【サイモン・クーパーのフットボールオンライン】
◆移籍市場9の真実(後編)

 この夏の動きから、移籍市場の「真実」を探っていく作業をさらに続けよう。

■6 ファン・ハールも幅広い才能を確保する必要がある

 マンチェスター・ユナイテッドのルイス・ファン・ハール監督は、別のクラブで一緒に仕事をしたことのある選手を獲得したがる。チェルシーのジョゼ・モウリーニョ監督がかつて語ったように、こういう指導者は市場をよく知らないという印象を与えてしまう。ユナイテッドでファン・ハールは、バスティアン・シュバインシュタイガーやメンフィス・デパイ、デイリー・ブリント、セルヒオ・ロメロといった旧知の選手を獲得した。

 一方でファン・ハールが一緒に仕事をしたがらない選手のグループがいるようだ。ロメロは例外として、ラテンアメリカの選手である。

 たとえばラファエル(ブラジル)やハビエル・エルナンデス(メキシコ)、アンヘル・ディ・マリアにマルコス・ロホ(ともにアルゼンチン)、ラダメル・ファルカオ(コロンビア)といった選手とファン・ハールの関係を考えればわかる。ファン・ハールはバルセロナの監督だった1999年に、FIFA最優秀選手賞を受賞したばかりのリバウド(ブラジル)をベンチに置いたが、それも驚くことではない。

 オランダ人らしいと言うべきか、ファン・ハールは自分の感情をそのまま表に出す。選手を人前でどなりつけることも多い。こうした点がラテンアメリカの選手には嫌われる。グローバルなクラブは、文化の違いに敏感なスタッフを雇う必要がある。

■7 プレミアリーグがいくら財政的に潤っても、バイエルンやバルセロナ、レアル・マドリードのほうが選手を引きつける

 国際監査法人のデロイトによれば、ヨーロッパで2番目に豊かなリーグであるセリエAはこの夏の移籍市場で4億600万ポンド(約751億円)を使ったが、それでもプレミアリーグの支出の半分にも満たない。リーガ・エスパニョーラの支出は4億ポンド(約740億円)、次がブンデスリーガの2億9000万ポンド(約537億円)だ。

 イングランドと他国のクラブの差は広がりつづけている。とくにポンドがユーロに対して高くなって以降、その傾向が強まった。この夏にはドルトムントのようなドイツのビッグクラブが、マンチェスター・ユナイテッドで出場機会に恵まれない若手FWアドナン・ヤヌザイをレンタルで獲得したほどだ。バイエルンも、マンチェスター・シティがケビン・デ・ブライネの獲得に支払った5400万ポンド(約100億円)と競り合えるだけのオファーを出せなかった。

 しかしイングランドのクラブが、バイエルンやバルセロナ、レアル・マドリードの主力選手に声をかけても、選手のほうがノーと言う。ガレス・ベイル、セルヒオ・ラモス、カリム・ベンゼマ、ネイマール、トーマス・ミュラー、ロベルト・レバンドフスキ......。みんな今所属しているイングランド以外の一流クラブに残ることを選んだ。イングランドのクラブの誘いに乗ったのは、バスティアン・シュバインシュタイガー(マンチェスター・ユナイテッド)やペドロ(チェルシー)のように前クラブで控えだった選手だけだ。

 プレミアリーグが経済面で君臨していることにはマイナス面もある。イングランドのクラブが高給の選手を手放したくても、その給料を払える外国のクラブはほとんどない。とくにルーブルが暴落してロシアのクラブに余裕がなくなって以降、その傾向が強まっている。

■8 移籍市場では試合のデータはあまり役に立たない

 ビッグクラブは選手の獲得を考えるときに、統計を使うようになった。データ分析の専門家は、選手の短距離走の最速タイムや相手ゴールに近いエリアでのパス成功率、ゴール枠に飛んだシュートの割合といった数字を調べている。

 しかし野球の場合には統計の力で、それまで正しく評価されていなかった才能が認められるようになったが、フットボールで統計が助けになることははるかに少ない。大きな理由は、選手がボールを持っていない89分間について統計が明らかにできる点が限られているということだ。

 データが有効に活用できていない例をひとつあげよう。メジャーリーグのボストン・レッドソックスのオーナーであるジョン・ヘンリーは5年前にリバプールを買収し、少ない予算で勝利をものにする「マネー・ボール」のフットボール版をめざした。彼はまだ成功していない。

■9 いま移籍市場で最も人気の国籍はベルギーだ

 聞こえのいい国から来た選手に、クラブはより多くの金を出す。これまで何十年にもわたって、移籍市場で最も人気の国籍はブラジルだった。たいしたことのないブラジル人選手をフェロー諸島やアイスランドに売ったことのあるブラジル人エージェントは、サッカージャーナリストのアレックス・ベロスにこう語っている。「下手なブラジル人選手でも、うまいメキシコ人選手よりはるかに売りやすい。ブラジル人には『楽しい』『パーティー』『カーニバル』というイメージがついて回る」

 しかしブラジルが昨年の地元開催のワールドカップ準決勝で1−7というスコアで敗れて以降、そんな空気は消え去った。この大会で株をあげた国籍はコスタリカだった。コスタリカ人選手の移籍金の総額は、2013年には92万2000ドルだったが、昨年のワールドカップの後には1000万ドル近くにまで上がったと、選手の国際的な移籍を管理する「FIFA TMS」は報告している。

 だが、いま最も人気の国籍はベルギーだ。バルセロナに昨年移籍したトーマス・フェルメーレン、マンチェスター・シティがこの夏の移籍市場で最高額の5400万ポンド(約100億円)で獲得したデ・ブライネ、リバプールが3250万ポンド(約60億円)で獲得したクリスティアン・ベンテケといった例をみると、ベルギー人選手は実力以上の評価を受けているようにも思える。
 
 けれども、よく考えてみれば、最も過大評価されている国籍はイングランドかもしれない。才能ある選手が少なく、騒がしい大衆紙があることから、イングランド人の優れた選手は実力以上に持ち上げられる。

 マンチェスター・シティがリバプールからラヒーム・スターリングを獲得するのに4900万ポンド(約90億円)を使った理由は、これで説明がつくかもしれない。この金額は、スターリングと同年代のメンフィス・デパイの獲得にマンチェスター・ユナイテッドが投じた額の2倍に近く、チェルシーがペドロとジエゴ・コスタのふたりを獲得するのに使った額とほぼ同じだ。エバートンはチェルシーからジョン・ストーンズの移籍を実に3700万ポンド(約68億5000万円)で持ちかけられ、断ったと伝えられている。

 イングランド人選手には、別の問題もある。外国に売るのがむずかしいことだ。海外に移籍した選手はたいてい失敗している。

 マンチェスター・ユナイテッドはトッテナムのハリー・ケインを獲得してはどうかと語ったウェイン・ルーニーは、おそらく間違っていた。ケインは昨季21ゴールをあげたが、今シーズンはそこまでの活躍はできないとみられている。ケイン自身、昨シーズンはキャリアの中でいつかやりたいと望んでいたことを成し遂げられた年だったと語っている。

 多くのクラブ監督よりも厳しい目を、ケインは自分に向けているようだ。

サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper
森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki