◆ラグビーワールドカップ2015観戦ガイド(1)

 9月18日からイングランド(一部ウェールズ)にて、ラグビーワールドカップ(W杯)2015が開幕する。観客動員数という点においては、サッカーのFIFAワールドカップ、夏季オリンピックに次ぐ「世界3大スポーツ」のひとつに数えられるビッグイベントだ。

 そんなラグビーの世界的な大会は1987年から始まり、今回で8大会目を迎える。アジア最強を誇るラグビー日本代表は第1回から8大会連続出場中で、チームを率いる世界的名将エディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC)は、今大会で「ベスト8進出」を目標に掲げている。過去7大会、日本代表はどんな結果を辿ってきたのか。W杯を戦ってきた「桜の戦士たちの軌跡」を振り返ってみよう。

1勝2分21敗――。

 これが、W杯で残した日本代表の過去7回の通算成績である。これまで計24試合を戦い、428得点・1159失点(1試合平均17.8得点・48.3失点)。失点が1000点を超えているチームは、残念ながら日本代表だけだ。

 熱心なラグビーファンでなくとも、日本代表が過去のW杯で、「オールブラックス」ことニュージーランド代表に17−145の歴史的大差で敗れたことを覚えている人は多いだろう。それは、小藪修監督・HO(フッカー)薫田真広主将体制だった1995年の第3回・南アフリカ大会のことで、ニュージーランド代表はすでに予選プール突破を決めており、一方の日本代表はウェールズ代表とアイルランド代表に敗れて予選プール敗退が決まっていた状況だった。しかもニュージーランド代表はこの試合、控え選手中心のメンバー。個人的には、この試合で初めて、「ノーホイッスルトライ(キックオフから一度もレフリーの笛が吹かれないままトライ)」という言葉を知った。

 この「145」という数字は、過去のW杯における最多失点(得点)記録で、苦い思い出としていまだ日本ラグビー界の歴史に重くのしかかっている。では一方で、唯一の勝利はいつだったのか。

 宮地克実監督・LO(ロック)林敏之主将体制で挑んだ1987年の第1回大会(開催国:ニュージーランド&オーストラリア)は、予選のない招待という形での参加だった。初戦のアメリカ代表戦は同数のトライ(3−3)だったが、キックの成功率の差で18−21と惜敗。続くイングランド代表とオーストラリア代表にも負けて、3連敗で大会を終えた。

 1991年の第2回大会(開催国:イングランド中心に計5ヶ国)は、宿澤広朗監督・SO/CTB(スタンドオフ/センター)平尾誠二主将体制で挑み、スコットランド代表とアイルランド代表に健闘しながらも敗戦。しかしながら、第3戦のジンバブエ代表戦で9トライを挙げて52−8と快勝し、これが日本代表のW杯での唯一の勝利となっている。

 第3回・南アフリカ大会は前述した通り。1999年の第4回大会(開催国:ウェールズ中心に計5ヶ国)は、ラグビーがオープン化(プロ化)して初めてのW杯となった。日本代表は平尾誠二監督・CTBアンドリュー・マコーミック主将のもとで挑む。W杯前のパシフィック・リム選手権(※)では悲願の初優勝を遂げ、期待感も大きかった。だが、本番ではサモア代表に力負けし、ウェールズ代表、そして同格と思われていたアルゼンチン代表にも敗れ、3連敗で大会を去った。

(※パシフィック・リム選手権=日本、アメリカ、カナダ、トンガ、フィジー、サモア、香港の7協会で行なわれた対抗戦)

 ただ、2003年の第5回・オーストラリア大会は、少しながら善戦を見せることができた。向井昭吾監督のもと、No.8(ナンバーエイト)箕内拓郎主将、FL(フランカー)大久保直弥副将、WTB(ウイング)大畑大介副将という、昭和50年度生まれの「同級生トリオ」のリーダー陣で挑んだ。初戦のスコットランド代表戦では11−15と4点差まで詰め寄り、最後は11−32で敗れたものの、地元紙からは「ブレイブ・ブロッサムズ(勇敢な桜の戦士たち)」と呼ばれるほどの奮闘を見せた。続くフランス代表戦も一時は1点差に迫るも敗戦。その後、フィジー代表とアメリカ代表にも惜敗し、W杯2勝目を挙げることはできなかった。

 2007年の第6回・フランス大会(一部ウェールズ&スコットランド)、2011年の第7回・ニュージーランド大会は、「オールブラックス」の伝説的WTBジョン・カーワンHCが指揮を執った。第6回大会は「2勝」を目標に、再びNo.8箕内が主将を務めた。確実に2勝するために「2チーム制」を採用したものの、オーストラリア代表、フィジー代表、ウェールズ代表に屈して予選プール敗退。だが、最終戦のカナダ代表戦では試合終了間際に12−12と同点に追いつき、予選プール5チーム中4位で大会を終了した。

 第7回大会は、No.8菊谷崇が主将を務めた。予選プール初戦のフランス代表戦では後半、4点差にまで迫ったものの21−47と突き放されて敗戦。2戦目のニュージーランド代表戦は7−83で完敗し、必勝を喫した3戦目のトンガ代表戦でも後手を踏んで18−31と3連敗した。最終戦のカナダ代表戦は、前回大会とは逆の展開となり、同点に追いつかれて23−23でノーサイド。またしても1勝が遠いW杯となってしまった。

 こうして迎える第8回目となるW杯イングランド大会。日本代表が悲願とする24年ぶりの勝利は、日本人の母と妻を持ち、W杯でオーストラリア代表・指揮官&南アフリカ代表・アドバイザーとして13勝1敗の成績を残しているジョーンズHCに託された、というわけだ。

 この4年間、日本代表は初めてアウェーの地で欧州のチームに勝ち、ウェールズ代表やイタリア代表にも初めて勝利し、さらにテストマッチでは11連勝を達成。世界ランキングで初めてひとケタの9位に入るなど、数々の記録を塗り替えてきた。だが、これらの結果は、大きな目標(W杯勝利)の前の過程に過ぎない。「日本代表もW杯で戦える国であることを見せたい」とジョーンズHCが意気込んでいるように、「エディー・ジャパン」は過去の歴史を払拭して新たな歴史を刻むことができるのか、最後の決戦がいよいよ幕を開ける――。

斉藤健仁●取材・文 text by Saito Kenji