85分、宇佐美のシュートがワクを逃すと、埼玉スタジアムのスタンドが動き出した。バックスタンドとメインスタンドの観衆が、少しずつ席を立つ。

 後半の45分が終了し、追加タイムが表示される。ここでさらに、スタンドが騒がしくなった。ゲートへ消えていく背中が、両ゴール裏にも見つけられるようになる。
追加タイムは5分あった。ワンチャンスを作り出すには、十分な時間だ。しかし、日本のゴールではなく帰り道の渋滞へ興味が移った観衆は、確実に増えていた──。

 1993年4月に開催されたアメリカW杯アジア1次予選で、日本はバングラデシュを8対0で下している。初戦の緊張感が縛めとなり、1対0で際どく勝利した3日前のタイ戦から一転して、格下相手にゴールラッシュを展開した。

 97年4月のフランスW杯アジア1次予選第1ラウンドで、日本はマカオを10対0で粉砕した。2日後のネパール戦も6対0で大勝した。

 2004年6月のドイツW杯1次予選で、日本はインドを7対0で退けた。前半12分の先制弾をきっかけに、埼玉スタジアムでワンサイドゲームを展開した。
 
 W杯予選でこれまで見せてきたゴールラッシュを、9月3日のカンボジア戦に望んではいけなかったのだろうか。3対0という結果よりも、34本のシュートを打ったことを、10度の決定機を作ったことを、評価するべきなのだろうか。

 僕にはそうは思えないのだ。

 カンボジア戦はすべてが予想どおりだった。

 超がつくほど守備的な相手に対して、ボール支配率で圧倒する。試合時間のほとんどを敵陣で費やす。だが、早い時間帯にゴールをこじ開けられないことで、一人ひとりがプレッシャーを感じていってしまう。シュートシーンで微妙に力んでしまう。ボールを大切にすることの代償として、強引さや意外性が削ぎ落とされていく。ワンタッチプレーが少ないので、相手のマークを決定的にズラすことができない──すべてが予想どおりだ。シンガポール戦に似ていた。攻撃に意外性をもたらしていたのは、ゴール前へシューターとして飛び込んでいった長友ぐらいではなかっただろうか。

 6月のシンガポール戦から3か月ほどが経っているとはいえ、W杯アジア2次予選は2試合目である。シンガポール選手後に選手が漏らした「W杯予選の難しさ」は、もはや拙攻の理由にはできない。もしそうだとしたら、南アフリカ、ブラジル両W杯のアジア予選が、それぞれの選手のなかで血肉となっていないと言わざるを得ない。
カンボジアのスタメンの平均年齢は、23・4歳だった。3人の交代選手には、19歳の選手も含まれている。チームとしても個人としても、日本は経験と実績ではっきりと上回っている。3対0で満足できるはずがない。

 ボールを思いのままに操れるという意味で、日本の選手はサッカーがうまい。
だが、うまいチームと強いチームは違う。かくも当たり前の事実をカンボジア相手に痛感させられてしまうことが、何よりも歯痒いのである。