも痛快。

〈においを嗅いだだけで、あるいはメニューを見ただけで、わたしにはわたしの人生が目の前を通り過ぎていくのが見える〉というローズの記憶する、有名人の意外な一面もまた興味深いもの。
たとえばヒトラーに提供した料理は、ポロネギ(西洋ネギ)のオードブルからミルフイユのように様々な野菜を挟み込んだ〈菜食主義者のラザニア〉まで、とにかく消化に気を遣ったコースで、満足に食事も楽しめない独裁者のひ弱な素顔が伺えます。

こんなにおもしろいおばあちゃんの作る料理を食べてみたいし、話も聞いてみたい。
なのに、彼女が実在しない現実なんて、フィクションであってくれ!と思わずにはいられなくなる一冊なのです。
(藤井勉)