エディー・ジョーンズヘッドコーチ(HC)がワールドカップ(W杯)限りの退任を発表するという異例の出来事から5日。
 
 小雨降る29日夜、日本代表は格下のウルグアイに40−0で完勝した。確かに相手ディフェンスは脆かったが、日本はよく前に出た。気持ちの入った試合だった。

 試合後、全力を出し切った選手とスタッフ、代表のレプリカジャージを着た観客がひとつになる。W杯に向けた国内最終戦。渦巻く拍手、声援の中、選手は少し誇らしげだった。

「エディーさんの次のことは気にしない」と主将のリーチ マイケルは会見で言った。体を張った証拠だろう、痛めた右足首には氷の入ったビニール袋が巻かれていた。

「(退任発表の)影響はないです。日本のラグビーを変えられるのは、俺らだけ。一人一人がW杯で勝つために集中している」

 そうなのだ。日本代表はW杯でベスト8に進出して、日本のラグビーの歴史を変えるため、世界一ハードな練習を積んできた。特にこの5カ月間は苛烈を極めた。ジョーンズHCの去就に動揺することなどないのである。サントリーでもジョーンズHCと一緒だったプロップの畠山健介も「(チーム内は)ゴタゴタしていませんよ」と笑った。

「プロのコーチならおかしな話ではないでしょ。逆に(退任を)言わないほうが、変な噂になったり、集中力に影響を与えたりするんじゃないかと思う。言ってもらったほうがよかった。『ああ、そうなんだ』ぐらいですよ。これで僕らとエディーさんの関係が終わるわけじゃない」

 フッカーの堀江翔太もまた、満足げな笑顔を浮かべた。「エディーさんがどっかに行くとか関係なしに、僕たちはチーム一丸となってやっていることを、観客やファンに見せられたかなと思います」

『チーム一丸』。これぞW杯での最大のポイントである。この日のゲームプランは相手のラインの裏のスペースを取るため、キックも使っていった。だが、グラウンド状態はそれほど悪くない。ハーフタイム中に、後半はもっと前に出よう、積極的につないでいこうと意思統一されたのだった。
 
 これで勢いづいた。コミュニケーションがいい。日本らしいリズムが攻めに加わった。ウイングに入った松島幸太朗、カーン・ヘスケスの鋭いラン、五郎丸歩の安定したゴールキック、ツイ・ヘンドリックの突破、復帰した真壁伸弥のハードタックル......。
 
 後半26分、真壁が低いタックルで相手を倒し、すかさず途中交代のプロップ渡邉隆之がボールを奪取、左ラインに回して最後はウイング福岡堅樹が左隅に飛び込んだ。この時ばかりはスタンド最上段のスタッフルームのジョーンズHCが窓から顔を出し、大声を発して喜んだ。「いいラグビー!」

 もちろん、よく見れば、課題も多々ある。ブレイクダウン(タックル後のボール争奪戦)である。ディフェンスのターンオーバー(相手ボールの奪取)は福岡のトライにつなげた1回だけ、逆にアタックでは何回もターンオーバーを許した。特に敵陣22メートルライン内に入ってから密集でターンオーバーされることが多過ぎる。

 さらにいえば、細かいハンドリングミス、判断ミスも目立った。つまりはプレーの精度とコミュニケーション。決して満足しないジョーンズHCはこう言った。

「今日は60点差で勝てる試合でした。(福岡)堅樹はあと、2トライは取れたと思います」

 ただ、この人はジョークを忘れない。選手の動きの良さの理由を聞かれ、自身の退任発表を持ち出した。「あと4年、ワタシのもとでトレーニングしなくていいとわかったから、みんな解放感でハッピーだったんじゃないでしょうか」
 
 これが国内では日本代表の指揮をとるラストゲームとなった。スタンドには『ありがとう、エディー・ジョーンズ』のパネルもあった。声のトーンが少し変わる。

「日本での最後の試合、さみしく思います。素晴らしい4年間を過ごした。ファンに誇りを持って応援されるチームになったと思います。W杯で旋風を巻き起こしたい」
 
 もはやW杯後のジョーンズHCの人生は日本代表には直接、関係ない。これからが本番だ。31日に代表メンバー31人が発表され、9月1日に英国に渡る。ジョージア(グルジア)とのテストマッチを経て、18日開幕のW杯に挑む。19日が初戦の南アフリカ戦。
 
 ミックスゾーンの最後。報道陣からやっとで解放された「キンちゃん」こと37歳の大野均を追い駆けて、覚悟を聞いた。このW杯に懸けるものは......。

「日本ラグビーそのものじゃないですか。2019年にW杯日本開催がある。もう自分たちの思いだけじゃなく、日本ラグビーの将来がかかっている大会となるからです」。

 雨が上がった。HCや選手個々が感傷に浸る余裕はない。いざ決戦の地へ。日本ラグビーの浮沈を握るW杯のキーワードは「チーム一丸」「ワン・チーム、ワン・ハート」、すなわち「信は力なり」である。

松瀬 学●文 text by Matsuse Manabu