参議院ホームページより

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 参院平和安全法制特別委員会で安保法制が強行採決されるのか。緊迫の度合いが強まってきた。地方公聴会と同日に委員会採決を行うことになれば、これは異例中の異例の展開。菅義偉官房長官は「野党が合意したから強行採決ではない」と言い張っているが、馬鹿を言え。民意を無視して押し通すなど、これは立派な強行採決だ。だいたい肝心の法案は、審議によってその立法事実さえ失った状態ではないか。

 たとえば、安倍首相がさんざん繰り返し言っていた「ホルムズ海峡での機雷掃海」も、今月14日の委員会で本人自ら「具体的に想定しているものではない」と前言撤回。さらに、昨年5月の会見以降、安倍晋三首相が集団的自衛権行使の根拠として触れ回っていた"日本人の母子を守るために"邦人が乗った米艦を日本の自衛隊が防護するという話ですら、8月26日の委員会で中谷元防衛相が「邦人が乗っているかは絶対的なものではない」と発言。日本人を守る目的がなくても集団的自衛権を行使することを認めた。だいたい、統合幕僚長と米軍が安保法制の成立を「今年の夏までに」と確約していた内部文書にしたって、はぐらかすばかりできちんとした説明も行われていない。

 一体誰が、こんな状態で納得をするというのか。挙げ句、「法案が成立し、時が経ていくなかで間違いなく理解は広がっていく」(安倍首相発言、14日)だ? 主権在民を無視した、このような暴挙は到底許せない。

 この、戦後史上もっとも最悪な独裁政治に抗う方法は、もはやアレしかない。そう、「牛歩」戦術だ。そしていまこそ、野党に強く要求したい。牛歩をやれ!と。

 牛歩というのは、強行採決に抵抗するための手段として編み出された方法で、日本においては戦前から受け継がれてきたスタイルだ。強行採決されそうな議案に対し数の力では負けてしまう野党が、まずは内閣不信任案や問責決議案、不信任決議案などを提出。投票にまでもちこんで、投票を行う際、わざと牛のようにノロノロと、あるいは足踏みをすることで時間をかせぐことにより、会期末による流会(法案の成立断念)や与党からの留保を狙うのだ。

 今回の安保法制でも野党側はこうした抵抗策を考えており、時事通信の記事(9月16日付)によると、参院本会議採決へと動けば、中川雅治・参院議運委員長の解任決議案、山崎正昭・参院議長の不信任決議案、安倍晋三首相と中谷元防衛相への問責案などを提出することを想定しているという。また、「新国立競技場の建設計画見直しで責任論が出ている下村博文文部科学相らの問責案」も提出すべきという意見もあるらしい。とにかく数を打って少しでも時間を引き延ばそうという算段だが、そこで時間かせぎの真打ち(?)たる牛歩の出番となるわけだ。

 ただ、問題なのは、牛歩には悪しきイメージが強い、ということ。1992年、自衛隊の国連平和維持活動(PKO)協力法案の採決に際して、当時の社会党などの野党がこの牛歩戦術を採用。31時間も牛歩をつづけ、じつに4泊5日におよぶ徹夜国会で徹底的に抗したが、結果としては自民党をはじめとする与党が数で押し切り、あえなく失敗した。

 しかも、この牛歩は国民から大顰蹙を買った。メディアはこぞって牛歩を取り上げ、「国民がしらける あんな牛歩で「戦った」とは笑止千万」「低次元の牛歩国会」「生理的苦痛残るだけ」と批判を展開。国民からも「みっともない」「無駄な抵抗」「潔くない」とブーイングが起こった。

 そのため、今回の安保法制でも、牛歩戦術を野党が取ればこうした世論が生まれる可能性は高い。牛歩はその名の通り、ビジュアル的にも情けなさが伴う。ここにつけ込んで、露骨な政権擁護に傾いた読売新聞や産経新聞、フジテレビに日本テレビ、普段は批判を恐れて政治ネタを扱わないワイドショーなどは、ここぞとばかりに牛歩を嘲笑い、"みっともない野党"を印象付けるだろう。言わずもがな、ネット上ではネトウヨが大挙して炎上祭りを展開することは必至だ。

 だが、牛歩とは、まったくもってみっともない戦術などではない。これは真っ当で立派な抵抗手段なのだ。

 そもそも牛歩戦術とは、広い意味での議事妨害(フィリバスター)といわれるものだが、おもにフィリバスターというと長時間の演説で進行を妨害する方法(牛歩にならって「牛タン戦術」とも呼ばれる)のことをさす。2004年の年金制度改革法成立のとき、民主党の森ゆうこ議員が参院厚労委員長解任決議案の演説で3時間1分(戦後最長記録)もかけたが、これがフィリバスターだ。

 また、議事妨害にはほかにも「ピケ」(ピケッティングの略)という方法もある。ピケットとは「監視員」という意味だが、議場などの入口で与党議員の入場を阻止したりすることをいう。1996年に住宅金融専門会社処理問題で公的資金を投入するかどうかで与党と対立した小沢一郎率いる新進党が、このピケを行い、22日間ものあいだ委員会室を封鎖。赤じゅうたんに座り込んで煙草を吸うなどの議員の姿がメディアで紹介された。しかし、このときも案の定、新進党は大バッシングに晒される結果に。その後、新進党は求心力を失った。

 一方、アメリカなどの国では、フィリバスターは当然の権利として周知されている行為だ。その例として、1939年に公開された映画『スミス都へ行く』(監督/フランク・キャプラ)という作品がある。選挙によって議員となった青年スミスがダム建設に絡んだ不正を知り、それを告発しようとするものの逆に議会で除名のピンチに立たされてしまう。そこで一発逆転を狙い、フィリバスターを実行して大演説をぶつ──という物語だ。

 もちろん、こうした映画が"民主主義のあるべき姿""正義のかたち"として支持されているだけでなく、実際にアメリカ議会では1957年にストロム・サーモンド議員が24時間18分にもわたって演説を行い、上院の最長記録として残っているし、「安倍首相と政治手法がそっくり」と評判のジョージ・W・ブッシュ前大統領が独裁的な政治を進めていたときも、フィリバスターによって阻止してきた部分がある。

 数の論理ですべてを決定するのではなく、少数意見にも耳を傾け、合意の道を探る......。そのひとつの方法が、議事妨害にある。いま、日本で行われているのは、いくら国民がおかしいと言っても安倍首相が「私は総理大臣なんですから」の一言で押し通そうとする、権力を笠に着た思い上がりの政治だ。これに抵抗するには、最後まで愚直に抗うこと。それしかない。

 だから、野党の議員たちよ。あらゆる手を尽くし、やれることは全部やるのだ。そしてメディアのバッシングを恐れず、牛歩を実行しろ。ピケもやれ。大いにやれ。それはあなたたちがいまやれる、唯一の仕事だ。

 前述した『スミス都へ行く』では、マスコミは有力議員の言いなりになってスミス議員を猛バッシングするが、そんな逆境のなかでもスミスは23時間ものフィリバスターに挑む。声が枯れ、ボロボロになり、その上、偽物の抗議文書を大量に突きつけられるスミス。それでも、彼は議会の真ん中でこう声を上げる。

「あきらめません。これしきの事で。僕はここに立って闘い続けてみせる。嘘の山に囲まれても!」

 もうすでに「結局、何やっても可決されるんだし」というような諦めモードの議員もいるだろう。だが、市民は諦めていない。地方公聴会の会場となった新横浜では、強行採決に反対する人たちがシットインで抵抗した。警官に蹴られても引き倒されても、反対の意志をしっかり表現するために、この政治に対して懸命に抗った。次は、あなたたちの番だ。

 わたしたちは見ている。どこまでやるのか、本気で止めたいと思っているのか、野党の態度をしっかり見ている。そのことを忘れないでほしい。
(エンジョウトオル)