下部組織からの昇格組、あるいはビッグクラブから獲得した若手(まずレンタル移籍で加入した選手も含め)を育てて、規模の大きなクラブから移籍金を獲得してきた。  2014年のブラジル・ワールドカップ優勝メンバーのうち、アンドレ・シュールレ(現ヴォルフスブルク)、エリック・ドゥルム(現ドルトムント)は、マインツユース出身だ。  また、A代表歴のあるルイス・ホルトビー(現ハンブルク)、ハンガリー代表のサライ・アーダーム(現・ホッフェンハイム)は、若き日にマインツでキャリアを積んで“出世”している。  そしてこのオフには、ヨハネス・ガイスを1200万ユーロ(約16億3000万円)でシャルケへ、岡崎慎二を1000万ユーロ(約13億6000万円)でイングランド・プレミアリーグのレスターに売却。 前所属チームで燻っていたふたりを再生させただけではなく、大きな利益をも得たのだ。  この資金の活用法について、ハイデルGMは次のように語る。 「確かに粗利は得たものの、出ていく額も大きい。後々のためにと言って、利益をただ溜め込んでおくわけにもいかない。やはり新たな投資をしていかないと、この厳しい生存競争から脱落しかねないからね」  岡崎とガイスは貴重な戦力であり、監督が交代した過渡期の来季もマインツでプレーさせれば、1部残留と上位進出の可能性はより高まったはずである。しかし、フロントは“停滞はすなわちリスクを増大させる”という哲学をやはり貫いた。  ハイデルGMは時代を読み、繁栄を謳歌するプレミアリーグの財力を見抜いていたのである。  そこで800万ユーロ(約10億円)が相場だとされた岡崎を、その約3割増で取り引きするビジネスチャンスを逃さなかった。  一方、チェルシーというメガクラブとの駆け引きの末、FC東京の武藤嘉紀を280万ユーロ(約3億8000万円)で獲得した。岡崎らの売却益から考えれば、投資額としては格安だ。  ハイデルGMは、武藤が新たな環境に馴染むと確信している。 
「岡崎の成功経験があるのがウチの強みだ。だから武藤にプレッシャーは与えない。4年契約を交わしたのも、焦らず成長してもらいたいからだ」  そうハイデルGMは断言する。  また、今季新たに就任したマルティン・シュミット監督も、武藤にすこぶる良い第一印象を抱く。 「チームにすぐ溶け込んでくれた。なにより気分良くトレーニングに入っていけたね。シュート力があり、常にゴールを狙う姿勢は爽快でもあるよ」  ドイツ語でコミュニケーションがまだとれないのは当然の課題に挙げられるが、武藤はスマートな英語を喋る。  また、移籍マーケットが閉まるギリギリの8月30日付でドルトムントへの移籍が発表された韓国人DFパク・チュホ(08年から11年まで、水戸、鹿島、磐田でプレー)が、開幕を迎えるまでの貴重な時間、言葉の面で武藤をサポートしてくれたことも大きい。  多くの日本人選手がぶつかってきた言葉の壁を、武藤は意外とすんなり早い段階で越えていくかもしれない。  オフ明けにほぼ全員がフィジカル作りに重点を置いて練習していたなか、武藤はシーズン真っ盛りのJリーグから加わったとあって“仕上がった”状態でアピールを続けた。現地で取材しても、彼の明るい性格と物怖じしそうにない姿勢に、とても好感が持てた。  クラブの規模は小さいが、やることは意外とデカイ。それがマインツである。 武藤とクラブの選択は正しかった――彼はきっとそう証明してくれるはずだ。  著者プロフィールハルディ・ハッセルブルッフ/『KICKER』のベテラン記者で、2部リーグでプロ選手としてのプレーした経験もある。日韓ワールドカップ以降、日本人選手に注目して取材。元浦和監督のフォルカー・フィンケ氏と親交がある。 翻訳●安藤正純 (『サッカーダイジェスト』2015年8月13日号より転載、一部加筆)