一から作り直すことになった新国立競技場とエンブレム(YouTube「ANNnewsCH」より)

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新国立競技場の建設計画見直しにエンブレムの白紙撤回と、世界中に恥をさらすような不手際が立て続けに起きている東京五輪。こんな調子で2020年にほんとうに国際的な祭典を開催することができるのだろうか。

 実は、一部の歴史マニアの間では少し前から、こんな見方がまことしやかにささやかれていた。

「東京五輪はあの幻のオリンピックと同じ運命をたどるかもしれない」

 過去の東京五輪といえば、すぐに頭に浮かぶのが1964年に開催された第18回大会だが、今から75年前の1940年にも、東京でオリンピックを開催する計画があった。

 このオリンピック計画はもともと、発明家でもあった日本学生競技連盟会長の山本忠興の発案に、当時の東京市長・永田秀次郎が賛同して始まった。32年に立候補を表明してローマ、ヘルシンキと争う形になったが、日本はこれを皇紀2600年記念事業としても位置づけ、国をあげて熱心な招致活動を展開。36年のIOC総会で柔道の嘉納治五郎が招致演説を行い、アジア初となる東京開催が決定した。

 ところが、その翌年、盧溝橋事件が勃発し、日中戦争に発展する。戦況は日を追うごとに拡大・悪化し、国内、国外で開催反対の意見が続出。38年7月の閣議で開催権の返上を正式に決定したのである。

 この幻に終わった1940年の東京五輪と、今の2020年東京五輪を取り巻く状況が、そっくりだというのだ。

 たしかに『幻の東京オリンピック 1940年大会招致から返上まで』(橋本一夫/講談社学術文庫)などの書物を読むと、両者の間に符合する部分がいくつもあることに驚かされる。

 まず、似ているのが震災との関係だ。2020年の東京オリンピックは2011年の東日本大震災からの復興をテーマの一つに掲げているが、1940年の東京五輪もその17年前に関東大震災が起きていて、そこからの復興をアピールする意図があった。

 また、招致への国際的協力をとりつける経緯も似ている。40年の東京オリンピック招致には独裁者・ヒトラーとムッソリーニの協力があった。36年のベルリンオリンピックではヒトラーの人種差別政策に反対してボイコットの動きがあったが、日本は参加を表明。もともと日本との軍事的連携を狙っていたヒトラーはこれに応えるように、東京オリンピック招致に全面協力。ベルギー出身のIOC会長バイエ=ラトゥールに日本を支持するように圧力をかけた。この関係が後の日独防共協定、日独伊三国同盟につながっていく。

 ムッソリーニも同様で、エチオピア侵攻によって国際連盟を脱退したことから、同じく国際連盟を脱退した日本に接近。東京と招致を争っていたローマを立候補から辞退させた。

 一方、2020年の東京オリンピック招致はプーチン大統領の積極的支持が勝因の一つと言われている。ロシアでは14年ソチ五輪が開かれたが、プーチンはこの少し前、同性愛差別発言をして欧米各国からボイコットの動きが起きていた。しかし、日本はこうした動きとは距離を置き、13年9月、ロシアのサンクトペテルブルクで開かれたG20サミットで、安倍首相がプーチン大統領に協力を要請。プーチンから「投票権を持つ ロシアのIOC委員、友人のIOC委員に東京を支持するよう説得した」という答えを得たとされる。

 ようするに、1940年も2020年も日本は国際社会で批判を受ける独裁者に協力を仰いで、開催支持をとりつけているのだ。

 さらに、この2つオリンピックはメインスタジアムで問題が起きたことまで共通している。2020年東京五輪の国立競技場問題は今さら説明するまでもないが、1940年の幻の東京五輪でも、当初は隅田川河口の月島埋立地を利用する計画だったが、風が強すぎるという問題で変更しなければいけなくなった。

 続いて候補に挙がった明治神宮外苑は、神社局長から大規模開発を反対され、挫折。その後も、二転三転。最終的には駒沢ゴルフ場跡地になったが、招致決定から半年たっても競技場が未定のまま、第7候補地までもつれこむ事態はIOC会長からも批判された。

 しかし、1940年の五輪と2020年の五輪の類似性はなんといっても、招致決定前後のキナ臭い政治状況だろう。

 1940年の東京五輪では、関東大震災の2年後の25年に治安維持法が制定され、日本は急速に軍国主義化。その10年後に前述したように日中戦争に突入していく。そして、2020年に東京五輪を控える今の日本も同じ道をたどっているように見えるのだ。東日本大震災の2年後に"現代の治安維持法"と呼ばれる特定秘密保護法が成立。さらに安倍政権は集団的自衛権を容認し、今、安保法制を強行しており、戦争のできる国づくりが着々と進められている。

 つまり、2020年の五輪も近いうちに日中戦争が起きて、開催を返上。1940年の東京五輪と同じように、幻に終わるのではないか、というのだ。

 これはあながち、妄想ともいいきれない。安倍首相は非公式の場では、「安保法制は中国が相手」「南シナ海で日本人が命をかける」と明言しているし、東シナ海のガス田開発、中国の領海侵犯などしきりに中国の脅威をアピールしている。

 また、南シナ海では、今年6月、海上自衛隊がフィリピン海軍と合同軍事演習を行っているが、官邸は1年以内に、自衛隊が米軍やフィリピン軍とともに、中国が進める南シナ海での岩礁埋め立て工事現場付近に出動し、この工事を武力で止めるシナリオをもっているといわれているのだ。

 そう考えると、2020年の東京五輪と1940年の東京五輪の奇妙な符合を、オカルティックな「歴史の反復」としてとらえるのは少しちがうのかもしれない。むしろこの2つの五輪は、もともと構造的なところで共通している部分がある。

 前掲の『幻の東京オリンピック』は1940年の東京五輪について、こう書いている。

「一九四〇年東京オリンピックの問題点のひとつは、紀元二千六百年記念として開催したいとの意欲が先行したため、肝心の競技施設を事前にまったく整備しないままに立候補し、しゃにむに招致運動を進めたことである。」
「日本の軍国主義化が急進するにつれ、オリンピックに内包される国際的、平和的な理念と「皇紀二千六百年」の持つ国家主義的性格との矛盾が激化し、軍部だけでなく政府内部でも、東京オリンピックの意義を認める空気が急速に希薄になっていったのである。」

 2020年の東京五輪もまた、石原慎太郎と安倍晋三という2人の国家主義者によって国家的威信の復活のために強引に進められたものだ。だとしたら、同じように矛盾が次々と噴出し、戦争リスクが高まるのは当然といえるだろう。

 いったい、この先、2020年の東京オリンピックはどうなるのだろうか。いや、オリンピックはどうなってもいいが、少なくとも1940年と同じような戦争という悲劇だけは避けなければならない。
(森 悲朗)