Doctors Me(ドクターズミー)- 【藤森香衣のがんコラム】Vol.1: プロローグ 〜友達に助けられた、私のがん〜

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自分とは縁がない世界の話

みなさんは、「がん」というものに、どんなイメージを持っていますか。
もし、ご自身が20代〜30代なら、「自分とは縁がない世界の話」だと感じるかも知れません。
実際、私も数年前まではそうでした。
「がん」というものは、どちらかと言えば高齢者がかかる病気なのだと思っていました。
しかし、病は年齢だけでは片付けられません。
子供であっても、働き盛りであっても、病気になってしまうことがあります。

私がそれを痛感したのは、3年前に友達を乳がんで亡くした時でした。

乳がんで亡くなった友達が、残してくれた言葉

その友達は、乳がんが深刻な状況で発見されたにも関わらず、子供と旦那さんのために現実を受け止め、つらい治療を耐え続けましたが、病から逃れることはできず、26才の若さでこの世を去りました。
「なぜ、彼女が死ななければならないのか?」
友達が亡くなってから、行き場のない感情が、いつもいつも私の心を支配しています。
自分の無力さを感じていた中で唯一、見つけたもの。
それは、「検診をみんなに受けて欲しい」という友達の言葉でした。

乳がんは、ほとんどの場合、数年かけて大きくなっていくことが多いため、早期発見が重要であり、それには検診を続けることが大事だと言われています。
友達は、自分のようにつらい思いをして欲しくないと、私や他の人に検診の重要性を教えてくれました。

「異常なし」から見つかった乳がん

彼女が亡くなって一年が経た頃、私はある日、自分の右脇に小さな塊を見つけました。
突然、現れたそれは、小指の爪ぐらいの大きさで柔らかいグミのような弾力がありました。
とても嫌な予感がし、病院できちんと検診を受けましたが「異常なし」という診断でした。

乳がんが発症するピークは、40代以降とされています。
その時、私は35才だったので、通常、病院で異常なしと言われたら、あと2年ぐらいは放置してしまったかも知れません。
けれども、友達が遺した「検診をちゃんと受けてね」という言葉が忘れられず、翌年、別の病院へ行き、また詳しく調べて貰ったところ、1年で私の右胸の"しこり"はがんになっていました。

自分が、まさか乳がんになるなんて想像もしていませんでしたが、友達のお陰で、本当に早期で発見することができました。

私が彼女にできる、恩返し

更に検査をしてくうちに、右胸には他にも2つがんが見つかり、胸を全摘出しましたが、形成外科手術(同時再建)により、胸を作ることもできました。

友達に救われた命ですが、私はもう、彼女に何も恩返しをすることができません。
けれど、彼女が遺してくれた言葉や経験を私から他の方へと繋ぐことで、彼女も喜んでくれるのではないかと考えています。

また、私の体験したことや、当事者として感じたことを書くことで、患者さんだけでなく、それを支える方や、サバイバー(がんを克服したひと)のお役に立てればと思っています。

〜モデル:藤森 香衣〜