盛りあげよう!東京パラリンピック2020(35)

■ウィルチェアーラグビー三阪洋行選手インタビュー Vol.4

 ここまで三阪選手のウィルチェアーラグビー人生について聞いてきたが、最後は、この連載のテーマでもある"2020年東京パラリンピック"に向けて思うことをうかがった。東京パラ開催までの残り5年、東京そして日本がどんなことに取り組むべきかはもちろん、三阪選手自身が描く、東京パラの夢も語ってくれた。(Vol.1、Vol.2、Vol.3はこちら> / ウィルチェアーラグビーとは>)

伊藤数子(以下、伊藤):2020年に東京オリンピック・パラリンピックが決まったことで、色んな競技団体が変わり始めたと思うんですが、三阪さんはそういった中でもプレーヤー経験を持つ新しい世代の指導者として活躍されると期待しています。

三阪洋行(以下、三阪):ありがとうございます。プレッシャーですが(笑)、そうなれたらいいなと思っています。他の競技団体の方ともお付き合いするようになって、みんな競技力を高めていく上で、四苦八苦しているのを感じていますし、環境が整ってきたからこそ、僕も指導する側の人間として責任を持って、さらに勉強していかなくてはと思っています。

伊藤:三阪さん自身も多くの経験を積んできていると思いますが、広く、いろんな人にそれを伝える場面も増えているのではないでしょうか。

三阪:そうですね。せっかくやってきたことなので。例えば講演に呼んでいただいたときに、どんな話しましょうって聞くと、「ありのままを伝えてください」と言われるんですが、そういうときに気をつけているのは、聞く人の年代にあった内容を適した形で伝えるっていうことなんです。

伊藤:例えばどんな風にですか?

三阪:小学生には、「足が動かなくてもこんなすごいことができるんだよ」っていうインパクトを与えることで、車いすに対する概念を変えたいっていうのがあります。逆に大人には、ある程度それぞれの考えがありますから、変わりつつある環境に順応して欲しいという思いを話しています。

伊藤:では、東京パラに向けて夢をお聞かせください。

三阪:2020年の東京パラに、できればウィルチェアーラグビー日本代表のヘッドコーチとして出場するのが夢です。そして、母国開催でのメダル獲得に貢献できれば最高ですね。でも、今は与えられたアシスタントコーチの仕事にしっかりと取り組んで、まずはリオパラのメダル獲得に貢献したいと思っています。

伊藤:ヘッドコーチへの夢を口にしたのは初めてですか?

三阪:具体的に夢を話したのは初めてだと思います。

伊藤:そうなんですね、ここで話していただいて、うれしいです。ありがとうございます。では、東京パラに向けて日本が変わっていくべき点についてどのようにお考えですか?

三阪:一番大きいのが、やっぱり自己責任という考え方ですね。周囲の人々が、障がい者の意思を尊重してくれる社会作りだと思います。日本だと、まず「お手伝いしましょうか?」と、出来ないことを前提に話かけてこられることが多いのですが、ニュージーランドでは違います。まずは「できますか?」とこちらの意思を確認してくれるんです。ただ、自己責任はリスクが伴いますし、逆に日本のように事前にサポートしてリスクを回避する方がよいという考えもあると思います。そこは難しいところですね。

伊藤:なるほど、対峙の仕方が違う。では、設備の面ではどうですか?

三阪:結構、日本はバリアフリー設備がしっかりしてきていると思います。でも、その設備の必要性を理解している人は、多分まだ少ないと思います。何のために車いす駐車場があって、何のために点字があってとか。ニュージーランドの人はどんなに混んでいても車いす用の駐車場に健常者が駐車することはありませんでした。でも日本では停まっていますよね。

伊藤:確かに関係ない車が停まっていることがありますね。

三阪:僕はもういいやと思うこともあるんですけど、嫁さんの方が「ちょっと言ってくる」って(笑)。揉め事は嫌なのでいつも止めるのですが、それぐらい理解のある人なんです。僕自身もニュージーランドで、クライストチャーチ市に申請して車いすのカードをもらわないとあかんのですけど、もらわずに車を車いす用の駐車場に停めてたら、メッチャ怒られました。車いすに乗ってるというのが分かったら許してもらえるかなと思ったんですが、「こういうルールがあるんだから、ちゃんとしなさい」って言われて、「ああ、怒られるんだ」と思いました。障がい者も健常者も怒られるときは怒られる(笑)。そういうモラルとか、障がいを持っている人に対する考え方というのが、日本とニュージーランドでは少し違うのかなと。日本人の課題は、障がいを持った人に対する考え方、接し方になるのかなと思います。

伊藤:そうですね。

三阪:海外から来た人に対して、ひとりの日本人としての対応が、日本人全体のイメージにつながるんですから。

伊藤:障がいのある人との接し方が変わることで、パラスポーツへの関心も広がっていくといいですね。

三阪:そうですね。「その車いす、かっこいいですね」から、「筋肉すごいですけど、スポーツされてるんですか?」って話に広がるのも楽しいかもしれない。東京パラが来た時に、例えば「どのスポーツを応援しに来たんですか?」とか、パラスポーツを知ることで会話の幅も広がるでしょうし。「お手伝いしましょうか」で、コミュニケーションが終わるんじゃなくて、もうひとつ先のコミュニケーションにつなげるためには、先ほども言いましたけど、障がいに対する理解を変えて深めていく必要があるのかなと思っています。

伊藤:東京パラまでの残り約5年で、まずはパラスポーツを知ってもらうことや、触れ合うことが必要になりますね。

三阪:はい。伊藤さんもそういった活動をされてると思いますが、実際に肌で触れて、理解してもらうと同時に、競技者にも少し触れてもらって、パラスポーツを身近に感じてもらうのは大事だと思います。これは草の根運動というか地道に、こういう現場レベルで選手だったり、当事者たちが訴え続けるしか方法はないので、だからこそひとりでも多くの方に参加してもらいたいなと思っています。ただただ大きな知識だけじゃなくて、こういう障がいのある人はこうされると転ぶとか、少しずつ理解の幅を広がるように、いろんな人たちに伝えていければと思っています。
(おわり)

【プロフィール】
三阪洋行(みさか ひろゆき)
1981年6月21日生まれ。大阪府出身。ウィルチェアーラグビー元日本代表。現在は千葉のBLASTというチームに所属しプレーする一方、代表ではアシスタントコーチを務めている。パラリンピックは、2004年アテネ、2008年北京、2012年のロンドンと3大会に出場。中学生で健常のラグビーを始めたが、高校3年生の時、練習中の事故から頸椎を損傷し、車いすの生活となった。その後、ウィルチェアーラグビーと出会い、ニュージーランド留学を経て、日本代表入りを果たしている。

伊藤数子(いとう かずこ)
新潟県出身。NPO法人STANDの代表理事。2020年に向けて始動した「東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」では顧問を務めている。2003年、電動車椅子サッカーのインターネット中継を企画、実施。それをきっかけにしてパラスポーツと深く関わるようになった。現在、パラスポーツの競技大会のインターネット中継はもちろん、パラスポーツの楽しみ方や、魅力を伝えるウェブサイト「挑戦者たち」でも編集長として自らの考えや、選手たちの思いを発信している。また、スポーツイベントや体験会を行なうなど、精力的に活動の場を広げ、2012年には「ようこそ、障害者スポーツへ」(廣済堂出版)」を出版した。

スポルティーバ●文 text by Sportiva