超高速サーキットのモンツァで行なわれたイタリアGP決勝でのテレビモニターには、マクラーレン・ホンダのマシンがルノー勢に次々と追い抜かれるシーンが映し出されていた。土曜までの走行データから予想していた通りのこととはいえ、ホンダの新井康久F1総責任者は胸を締めつけられるような思いで、それを見ていた。

 決勝前日のマクラーレン・ホンダの記者会見では、イギリスメディアから新井総責任者に対して批判的な質問が集中的に浴びせられた。その背景には、名門チームと王者(アロンソ&バトン)が最後尾を走るという辱(はずかし)めを受けていることに対し、「全責任はホンダのパワー不足にある」という英国人記者たちの先入観がある。

「6つのコーナーでは、メルセデスAMGと較べても合計で0.3秒しか遅れていない。残りの3秒は、すべてストレートで失っているんだ。スロットル全開で、ステアリングはまっすぐの状態。僕らにはこれ以上どうしようもない」

 フェルナンド・アロンソ、ジェンソン・バトンの両ドライバーが、揃ってそう語った。それを聞いたメディアは、ホンダのパワー不足がイタリアGP惨敗の理由であると結論づけた。英国メディアに限らず、誰もがそう考えてもおかしくない。実際、「最高速」という目に見える数値は、マクラーレン・ホンダが圧倒的に劣っている。予選の最高速がセルジオ・ペレス(フォース・インディア)の354.6km/hに対し、バトンは343.0km/h、アロンソは338.1km/hだった。

 そんななか、新井総責任者が「ルノーよりも25馬力優っている」と語ったという報道が流れ、これが火に油を注いだ格好となった。パワーユニットが負けていないのなら、マクラーレンの車体側に不振の原因がある――ということになる。それは、マクラーレンとしては看過できない発言だった。

「成績が出ないから、その理由をどこかに押しつけようとして、ホンダ側、もっといえば私個人に押しつけているんでしょう。チームとしてはスポンサーを得て経営しているわけですから、スポンサーには『私たちは悪くないんです』って言うしかありませんから」(新井)

 そして、「ルノーには負けていない」と新井総責任者が対抗するように発言すると、マクラーレン側は最終手段に出た。それが、英国メディアを巻き込んだ土曜会見での集中砲火であり、翌日に報じられた「ホンダへの新井解任依頼」というニュースだ。

 新井総責任者はこれまで、どれだけホンダに責任転嫁されようとも、表立ってチームを批判することは避けてきた。しかし、「日本のファンの人たちだけには真実を知ってもらいたい」という思いから、その本心を語った。

「私に対して何か言われているだけならいいですが、ホンダ全体の大勢の社員や、周りを取り巻く大勢の人たち、応援してくれている人たちに対して相当な誤解をさせ、傷つけていると思います。それはなんとかしたい。せめて、日本の応援してくれているファンの人たち、ホンダの人たちには、日本語で真実が伝わるようにと思って、こうしてお話しさせていただきます。応援してくれている人たちにあれ(チーム側の発言)がそのまま伝わっちゃうのは申し訳ないなと思いますから」

 まず、論争の火種となった「25馬力発言」報道の真実とは何だったのか――。

「私は、25馬力という具体的な数値は語っていません」

 新井総責任者は言う。しかし、パワーユニットの出力という点で、ルノーより優っていることも事実だと語る。それは、新井が以前から主張していたことである。

 では、パワーが同等以上なのに、どうして「ストレートで3秒も失う」のか。その理由は3つあるという。

 まずひとつは、「ディプロイ」と呼ばれるERS(エネルギー回生システム)のアシスト量だ。パワーユニットは約700馬力のICE(エンジン本体)に加えて120kW=約160馬力のアシストが可能だが、ホンダのそれはターボの熱から回生するMGU-H(※)が熟成し切れておらず、他メーカーに較べて1周で使用できる時間が短い。スロットルの全開時間が短いサーキットでは問題にならないが、全開時間が長くなるとMGU-Hが回生し切れず、「ディプロイ」が切れてしまうのだ。すると、160馬力が失われてしまう。長いストレートエンドで失速するのは、そのせいだった。

※MGU-H=Motor Generator Unit-Heat/排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。

 新井総責任者の言う「ルノーには負けていない」とは、エンジン本体(ICE)とターボ(TC)の出力であり、エネルギー回生システム(ERS)のアシストは上限が160馬力と決まっているのだから、「ディプロイが機能している間はパワーユニット全体でも負けていない」という意味であって、パワーユニット全体の総合性能とは別の話だ。そこが混同され、正しく理解されていないがために、先のような批判を受けることになっている。

 そして、ストレートが遅いもうひとつの理由は、車体の特性にあった。マクラーレン・ホンダMP4-30は、空気抵抗が大きいのだという。

 ベルギーGPでは、やや大きなリアウイングをつけて走ったものの使いこなせず、土曜から薄いウイングに換えてセットアップ不足のままで予選・決勝を戦うことになった。その反省から、今回のイタリアGPでは初日から極めて薄いリアウイングを装着したが、その代わりにリアの車高を上げ、車体全体をウイングのように前傾させて走っていた。車体そのもののダウンフォースが大きく、高速コーナーを速く走ることができる代わりに、空気抵抗も大きく、ストレートスピードは伸びない。コーナーが速く、ストレートが遅いというのは、ある意味で当たり前のことだ。

 さらにもうひとつは、リアグリップ不足のためにコーナー出口でトラクションがかけられず、ドライバーがスロットルを早く踏めない......という理由もあった。

「アンダーステア傾向だから、フロントを強くする――。そうすると(前後バランスとして)リアが足りなくなってリアのメカニカルグリップが弱くなり、ドライバーが自分の足でトラクションの限界点を探りながら(スロットルを)踏んでいかなければならないので、どうしても立ち上がりが遅くなってしまうわけです」

 パワーユニット側のディプロイ不足と、車体側の性能不足。その両方が組み合わさった結果が、イタリアGPの惨敗だった。

 夏休み期間での開発でトークン(※)を使い、改良を施したかったディプロイ面だったが、残念ながら間に合わずに目標の達成はできていない。多くのファンの期待を裏切ってしまったことは事実だが、3週間後に近づいて来た日本GPまでに新規を投入することはできず、現状のハードウェアのままで戦わざるを得ない。

※パワーユニットの信頼性に問題があった場合、FIAに認められれば改良が許されるが、性能が向上するような改良・開発は認められていない。ただし、「トークン」と呼ばれるポイント制による特例開発だけが認められている。各メーカーは与えられた「トークン」の範囲内で開発箇所を選ぶことができる。

「鈴鹿で新規に入れるとペナルティを科されてしまいますし、グリッド後退となると、待ってくれているファンのみなさんにも申し訳ないので、トークンを使う予定はありません。今までやってきたことを全部まとめて、それぞれの領域でその集大成を入れて戦いたいと思っています。(ハードウェアの変更ができなくても制御面で)ディプロイの時間を少しでも長くできるようにあらゆる手立てを打ったり、燃料の開発もできるでしょうし、とにかく前に進むしかないと思っています。ここまで12戦戦ってきて、自分たちに足りていることも、足りていないこともわかっていますから、今までのすべてをつぎ込んで、この『バージョン3』のパワーユニットをしっかりと使い切りたいと思っています」

 苦しい現状のなかでも、開発とレース運営の最前線に立つスタッフたちは、全力で戦っている――。その努力を否定する権利など、誰にもないはずだ。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki