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○天才科学者が挑んだ「究極のテーマ」

アイザック・ニュートンは、近代科学の確立に大きく寄与した天才科学者だ。「万有引力の法則」に「微分積分法」、「光のスペクトル分析」などの多くの業績を築き上げた「理性の人」として、科学史にその名を刻んでいる。そのニュートンが、なぜ「黄金を巡る旅」に登場してくるのか?

実はニュートンが挑んでいた分野に「錬金術」があった。錬金術の研究が始められたのはニュートンが25歳だった1668年頃で、関連する様々な書籍や文書を収集する一方で、勤めていたトリニティ・カレッジ(ケンブリッジ大学)の小さな小屋で、四半世紀にわたって様々な実験を繰り返していたというのだ。

ニュートンの手稿にこんな記述がある。

「その石を金と銀とともに丸一日溶融状態において発酵させ、その後金属に投入する」ここでの「石」とは、錬金術師の間で「賢者の石」と呼ばれていたもので、鉄や銅などの「卑金属」を、金銀などの「貴金属」に変えるとされてきた。

ニュートンはさらに、「石を三羽以上の鷲の水銀とともにアマルガムにして、同量の水を加えればよい。これを金属に用いたければ、その都度金三に対して石を一の割合で溶かせばよい…。このようにして無限に増量させる」と、具体的な錬金術の方法を書き続けている。しかし、その内容はオカルト的で、近代科学の開拓者だったニュートンのものとは思えない怪しげなものとなっている。

ニュートンは錬金術の研究を、人目を忍んで行っていた。ニュートンが生きていた時代、錬金術は「悪魔的」なものとされて法律で研究は禁止されていて、破れば絞首刑になることもあった。このためニュートンは、錬金術の研究成果を著作などで公表することはなく、手稿などの形で手元に置いていた。しかし、その多くが後の火災で失われたことから、ニュートンが錬金術の研究をしていたことは、ほとんど知られてこなかったのである。

○ニュートンが挑んだもう一つのテーマ

ニュートンが錬金術に取り組んだのは「お金儲け」のためではなく、純粋に科学的な欲求からだったとされている。しかし、富への強い執着を持っていたことは事実であり、その英知を駆使して挑んでいたものがあった。株式投資である。

ニュートンが生きた18世紀初頭のイギリスは株式市場が整備され始めた時期で、中でも注目されたのが「南海会社」(The South Sea Company)の株式だった。イギリス政府から中南米の貿易の独占権を付与されていた「南海会社」だが、事業は不振で経営危機に瀕していた。しかし、その株式が上場されると、中産階級を中心とした個人投資家の人気を集め、1720年始めに120ポンドほどだった株価が、半年後には1050ポンドとなる大暴騰を演じる。これに伴って株式市場全体が過熱し、「南海会社」に似せた実体のないペーパーカンパニーが次々に設立される。「泡沫会社」(Bubble Company)と揶揄されたこれらの株式だったが、「南海会社」の株式を買い損なった人々がこれに飛びついたことで、信じがたい高値を付けることとなった。

「泡沫会社」の乱立が「南海会社」に悪影響を与えると考えたイギリス政府は、突如として取り締まりを始める。この結果、「泡沫会社」の株価は軒並み暴落したが、その過程で「南海会社」の脆弱な経営実態も浮き彫りとなってしまう。「泡沫会社」の株価暴落に引きずられる形で、「南海会社」の株価も年末には120ポンド台へと逆戻り、多くの投資家が莫大な損失を被ると共に、経済活動にも深刻な影響を与えることとなった。根拠のない株価の暴騰と、その崩壊に伴う経済的な大混乱。「南海泡沫事件」(The South Sea Bubble)と呼ばれたこの出来事こそ、お馴染みの「バブル」の語源となったのだ。

実はニュートンも「南海会社」に投資をしていた。早くから「南海会社」の株式を購入していたニュートンは、上昇の過程で売却して利益を確定させていた。株価上昇は異常であり、「もう上がらない」と思ったわけだが、その後も上昇を続ける株価に「早まったかもしれない…」と後悔し始める。そしてとうとう我慢できなくなり、「まだ上がる!」とばかりに株式を買い戻したのだが、その時株価はピークを付けていた。その後の暴落に巻き込まれたニュートンは、現在の価値で5億円ともいわれる損失を出してしまったのだ。

株式市場には「もうはまだなり、まだはもうなり」という格言がある。「もう上がらない」と思った時は「まだ上がる」のであり、「まだ上がる」と思った時こそ「もう上がらない」のが株価なのだ。

「私は天体の運動を測定することはできるが、人間の愚かな心理を測定することはできない」と語ったニュートン。「理性の人」だったはずのニュートンだが、欲に目がくらんだのか、株式投資では初心者が犯す典型的な失敗を犯してしまったのである。

○ニュートンの実像に迫った天才経済学者

ニュートンが錬金術に成功したかどうかの確証はないが、株式投資に夢中になっていたことから考えれば、失敗に終わったことは明らかだろう。

近代科学の基礎を形作る一方で、錬金術にのめり込み、株式投資では大損する。そんなニュートンを「理性の時代の最初の人ではなく、最後の魔術師だ」と指摘した人物がいる。近代経済学の基礎を築いたジョン・M・ケインズだ。

実はニュートンの錬金術研究を明らかにした一人がケインズだった。ニュートンの死後、封印されてきた一部の手稿を入手したのがケインズで、その内容を詳細に分析し、錬金術に取り組んでニュートンの実像を暴いた。優れた経済学者であると同時に、株式投資でも大成功を収めたケインズこそ、ニュートンを凌駕した真の「理性の人」だったのかもしれないのである。

ニュートンの遺髪からは、水銀が大量に検出されている。錬金術の研究過程で大量に吸い込んだ結果であり、これによって体調不良に陥ったとの指摘もある。

黄金を追い求める気持ちは誰しもが抱くもの。しかし、錬金術と株式投資というニュートンの「黄金を巡る旅」は、目的地にたどり着くことはできなかったのである。

<著者プロフィール>
玉手 義朗
1958年生まれ。外資系金融機関での外為ディーラーを経て、現在はテレビ局勤務。著書に『円相場の内幕』(集英社)、『経済入門』(ダイヤモンド社)がある。

(回遊舎)