吉田鋼太郎演じる「鬼と呼ばれた男〜松永安左ェ門」のしくじり人生

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NHKの放送90年ドラマ「経世済民の男」シリーズの第3弾(第5回)、名古屋放送局制作の「鬼と呼ばれた男〜松永安左ェ門」がきょう19日21時より総合テレビで放送される。

同シリーズではこれまで高橋是清と小林一三がとりあげられ、いずれも2週連続で放送された。それが今回の松永安左ェ門(1875〜1971)だけは1週のみの放送というのは制作局の力関係か、それとも人物の知名度の差もあるのだろうか。

しかし、松永安左ェ門は、その業績はもちろん、人間としての魅力や破格さからいっても高橋是清と小林一三に対しまったく遜色はない。

私が初めて松永のことを知ったのはいまから25年ほど前の中学時代、『現代日本朝日人物事典』という事典で、パナソニック創業者・松下幸之助とのツーショット写真を目にしたときだ。あの「経営の神様」が神妙な面持ちで松永の話を聞くさまに、「この松永安左ェ門ってじいさんは何者だ!?」と思ったものである。ちなみに日本の電力業界に大きな足跡を残した松永のあだ名は「電力の鬼」。今回のドラマのタイトルもそこからつけられている。


調べてみると、明治以降の日本で活躍した経済人のなかでも、松永ほど浮き沈みの激しい人生を送った人物はそんなにはいまい。そう考えると、ドラマが1回だけで終わってしまうのももったいない気もする。

私の好みからすれば、キャスティングもシリーズ中もっともしっくりくる。主演の吉田鋼太郎はトレードマークの髭を剃り、白髪頭に眉毛も伸ばして松永本人にかなり似せている。吉田といえばNHKの朝ドラ「花子とアン」で、歌人の柳原白蓮の夫・嘉納伝助を好演したことが記憶に新しい。じつは伝助のモデルとなった実在の炭鉱経営者・伊藤伝右衛門は、松永が福岡での事業で成功しかけた時期(1910年代)、わりと近いところにいた。松永のもとにはこのころ、旧知の人物が困窮して助けを求めてきている。結局その人は、親戚がちょうど福岡の鉱山監督局長をしており、その夫人が白蓮と友達だったことから伝右衛門の屋敷の執事に納まったという(『自叙伝 松永安左ェ門』)。

ドラマではこのほか、歴代首相から近衛文麿を利重剛、東条英機を大竹まこと、吉田茂を伊東四朗が演じる。このうち吉田茂と松永は終戦直後に激しく対決している。それを伊東四朗と吉田鋼太郎がどう演じるのかが非常に楽しみだ。

しくじり・その1「極道の妻に手を出す」


さて、松永安左ェ門がいかに破格の人物であったか、ここからは「しくじり」をキーワードにいくつかエピソードを紹介してみたい(何だかどこかのテレビ番組みたいだが)。

「経世済民の男」シリーズの放送にあたっては、これまで高橋是清と小林一三について記事でとりあげ、それぞれ若いころの女性関係でのしくじりにも言及した。高橋の場合はそれが「放蕩の末に借金を抱え、懇意にしていた芸者の付き人になる」であり、小林は「好きだった女と別れるつもりでべつの女と結婚したが、結局別れられずに駆け落ち、家に帰ったら妻に逃げられていた」と、いずれもそうとうなものだ。しかし松永の「ヤクザの妻に手を出す」というしくじりを前には、彼らの失敗もかわいく思える。

それは松永が20歳で、慶應義塾をいったんやめて、故郷である長崎の離島・壱岐(いき)で家業を継いでいたころの話だ。獄中にいたヤクザの女房を囲っていたのだが、そのヤクザが出所してきたため、命がけで女と2人で家に立て籠もった。このとき、地元の腕と度胸に自信のある連中を集めてまわりを固め、6連発のピストルも購入したというからまったくおだやかではない。最終的には地元の顔役があいだに入って話がつき、その女は松永ともヤクザとも別れて故郷に戻されたという(田原総一朗「松永安左ェ門」、『人物昭和史』)。

ちなみに籠城中に松永は、部屋から一歩も出られない女が用を足す世話までしたとか。このあたり彼の恋の本気度がうかがえる。

しくじり・その2「株大暴落で全財産を失う」


壱岐から再び上京して慶應義塾に復学した松永だが、結局中退している。それから三井呉服店(のちの三越)、さらに慶應の先輩で福沢諭吉の娘婿の福沢桃介に紹介され、日本銀行に入るのだが、いずれもすぐにやめている。日銀では総裁の秘書役になれるものと思いこんでいたが、入ってみると営業部の平社員だったことに不満を抱き、やめてしまったらしい。

その後、24歳にして福沢桃介と組み、神戸で総合貿易会社を設立するのだが、1年を経ずして倒産する。悪いことは重なるもので、東京に引き揚げる列車のなかで、カバンに入れていた現金を盗まれてしまう。

無一文となった松永は、しばらく居候させてもらった福沢から500円を借りて、「福松商会」という店を出した。ここで彼は商品売買の仲介をするブローカー稼業を始める。やがて石炭で大儲けをするのだが、そのために縄張り荒しはするわ、入札でいんちきをして談合破りをするわ、果ては仕事をとるため買収までしている。そのため拘置所にぶち込まれることもしばしであった。

その後、1906年、日露戦争後の好景気には株に手を出して大儲けしている。だが、それまでさんざんあくどいことをやってきた報いなのか、やがて株価の大暴落で破産、さらには火事で家まで失ってしまう(三井銀行をやめて証券会社の設立に参加しようとしていた小林一三も、この暴落でしばらく失業している)。これを機に松永は自分の頭も立場もすっかり変えなければならないと、神戸近郊に家を借りて何年か休むことにした。

それから2年足らずで財界に復帰した松永は、大阪でコークス販売を行なったのを手始めに、製革業、そして1909年には福岡に進出して福博電気軌道という会社を設立、これを足がかりに日本瓦斯(ガス)会社や九州電気会社をつくり、さらに佐賀や長崎を含め周辺の電力会社を合併して九州北部の電気事業を掌握する。ここから松永は電力業界で活躍を始めた。

ところで、「鬼と呼ばれた男〜松永安左ェ門」は当初の予定では、同じくNHK総合の「ブラタモリ」の「福岡と鉄道〜福岡発展のカギは「鉄道」にあり!?〜」の回と同日に放送されるはずだった。「ブラタモリ」の放送は延期され10月3日(土)の放送となってしまったが、福岡に初めて電車を走らせたのが松永安左ェ門だったことを思えば、「福岡と鉄道」回はぜひセットで見たいところである。

しくじり・その3「電力国家管理に抗うも敗北」


3つ目のしくじりにあげたいのは、昭和初期の1932年に松永が北海道を除く全国の電力を制覇したのもつかの間、日中戦争勃発後の戦時体制の確立にともない電力事業が国家の管理下に置かれたことである。これについては、終戦直後の電気事業再編成をめぐる吉田茂との対立とあわせてドラマでもくわしく描かれることだろう。なお、吉田との対立の末、1951年には北海道電力・東北電力・東京電力・中部電力・北陸電力・関西電力・中国電力・四国電力・九州電力からなる民営9電力体制が成立している。

前回までのドラマの主人公である小林一三(松永とは親交も深かった)と同様に、松永もまた生涯を通して自由主義を貫いた人だった。だからこそ電力の国家管理には最後まで抵抗した。1990年代半ばより進められている電力の自由化は、松永の意志を継承したものともいえる。ただし、2011年の福島第一原発の事故後、盛んに議論されている発電・送電・配電の分離について、松永が生きていれば反対しただろうとの見方もある。彼は発送配電一貫経営を持論としていたからだ(橘川武郎『松永安左ェ門』)。


松永の自由主義的な考え方は、このほかさまざまな面に表れている。たとえば大阪で製革会社を経営していたのは、皮革を専業とする人々に対する蔑視がひどかった時代だが、彼はその人たちとも分け隔てなく交流した。福岡での電車路線の敷設に際しては、のちに部落解放運動に尽力し政治家になった松本治一郎の協力を受け、これをきっかけに交友を深めている。

1964年10月10日、東京オリンピック開会式当日の日記には、このころ、韓国が主権を主張する水域(いわゆる李承晩ライン)に日本の漁船が侵入したとして拿捕される事態があいついでいたのを受け、その策として武力を用いることなく「どこまでも気長に話し合いにて解決するということこそ日本がかつて失われた信用を恢復しアジア諸国に重きをなすにいたるであろう」と記した。もっとも、日記には一方で「女教員の32、3の容貌は普通だが肉づきのよい優しい処女婦人で恋愛を感じた」などと夢で見た女性について妙に生々しく描写しているのが(『松永安左ェ門九十歳病床日記』)、また松永らしい。

還暦を迎えたころから茶の湯をたしなむようにもなり、そこで松永が集めた茶器の名品はのちに東京国立博物館に寄贈されている。ちなみに彼に茶の湯を勧めたのは、戦前に政界の黒幕として活躍した杉山茂丸だという(宇佐美省吾『人生の鬼・松永安左ェ門』)。『ドグラ・マグラ』などで知られる作家・夢野久作の実父だ。

こうして見ていくと、松永が96年にわたる一生のあいだに広げた人間関係はじつに濃い。繰り返しになるが、本当にドラマが1回で終わってしまうのはもったいない。どうせなら大河ドラマぐらいの規模でやるべきではなかろうか。これまで「経世済民の男」に登場した2人も含めて、近代日本の経済人が総出演する大型ドラマ、ぜひ見てみたい。
(近藤正高)