○脚光を浴びる鬼女

佐野 研二郎氏による東京五輪のエンブレムを巡る騒動。騒動に終止符を打ったのが、釈明会見で紹介されたエンブレムの「展開例(使用例)」。記者会見からわずかな時間で、これに使用された羽田空港の写真が、外国人女性のブログからの無断借用だと、ネットユーザーが突き止めます。そして、このネットの「捜査力」への警戒を、テレビや新聞がかき立てます。

中でもテレビメディアは、抜群の捜査力を誇るネットユーザーを「鬼女」と紹介し怖れています。その鬼女の捜索能力により、何でも「模倣だ」「パクリだ」とされてしまうと、新たなエンブレム策定も含めた創作活動に悪影響がでるのではないかと不安を煽るのです。

「鬼女」とは「2ちゃんねる」の「既婚女性板」の略称から転じた言葉で、「鬼」には若者言葉における「スゴイ」という意味と、本音のみがあるがままに飛び交う「女子トーク」が展開される掲示板を見た、男性側からの率直な女性への評価も含まれていると言われています。果たして鬼女は創作活動を破壊する悪鬼なのでしょうか。

○コンビニ土下座事件

"鬼女"で有名な話の1つに、2年前の「しまむら土下座事件」があります。加害者の個人情報を特定したのは鬼女でした。自動車のボンネットに映り込んだ映像から、その撮影場所を特定したこともあります。

とある朝の情報番組では、鬼女の特徴を「会社員に比べて時間があり、ニートと比較し行動力を持ち、学生よりもお金を持っている」とします。しかし、この全ての特徴を持ち合わせている「主婦」は極めて少数派。主婦の多くはそれなりに忙しいものです。

子どもがいれば習い事の送り迎えに、PTAがらみの呼び出しは多く、特売品を求めて東奔西走し、掃除に洗濯、食事の用意を担う。その合間には自分へのご褒美を与えることも忘れない主婦を、よくも「ヒマ」だと言えたものです。

朝のワイドショーのターゲットは「主婦」。なるほど、同番組の視聴率が振るわないわけです。

○鬼女のネットワーク

恐るべき捜査能力を可能にするのは、主婦の「ネットワーク」と「フットワーク」です。

といっても、それぞれ普通の主婦が持ち合わせているレベルのものですが、子供を介した「ママ友ネットワーク」は会社員と違い、社会の階層や業種に縛られません。

さらに、アラフォーやアラフィフになっても「ジャニーズ事務所」のタレントを追い掛ける「ジャニ友」のつながりは全国に拡がります。昔の勤務先、学生時代の友人、知人にアクセスすれば、わずかながらも某かの情報を拾えることでしょう。

フットワークとは、セール品を求めて隣町まで自転車を飛ばし、ママ友が集まるファミレスに足を運ぶ程度のこと。それでもネットで話題になっている「現場」が近所なら、少し道草を食うだけで取材は可能。そして主婦は、北海道から九州、沖縄どころか、世界中に存在します。

一人の主婦が集められる情報は微々たるものといっても良いでしょう。それが「掲示板」に集約され、情報が精査されることで核心に近づいていきます。

つまり「鬼女」とは、いわゆる「Web2.0」が喧伝された当時の言葉でいう「集合知」。ネットの健全な成功例と評価すべきでしょう。

○話しをすり替えるメディア

鬼女への脅威論とは、論理のすり替えです。

当該エンブレムはともかく、その他のデザインにパクリがなければ、早晩収束したことでしょう。ところが、笑ってしまうほど簡単に、パクリが次々と発覚したのです。羽田空港の写真は、「ピンタレスト」という画像共有サービスで、いまも容易に見つかる程度のもの。さしたる捜査能力など必要のない「鬼女0.2」です。

今回のネットユーザーの動きを、佐野氏への「個人攻撃」とし、「イジメ」と評する評論家まで現れました。しかし、ネット上に拡散された佐野氏と、選考委員らの「関係」は深く、「グル」と見なすことはやぶさかではありません(※佐野氏らは根拠のない関係図として否定しています)。

この関係図には、佐野氏の出身である大手広告代理店の影もちらつきます。大手広告代理店と権力、そしてテレビ局が「ずぶずぶの関係」とは、「邪推」が多く混じっているとはいえ、ネット界隈では"常識"として捉えられています。

佐野氏は、か弱き一市民への攻撃ではなく、既得権益の代表者と見られていたのです。また、五輪組織委員会は公益財団で、そこには血税が投じられており、森喜朗元総理大臣など相応の人物も関与していながら、エンブレム騒動では前面にでてこず、つまりは「権力への批判」という側面もあったのです。

これは本来、テレビも含めたメディアの仕事です。しかし、なぜだか佐野氏への擁護が目についたのは、先の「邪推」を下敷きとするからでしょうか。

先の番組は「主婦はヒマ人」とし「鬼女は怖い」というミスリードを目論みます。繰り返しになりますが、主婦はそれほどヒマではありません。こうした「マスコミの嘘」が、真実を求める主婦をネットに走らせます。

そして、持ち寄った知識や情報が集積された「集合知」の果てに「鬼女」が生まれました。仮にマスコミが鬼女を怖れるなら、正しい報道をすることこそ、最善の予防策ではありますが、無理でしょうね。

○エンタープライズ1.0への箴言

鬼女はそんなにヒマじゃない普通の主婦

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治〜ネット世論と幼児化と山本太郎〜」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」

(宮脇睦)