Doctors Me(ドクターズミー)- 【園山真希絵のダイエットコラム】Vol.8: 飲食店「家庭料理割烹 園山」を通じて(前編)

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「一番のお店を作っちゃいます!」

雑誌やTV・ラジオ等のメディアを通じて、「園山真希絵流 美味しく食べて太らない料理」を頻繁に紹介するようになったのは26歳頃だったでしょうか。

同時に、カフェ等のフードメニュー開発をしたり、食の講演会も増えてきたりしていたのですが、27歳と11か月目にして、小学校の頃の卒業文集を久々に開いてみると、「将来の夢:プロ野球選手・女社長」と書いているじゃないですか。
「しまった、どちらも実現してない。でも、もうプロ野球選手は無理だから、女社長になろう!」と…何が何でも夢を叶えようと、2005年12月に何とか株式会社を設立したんです。

しかし、その頃の仕事は一人でやることばかり。
せっかく会社を作ったんだから、社員を入れて、もっと会社組織でやるべきビジネスをしなくてはと…、頭を煩わせていました。そんな矢先、とある生放送番組で「それだけレストランを食べ歩いてる中で、一番好きなお店はどこですか?」と聞かれ、
「んー、一番て難しいですよね。こうなったら、一番のお店を作っちゃいます!」
と言い切ってしまったんです…

0(ゼロ)からのお店オープン

飲食店の裏側の過酷さを知っていただけに、飲食店はやらない・できないと思っていた自分だったのですが、言ったからにはやるしかないと。

当時、住んでいた近所を歩いていると、恐ろしいまでのおんぼろ屋敷を発見。
お隣さんに聞いてみると、もう何十年も人が住んでない民家で、近づかない方がいいとも言われたのですが、逆に、妙に惹かれるものがあり、誰にも相談なしに契約してしまったんです。

それから必死で内装屋やスタッフを探し、飲食店『家庭料理割烹 園山』を作ることにしたわけですが、お金の面も含め、想像以上の大変さに、オープンする前から「もうやめたい…。」とへこたれそうになったことも多々ありました。
ま、そもそも、先のことを何も考えず店をやると決めた私が大馬鹿であり、自業自得ですが。

でも、きっとこれは神様からのお告げで、自分を救ってくれた食で恩返しをする一環なんだと、前だけを見て進むことに…。

お店のコンセプト

※『家庭料理割烹 園山』外観写真

そして、掲げたお店のコンセプトが「最後から2番目の晩餐に選ばれるようなお店であること」でした。 “最後の晩餐”は、かけがえのない家族と家の食卓を囲むのが一番だと思います。でも、“最後から2番目の晩餐”に、大切な人と外食するとしたら、うちを選んでもらえるようなお店にしたい、それが私の考える『園山』の骨格だったんです。

しかし、オープンしてからも、「壮絶」とか「波瀾万丈」とは、こういう時に使う言葉なんだと思わされたほど怒涛の日々でした…

〜フードクリエイター:園山 真希絵〜