9月特集◆優勝か? 失速か? 阪神タイガースの秋(4)

 首位攻防を繰り広げる今シーズンの阪神タイガースにとって、「助っ人外国人カルテット」はなくてはならない存在だ。

 9月9日の巨人戦は首位を死守するために負けられない一戦だったが、3-3の同点で延長10回から登板した抑えのエース、呉昇桓が回をまたいで2イニングを無失点で抑えると、11回裏一死二塁からマット・マートンが左中間にヒットを放ってサヨナラ勝ちを収めた。

 呉、マートン、そしてランディ・メッセンジャー、マウロ・ゴメスの「助っ人カルテット」は、昨シーズンの各種タイトルを獲得した。呉は最多セーブ(39個)、マートンは首位打者(.338)、メッセンジャーは最多勝(13勝)と最多奪三振(226個)、ゴメスは打点王(109打点)という活躍をし、セ・リーグ2位の成績に加え、日本シリーズ進出の原動力となった。今シーズン、各選手は昨年ほどの爆発力はないものの、コンスタントに試合に出場し、厳しい戦いのなか、勝利に貢献している。

 優勝争いをするようなチームには必ず「優良助っ人」がいるものだが、歴史を振り返ってみれば、阪神が好成績を収めた過去のシーズンも例外ではない。

 まず、21年ぶりのリーグ優勝を決め、球団初の日本一になった1985年のシーズンは、ランディ・バースの大活躍あってこその戴冠だったと言ってもいいだろう。掛布雅之、岡田彰布を擁する「ニューダイナマイト打線」の一角を担い、バースは三冠王を獲得。当時の助っ人外国人記録であった54本塁打を放ち、打率.350、134打点をマーク。翌年も2年連続で三冠王となり、「阪神最強の助っ人」として今も語り継がれる伝説の存在になっている。

 バースが注目されるなか、いぶし銀の仕事をしていたのがピッチャーのリッチ・ゲイルである。1985年にボストン・レッドソックスから入団し、開幕からローテーションを守ると、チーム勝ち頭の13勝を挙げる。やや制球難はあったものの打線に助けられ、要所で助っ人らしい頼りになるピッチングを披露した。メジャー時代にワールドシリーズでも先発したことがあり、大舞台に慣れていたのか、日本シリーズでは2勝を挙げ、優勝を決めた第6戦は完投でタイガース初の日本一胴上げ投手となった。

 その後、阪神は暗黒時代の1980年代後半から1990年代へ突入するのだが、1992年だけはリーグ2位という好成績を収めている。このとき活躍したのが、大洋ホエールズを解雇されて入団したジェームス・パチョレックと、来日2年目のトーマス・オマリーだった。

 大洋時代から確実性のある打撃に定評があったパチョレックは、4番を務めるなどしてリーグ最多となる159安打を放ち、14勝利打点と勝負強さも発揮、ベストナインにも選出された。さらにファーストとしてゴールデングラブ賞も獲得している。

 現在阪神のコーチを務めるオマリーは.325という高打率に加え、リーグトップの出塁率.460を記録。さらにリーグトップの94四球と、選球眼の良さも知らしめた。また、パチョレックと同様に守備でも魅せ、サードとしてゴールデングラブ賞を獲得している。

 ちなみにオマリーは翌年に首位打者になり、また、あまりにもヘタクソな『六甲おろし』がウケてファンからの人気は高かったが、球団から「助っ人なのに長打力がない」という理由で1994年のオフに自由契約になっている。その後、移籍したヤクルトスワローズでリーグMVPと日本シリーズMVPに輝く活躍をしていることを考えれば、高望みしすぎた首脳陣のミスジャッジと言っていいだろう。

 そして暗黒時代をようやく乗り越えた阪神は、2003年の星野仙一監督時代と、2005年の岡田彰布監督時代にリーグ優勝を遂げている。

 まず2003年に打者として18年ぶりのリーグ優勝に貢献したのがジョージ・アリアスだ。オリックス時代のアリアスのバッティングに星野監督が惚れ込んで2002年にチームに加わると、翌年は金本知憲や桧山進次郎らとクリーンナップを組み、38本塁打・107打点の堂々たる数字でインパクトを残した。

 そんなアリアスに代わって2005年に金本や今岡誠とクリーンナップを組んだのが、広島東洋カープから移籍してきたアンディ・シーツである。シュアなバッティングに加え、巨人戦では1試合3ホーマーを放つなど、チームに勢いをつける活躍が印象的だった。またファーストの守備も巧みで、この年から3年連続でゴールデングラブ賞を獲得している。ちなみに引退後は阪神の駐米スカウトとなり、さっそく現在の中核を成すマートンを見出す慧眼を発揮している。

 さらに2003年と2005年の優勝で忘れてはならないのが、投手のジェフ・ウィリアムスだろう。左サイドスローから投げ込むMAX156キロのストレートと切れ味鋭いスライダーを武器に、2005年に藤川球児、久保田智之と『JFK』と呼ばれた強力なリリーフ陣を組むと、阪神の象徴として欠かせない存在になった。

 2003年は主にクローザーとして52試合に登板して防御率1.54、25セーブを挙げ、2005年はセットアッパーとなり75試合の登板で防御率2.11、37ホールドを記録した。これらの数字だけを見ても、ウィリアムスの力投がなければ優勝はありえず、貢献度はレジェンドのバースに次ぐものだと言っていいだろう。

 阪神の助っ人外国人選手といえば、1997年に年俸3億円で契約しながらわずか7試合の出場で「神のお告げ」と突然引退したマイク・グリーンウェルのように、ハズレ選手のイメージも強い。だが、チームが強く結果を出すときは、バースのような球史に名を残す優秀な助っ人が必ずいるのも特徴だ。

 今シーズンの助っ人カルテットも、後年に名を残す存在であることは間違いない。果たして阪神の最終成績はいかに......。

石塚隆●文 text by Ishizuka Takashi