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好きな異性をデートに誘いたい、というシチュエーションを想像してみてほしい。この時ストレートに「デートしてください」と伝えたとして、相手が同意してくれる確率は正直なところあまり高くはないだろう。元々相手が自分に強い好感を抱いているといったような特殊事情でもない限り、すげなく断られて終わりのはずである。

ところが、同じことをたとえば「驚くほど旨いパスタの店があるのだけど、行かない?」という形で表現してみると、誘える確率が上がるような気はしないだろうか。どちらも実質的にはデートに誘っているだけなのに、伝え方ひとつでここまで印象が変わってしまう。相手に何かをしてもらいたい場合、「伝え方」はその伝える内容以上に結果を大きく左右する。

実はこの言い換えは、『伝え方が9割』(佐々木圭一/ダイヤモンド社/2013年2月/1400円+税)の冒頭で紹介されている例だ。本書の著者である佐々木圭一氏は「プレイステーション」などのヒットコピーを手がけ、米国の広告賞で日本人初の「ゴールド賞」を受賞するなど売れっ子のコピーライターであり、言うならば伝え方のプロである。うまい伝え方を知っているだけで、ビジネスでもプライベートでも有利に事を進められるようになる。伝え方に自信がないという人は、ぜひ本書を参考にしてみてほしい。

○「伝え方」はセンスだけの問題ではない

「うまい伝え方」ができるかどうかは、ほとんど持って生まれたセンスによって決まってしまうと考える人がいるかもしれない。僕も最近までは、コピーライターという職業はたとえば小説家であるとか映画監督のように神秘化された職業というイメージを持っていた。「うまい伝え方はできる人にはできるし、できない人にはできない、それだけだ」という身も蓋もない意見も、それなりに正しいと思えないこともない。

しかし、本書はそのような「センスだけで決まる」という考え方を否定する。「伝え方には技術があり、共通のルールがある」というのが本書の基本思想だ。そのため、本書では単に名コピーや言い換えを列挙するのではなく、その裏にあるシンプルな原理についての説明が試みられている。読んでみると「なるほど」と頷けるものも多い。

もちろん、センスが伝え方に与える影響が一切ないと言い切ることはできないだろう。本書を読めば、誰でも糸井重里級の名コピーを量産できるようになるとは残念ながら言えない。もっとも、日常生活で求められる「うまい伝え方」は映画やヒット商品のキャッチコピーを作るのとは違う。冒頭で挙げたデートの誘い方のような言い換えの例は、原理さえおさえれば誰でも実践できるようになると言っても差支えないだろう。そういった「うまい伝え方」を身につけるという意味では、本書で説明されている「技術」は力強い武器になる。

○「ノー」を「イエス」に変える伝え方

前述のデートの誘い方の例は、伝え方を工夫して相手の「ノー」を「イエス」に変える技術の典型であると言える。「デートしてください」を「驚くほど旨いパスタの店があるのだけど、行かない?」に言い換える過程には、非常に論理的な思考プロセスが存在する。

相手の「ノー」を「イエス」に変える伝え方を考える際には、自分の希望だけでなく相手の頭の中をよく想像するところからはじめなければらない。相手の頭の中を想像すれば「興味ない人とデートはしたくない」と相手が考えているであろうことはすぐわかる。ここで「デートしてください」とストレートにお願いしても、自分と相手の利害が相反している以上、断られるのはある意味あたりまえだ。ゆえに、思ったことをストレートに伝えるのはNGということになる。

「イエス」と言ってもらうためには、自分と相手の利害を一致させなければならない。ここでたとえば、相手が初めてのものが好きで、食べ物としてはイタリアンが好物ということがわかっていたとする。それなら、相手が行ったことがない美味しいイタリアンの店に一緒に行かないかと提案してみれば、自分と相手のメリットが一致して提案が成就する可能性が高くなることが想像できる。このようなプロセスを経て、「デートしてください」という体当たり的な伝え方は「驚くほど旨いパスタの店があるのだけど、行かない?」という「うまい使え方」に変貌する。

こうやって書いてみるとシンプルであたりまえのことに思えるが、実践できている人は決して多くない。何かをお願いすることが下手な人は、往々にして相手の都合を無視して自我を通そうとする。それではうまくいくわけがないということが、この技術からもよくわかる。

○伝えたいことがあっても伝え方が悪ければ伝わらない

本書では他にも「強いコトバ」をつくる原理が5つの技術と共に紹介されている。こちらは上述の「ノー」を「イエス」に変える伝え方に比べるとやや身につけるのが難しいように思えるが、身につけることができれば仕事でメールを書く際やブログに文章を書くときなど、色んな場面で役に立つだろう。詳細は本書を読んでみてほしい。

どんなに熱く伝えたいと思うものを持っていたとしても、伝え方が悪ければ残念ながら伝わらない。それはものすごくもったいないことだと思う。自分の思いをムダにしないためにも、「伝え方」はぜひとも身につけたい技術である。

日野瑛太郎( target= )
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。

(日野瑛太郎)