■8月特集 リオ五輪まで1年、メダル候補の現在地(13)

 大会8日目の50km競歩の銅メダル獲得で、日本のメダルが0になる危機を救った谷井孝行(自衛隊)。それは閉幕2日前になって、金メダルを獲得した昨年の仁川アジア大会のときに似ていたという。「確かにあの時と似た感覚だとは思いましたね。でも(今回は)自分の目標がはっきりしていたので、以前のことはあまり考えずに歩きました」と穏やかな笑みを浮かべた。

「エントリーリストを見た時からチャンスだと思ったし、メダルを獲るためのレースができると思っていた。来年のリオでメダルを獲るためには、その前哨戦として今回、メダルを狙うレースをできなければいけないと思っていたので、実際にメダルを獲れたことは自分の中で大きいと思います」

 谷井がメダルを狙えると思い始めたのは、12年ロンドン五輪。大会前に肺気胸になり、本番では途中棄権をしたレースだ。

「レースでは肺が痛くなって立ち止まったりして35kmで棄権したけど、30kmまでは日本記録のペースだったし、35kmまでも自己新ペースで第2集団から先頭集団を追って行くところまで出来たんです。それで上位と勝負できるんじゃないかと思い、リオ五輪ではメダルを狙おうという気持ちになりました」

 それからは4年計画で考え、まず初めに3時間43分台だった自己記録を3時間40分まで伸ばすために、練習内容を量から質を求めるものに変えた。その上でレースの駆け引きを覚えていけば、世界大会でも勝負できるのではという考えだった。

 13年世界陸上もそのステップの一環で9位になり、昨年のアジア大会では山崎勇喜(自衛隊)が持つ日本記録に7秒まで迫る、3時間40分19秒を出して優勝と準備は進んだ。

 それが今回、銅メダル獲得という形で現れた。

 高校2年で世界ユースに出場し、銅メダルを獲得すると世界ジュニアの出場も果たした。日本大学4年時には04年アテネ五輪代表にも選ばれた谷井。その後は世界大会の常連になったが、成績は下位止まりで失格も多かった。05年には1歳下の山崎が世界陸上50kmで8位になり、07年には2歳下の森岡紘一朗(富士通)が世界陸上20kmで11位と結果を残す中で谷井は3番手、4番手という位置に甘んじていた。

「あの頃はどうやって成績を伸ばせばいいのかも見えなくて、右往左往していました。確かに山崎や森岡に結果を出されたのは悔しかったけど、自分がまったく見えていなかったので対抗する余裕もなかったですね。それでも代表になれていたのはひとつの支えになっていたけど、ジュニア世代から世界大会に出ていたプライドはボロボロになり、辞めたいという気持ちにもなりました」

 元々感覚に頼っていた歩型が、03年から判定が厳格化されたことでズレが生じ、大学卒業時には右大腿部の骨膜炎になり、そこから大きく崩れた。コーチなどにアドバイスをされても、それを自分の体で表現することがなかなか出来ず、いろいろ考えてさらに崩れてしまう状況が続いた。

「その頃は本当に苦しかったし、世界大会で失格をしてからは代表に選ばれることが怖かった時期もあった」と言う。

「自分の力が出し切れない状態でしたね。自分の力を出してだめだったら諦めもつきそうだけど、そうじゃないからもっとやれるかもと自分に期待もありました。でも北京五輪の20kmに続いて09年世界陸上の50kmで失格してからは、自分の中でいろいろ整理しようと考えて。技術もコーチから言われたままに直すのではなく、『自分はこういう癖があるから疲れた時にはここを注意しなければいけない』など、自分で考えるようになって、そこから本当に徐々に良くなってきた感じです」

 10年からは種目を50kmに絞り、20kmもそのためのレースと考えるようになったという谷井が、さらに充実したのは昨年の4月自衛隊体育学校へ移籍してからだ。セカンドキャリアや家族のこと、そして練習環境を考えてのものだった。

 今回谷井に次ぐ4位になった荒井広宙(あらい ひろおき・自衛隊)は、自分が今年3時間40分20秒まで記録を伸ばして日本選手権を初制覇した理由を、谷井と同じ所属になって一緒に練習をするようになり、その中で40分切りを目指す練習内容や考え方、休養の取り方などを細かく教えてくれたからだという。

 谷井も「荒井は東京五輪では50kmを引っ張っていなければいけない存在。そのためにも自分が知っていることを伝えたいし、簡単には乗り越えられない壁にもなりたいとも思う」と言う。彼が何の衒(てら)いもなくそう言えるのは、長い苦労の経験が、結果となって開花し始めている自信と余裕があるからだ。

「今年も本当は、4月の日本選手権で3時間40分切りをしてから世界陸上に臨みたかったけど、調子を合わせられなくて。それでも3時間42分01秒を出せたから『40分を出せる力はあるな』と思って大会に臨みました。
でも来年のリオ五輪は40分を切らないとメダルを獲れないだろうから、まずはそこですね。夏場に自己記録を出さなければいけないという精神状態で臨むより、その前に36〜38分台を出して本番を迎えた方が勝負しやすい。そうなれば、今回最初から飛び出して優勝したトート(スロバキア)のような選手がいても、ついていくレースも出来ると思う」

 苦しみ抜いた長い時間があったからこそ、タフな精神を身につけられたという谷井は、「ポンと記録を出すのは嫌いなんです。しっかり積み上げた裏付けがあって記録を出せば、その時だけではなく次も出せると自信が持てるから」と語った。そんな考えがあるからこそ、今はプレッシャーも楽しめるのだろう。

 リオのメダルという目標へ向けて谷井は、この世界陸上で確実な一歩を踏み出した。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi