小型飛行機による空中での激しいタイムレースが繰り広げられる、レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ。屋外で行なわれる競技だけに気象条件による影響は大きく、"自然との戦い"は避けられない。ときにはフライト順によって条件が変化し、有利不利が生じる可能性さえもある。

 雨天で競技が行なわれることのないエアレースの場合、何と言っても厄介なのは風だ。これをいかにコントロールするかが、パイロットの腕の見せどころだと言ってもいい。

 では、パイロットはどのように風に対応しているか。飛行機を操縦することのない人にとっては、ボートを漕いで(あるいは、泳いで)、川を渡ることをイメージすると理解しやすいかもしれない。

 たとえば、流れの速い川を最短距離で向こう岸に渡りたいとする。だが、一番近い対岸をまっすぐに目指してしまうと、実際にはかなり川下まで流された位置にたどり着いてしまう。川の流れを風の流れに置き換えれば、空中で起きていることはこれと同じだ。

 つまり、無風状態であれば、ゲートを通過するためにまっすぐ飛べばいいところを、風がある場合には風上方向に機首を向け、風に流されるのを防ぎながら飛ばなければならない。パイロットには風の強さや向きを瞬時に判断し、機体の動きを制御することが求められている。

 そんな自然との闘いが勝負の行方を左右したのが、9月5、6日に行なわれた2015年シーズン第6戦である。
 
 会場となったのは、オーストリアのスピルバーグにあるレッドブル・リンク。F1オーストリアGPが開かれることで知られるサーキットは、山のすそ野に位置しており、辺りはスキーリゾートとしても知られる。いわゆる"山の天気"が当たり前の環境は、気象条件がコロコロと変化する。

 実際、レース前の9月3、4日は1日を通じて天候が安定せず、雨、晴れ、曇りと短時間で移り変わり、5日はほぼ1日中雨が降り続けた。結局、4日のトレーニングセッションは予定時間を少しずらして実施されたが、5日の予選は中止となっている。

 そして迎えた6日の本戦日。前日とは打って変わって朝から日が差し、絶好のエアレース日和に恵まれたかに見えたレッドブル・リンクは、全7組の1対1によるマッチプレー方式のラウンド・オブ・14が始まると、突如自然の猛威を振るい始めた。

 3組目が始まるころから吹き始めた風は、急激に強さを増し、地上に立てられた看板や鉄柵がバタバタと倒れ、コース内でもエアゲート(気圧の違いで膨らませている円すい状の2本のパイロン)が大きく揺れ動いた。

 5組目に飛んだ室屋義秀はこう振り返る。

「上空の雲の流れを見ていて、ある程度風が強まることは予想していた。(1組目で飛んだ前年年間総合優勝の)ナイジェル・ラムがスタート時に制限速度を超えて失格になったのも、上空で強い向かい風を受けていたため、スタートゲートを通過しようと高度を落とした瞬間にスピードが上がりすぎたから起きたことだった」

 室屋の予想どおり、上空で吹いていた風は次第に下へ降り、猛烈な強さをともなって吹き荒れた。4組目に飛んだ今季2勝を挙げているハンネス・アルヒもスタートゲートでパイロンヒット(翼がエアゲートに当たること)するという、通常ならありえないミスを犯してしまうほど、レーストラックは厳しい条件下にさらされていた。

「離陸直前に風が強まったが、離陸してから(上空でスタートを待つ間)もさらに強まった」と振り返る室屋は、最悪のタイミングでスタート順を迎えることになった。こうなるとライン取りを変更せざるをえない。

 通常なら「これほど急激にコンディションが変化することはまずないので、レース直前にラインを変えることなどほとんどない」が、変更しなければ「ターンを回り切れず、ゲートを通過できない」というのが室屋の下した結論だった。

 室屋が変更したのは、4番から5番ゲートにかけてのライン取り。今回のレースのキーポイントと見られていた難易度の高い箇所である。

 室屋はそれまで4番ゲートを通過後、ほぼ水平にターンして5番ゲート方向へ向かうラインを取っていたが、それでは風に流されて回り切れないと判断。少し上方向に角度をつけてターンすることで対応しようとした。

 それでも「5番ゲートを(水平に)通過するにはバンク(機体の傾き)がギリギリになる」ことは分かっていた。ゲートを通過する際に機体が傾いていればペナルティ(2秒加算)が取られてしまう。そこは際どい勝負だったが、5番ゲートもうまく通過できた、ように見えた。室屋自身、「ライン変更はうまくいったし、タイムもよかった」と振り返る。

 しかし、下されたジャッジは無情にも5番ゲートでのペナルティ。「インコレクトレベル(水平に通過せず)」との判定だった。

 結局、室屋はこの2秒のペナルティが響いてラウンド・オブ・14で敗れた。前回の第5戦に続く、2戦連続表彰台を狙った室屋にとってはあまりに早すぎる敗退だった。

 レース直後は「ビデオで見てもペナルティではないんじゃないか」と語り、判定への不満を漏らしていた室屋。と同時に、「最初(1組目)と最後(7組目)では2秒くらいタイムに差があるからね」と、突如襲った不運を嘆くような言葉も口にした。

 だが、ひとしきり悔やんだ後は次第に表情にも穏やかさを取り戻し、室屋は明暗を分けたペナルティについて「誰がどう見ても疑惑を持たれないように飛ばなければいけない」と語り、こう続けた。

「コンディションの変化は影響しているが、それをコントロールするのがパイロットの役割。修業が足りなかった」

 室屋が気持ちを切り替えるうえで、大きな助けになったのが、今回の第6戦でエアレース初優勝を果たしたマット・ホールのフライトだった。

 ホールは4番ゲートから5番ゲートにかけて、室屋同様、ほぼ水平にターンしていたのだが、ラウンド・オブ・14では5番ゲートでパイロンヒット。すると、続くラウンド・オブ・8以降のフライトでは室屋が選択した以上に大きく上方向へターンするようにライン取りを変えていたのだ。

 ホールはその後、ペナルティを犯すことがなかったばかりか、難しいコンディションのなかでもタイムを縮めていった。室屋は「さすが」とでも言うように、うーん、とうなってからこう語った。

「おそらく上空の気流の状態を把握して、このほうが速いと分かったんだろう。そこでタイムを縮められたから(年間順位トップの)ポール・ボノムにも勝つことができた」

 室屋にとって、エアレースで勝つことの難しさや、この競技が持つ怖さを嫌というほど味わった今回の第6戦。しかし、いつまでも不運を嘆いていては強くなれない。

 自分自身がやるべきことはまだまだ残されている。自然との戦いのなかで、そんなことをあらためて思い知らされたレースでもあった。

【レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ第6戦(スピルバーグ)最終順位】

1位マット・ホール(オーストラリア)
2位ポール・ボノム(イギリス)
3位カービー・チャンブリス(アメリカ)
4位マルティン・ソンカ(チェコ)
5位ピート・マクロード(カナダ)
6位マティアス・ドルダラー(ドイツ)
7位マイケル・グーリアン(アメリカ)
8位ピーター・ベゼネイ(ハンガリー)
9位ニコラス・イワノフ(フランス)
10位室屋義秀(日本)
11位フワン・ベラルデ(スペイン)
12位ハンネス・アルヒ(オーストリア)
13位ナイジェル・ラム(イギリス)
14位フランソワ・ルボット(フランス)

浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki