『日本と出会った難民たち』(根本かおる/英治出版)

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 砂浜に打ち付けられた小さな男の子の遺体──。この一枚の写真をきっかけに、日本でもシリア難民の問題が大きく取り上げられている。とくに力を入れているのはワイドショーで、連日にわたってヨーロッパ各国の難民受け入れの実情を報告。しかし、小さな男の子の死を悲劇的に扱うわりに、「日本でも受け入れよう」という声が上がらないばかりか、日本での難民の実態にふれることもほとんどない。それは日本の難民問題への"無関心さ"を表しているかのようだ。

 というのも、2014年における日本への難民申請者数は5000人(前年より1740人増加)にも上ったにもかかわらず、難民として認定したのは、たったの11人だった。

 こうした日本の難民受け入れ問題を論じた『日本と出会った難民たち』(根本かおる/英治出版)によると、11年に日本が難民認定した数は21人。この数字だと、G7諸国の難民認定総数に占める日本の割合は0.04%。そう、四捨五入すれば「0%」になるという、異常な数なのだ。

 そもそも難民とは、国連における「難民の地位に関する条約」(通称"難民条約")で定義されているもの。平たく言うと、〈地震や洪水などの自然災害ではなく、宗教や民族、人種、政治的な意見、極めて保守的かつ男尊女卑な慣習やホモセクシャルなどの性的な嗜好などによって、深刻な人権侵害や命の危険にさらされるおそれがある人〉が〈国境を越えて逃れて〉きた場合に「難民」となる(前出『日本と出会った難民たち』より)。この「条約難民」だけではなく、〈戦争や紛争から逃れた人たちも広く難民として保護されるように〉なったという。

 日本もこの難民条約を批准しているが、問題は前述したように、異常な難民拒否姿勢にある。しかもそれ以前に、日本での難民申請手続きは〈驚くほど煩雑〉。難民にあたるか否かを審査するのが法務省の入国管理局の一部局であるため、〈自ずと「難民を守る」という視点よりも「入国管理」というゲートキーパー的なものの見方が色濃くなる〉という指摘もある。

 さらに、日本での難民認定審査は〈結果が出るまでは早くて半年、平均二年、長ければ五年以上〉もかかる。その間、難民申請中の人びとは一定の権利や行政サービスを保障されないままの生活を余儀なくされる。一応、〈困窮している難民申請者に一日一五〇〇円の「保護費」を支給し、住む所がない人にはアパートを無償提供する〉という制度もあるが、〈難民申請者全体のうちでこの保護費を受給した人は一割にも満たず、残りの九割以上は保護費なしで暮らしている〉という報告もあるという。

 日本における難民軽視はこれだけではない。入国管理局には、不法滞在者や不法入国者が強制送還されるまで「収容」されるが、ここに難民申請中の人も収容されるケースがある。

 日本の入国管理局の収容実態は、これまでも問題となってきた。国連の人権理事会でも日本政府の収容・送還問題に改善が求められ、〈暴行の疑い、送還時の拘束具の違法使用、虐待、性的いやがらせ、適切な医療を受けさせない、という指摘〉も行われてきた。この劣悪な環境で、多くの人びとが収容を余儀なくされているのである。

 難民を保護することは〈国際法上の「義務」〉だが、日本政府の態度を見ていると、そうした意識は見えてこない。いや、むしろ日本政府が考える「人道的支援」「国際貢献」というもの自体に疑問を感じずにはいられない。

 たとえば、日本に難民申請する人びとの国籍は2014年の報告だと73か国に上るが、その内訳は、ネパール人(1293人)、トルコ人(845人)、スリランカ人(485人)、ミャンマー人(434人)となっている。このうちトルコ人は、多くの人がクルド人難民だといわれている。

 クルド人は、「国家をもたない世界最大の少数民族」とも呼ばれる。〈トルコ、イラク、イラン、シリアなどにまたがって暮らして〉おり、ほぼ半数がトルコ南東部に暮らすが、〈トルコでは長くクルド人やクルド語の存在自体が否定〉されてきた。

〈人口のおよそ五分の一にあたるクルド人の分離独立の動きを警戒するトルコ政府は、徹底したトルコへの同化政策とPKK(クルド労働党)ゲリラ組織の鎮圧、親クルド政党の弾圧を行ってきました。その結果、多くのトルコ国籍のクルド人が国外に亡命し、難民となりました〉

 以前、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の職員としてトルコを回った経験のある著者は、そのときに見た風景を記述している。シリア、イラク、イランの国境沿い地域では人びとの暮らしは貧しく、立ち並ぶ〈弾痕でまるでハチの巣のようになった家〉。〈かつての日本の「創氏改名」〉のような〈ナショナリズムの発揚〉を感じたという、トルコ東部の山の岩肌に書かれた「トルコ人だと言えることは、なんて幸せなことよ」という意味のスローガン......。

 しかし、日本において、トルコのクルド人難民を受け入れた数はゼロだ。〈ミャンマー人が条約難民と認定されるケースが増えるのに対し、クルド人が(条約難民として正式に)認定されたケースはこれまでに一件もありません〉という。

 これは、トルコ政府が「クルド人弾圧はない」と主張しているため、日本は"外交的配慮"を行っているからだ。だが、他国はクルド人難民を受け入れ、その難民認定率は2005年で世界平均18.7%、2011年で13.6%となっている。ここで浮き彫りになるのは、〈難民の保護という人権・人道の問題よりも政治・外交問題が優先されてしまっている〉という日本政府の対応だ。

 こうした日本の難民問題に知らんぷりするような態度に、国連も勧告を出している。

〈国連の人種差別委員会は、日本の難民認定について「特定の国からの庇護希望者には異なった優先的な基準を適用しており、他国の出身で国際的保護が必要である庇護希望者は強制的に危険な状況に戻されていることに懸念を改めて表明する」としています。前者の「優先的な基準」が適用されているのはミャンマー、そして「強制的に危険な状況に戻されている」のはトルコのクルド人であることは明らかです。さらに、国連の人権理事会も、難民に該当するかどうかの再審査については、法務省の出入国管理行政から独立した機関を設けることを勧告しています。しかし、制裁措置のないこれらの勧告に「牙」(強制力)はありません〉

 そして、こうした問題が国内で強く疑問視されない背景には、日本の"排外思想"にもあるだろう。だが、著者は、難民受け入れは"社会を成熟させる"と述べ、外国人に対する排斥の声にこう抗する。

〈難民制度を日本という豊かな国に行くための"チケット"として考える人ばかりではないことは、二〇一二年に日本行き第三国定住の希望者がゼロになったことからも実証済みです。難民申請者が再申請を繰り返してずるずる長く滞在し、不法就労し、その実態がつかめなくなってしまうよりも、きちんと社会の一員として統合し、「人財」として活躍してもらうほうが生産的であるはずです。ましてや、今の日本政府の認定は極めて閉鎖的で、このままでは難民条約をあまりにも狭く解釈し、国際法違反になるすれすれでもあるのです〉

 もちろん、難民問題を語る前に、国内の貧困に目を向けるべきだという批判もあるだろう。だが、国内の貧困も難民受け入れも、根本には同じような問題がある。なぜ、国内の貧困が問題化している最中に社会保障費は削減するのに、防衛費は増額するのか。なぜ、「積極的平和主義に基づく国際貢献」と安倍晋三首相は連呼するのに、国際貢献の基調となる難民受け入れを積極的に行わないのか。──これは、著者が指摘している"人権・人道の問題よりも政治・外交問題が優先"という問題とも重なるものだろう。

 先日、新宿の歩行者天国で行われた安保法制反対集会で、ひとりの外国人がシリア難民の男の子の写真を掲げながら「NO WAR」と叫び、片言の日本語で「センソウスルト、コウナルンデス」と訴えている姿を見た。報道によればその彼は、亡くなった男の子と同じクルド人だったらしい。

 亡くなった男の子の話は、遠い国で起こった悲劇ではない。あの写真がわたしたちに投げかけるもの。それは、安倍首相の言う「積極的平和主義に基づく国際貢献」がまやかしに過ぎないということであり、あらゆる武力による戦争・紛争を憎み、世界中で起こる貧困や弾圧によって苦しむ人びととわたしたちはどのようにつながることができるか、ということではないのだろうか。
(水井多賀子)