盛りあげよう!東京パラリンピック2020(34)

■ウィルチェアーラグビー三阪洋行選手インタビュー Vol.3

 現役選手ながら、ウィルチェアーラグビー日本代表ではアシスタントコーチを務める三阪洋行。前回は出場したアテネ、北京、ロンドンパラリンピックのお話をうかがったが、今回は日本代表のアシスタントコーチを引き受けるまでの葛藤や、現在の生活についても聞いた。

伊藤数子(以下、伊藤):現在、日本代表ではアシスタントコーチを務めていらっしゃいますが、ロンドンパラ後からアシスタントコーチを引き受けるまでの空白2年間は、どうしていらっしゃったんですか?

三阪洋行(以下、三阪):所属チーム(〜2014年HEAT、2015年〜BLAST)ではプレーはしていましたし、若手の育成にちょっと興味があったので、育成に手を貸したり、新体制の日本代表っていうのも気になっていたので、ちょこちょこ覗いていました。

伊藤:競技に全く関わっていなかったわけではないんですね。

三阪:そうですね。僕が代表現役のときから一緒にやっていた庄子健選手が、「何でもいいから(代表に)関わってこい」っていうのをずっと言い続けてくれたのと、新しい代表がどんなラグビーをしているのかをずっと話してくれていたことが大きかったと思います。僕自身も、興味がなかったと言ったら嘘になるし、心のどこかで関わりたいと思ってはいました。

伊藤:それでも2年間、深く関わらなかったのはなぜですか?

三阪:やっぱりロンドンのトラウマがあって、自分には向いてないと思ったんですよね。指導するとかゲームの采配を振るうなんて。自分の一言で戦局が良くも悪くも変わる緊張感のある世界に、とてもじゃないけど飛び込めないと思っていました。

伊藤:それが変わったのは何かきっかけがあったからですか?

三阪:元々、少しだけ関わっていた若手のコーチングがきっかけで、徐々にそういった気持ちになったと思います。若手選手は変化が目に見えてわかるので、楽しかったんですよね。それから徐々に人に教える楽しさや、教えたことで人が変わるっていう楽しみを見出していきました。そんなときに2014年のジャパンパラ(※)でコーチをやってみないかと声をかけてもらったのが大きなきっかけです。

伊藤:去年、カナダと試合をしたときですね。

三阪:そうです。カナダチームのみを招聘して、日本とカナダが2チームずつ出す形になったんです。AとBに分けて、トップチームのAを、今の荻野晃一ヘッドコーチがされて、僕は育成の選手と、代表では出場機会が少ない選手を中心に集めたメンバーで組んだBのコーチを務めました。そのお話をいただいたときに、それまで育成に多少関わってきたこともあって、何かできるはずと思い引き受けました。

伊藤:引き受けて、何をしようと思いましたか?

三阪:やっぱりやるからには責任を持ってやりたいと思って、いろんなことを準備したんです。選手の特徴を見て、この組み合わせでやったらどうなるかなとか、ここと対戦した時はこんなことしようとか、いろいろ考えてるのがすごく楽しくて。また、選手たちのモチベーションをあげるためには、最初のプレゼンテーションがすごく大事だと思ったんです。最初に集合した時に、ダラダラ集まってきたやつらにまずは一喝して、「中途半端にやるつもりやったら出てもらわなくていいと思ってます」って言いました

伊藤:厳しく入りましたね。

三阪:年上とか関係なしに言いました。それが功を奏したのか、徐々にチームの雰囲気が良くなったり、結果として勝利できたりと、目に見えて変化したことで、すごく楽しくなりました。あとは、コーチとして試合を見ていると、思ったよりゲームを見ることができたんです。そこで、指示が出せたっていうのも自信につながりました。

伊藤:その後、アシスタントコーチをされるようになったと。

三阪:そうですね。続けて仁川(韓国)のアジアパラでアシスタントコーチを担当しました。コーチ業が楽しくなってきていたのと、東京にパラリンピックが来ることを考えていたら、自分もその場にいたいなっていう思いが芽生えて、今に至っています。

伊藤:そうだったんですね。以前お会いしたときに、「コーチのことを必死で勉強してます」っておっしゃっていましたよね。

三阪:はい。やるからにはやっぱり責任を持ってやりたいっていうのと、中途半端にはできないので。例えば、リオパラでアシスタントコーチとして入ったとしても、時間はそんなにないので、一個でも多くのことを学んで、メダルを取るためにできることをしたいと思っています。今だから思うのは、選手側の視点でコーチの大変さを見てきたからこそ、どこかで踏み切れなかったのかもしれません。

伊藤:それがコーチ業を実際に経験したことで変わったんですね。

三阪:そうなんです。日の目を見なくてもと言ったら変ですけど、そうやって選手が活躍するまでのプロセスを自分が作ったと思える仕事ができるのはすごく楽しいって実感できたので、コーチ業の魅力にどっぷりはまったというか。すごく大変ですけどね。

伊藤:コーチとはチームにとって何だと思いますか?

三阪:舵取りかなと。代表チームだと、トップレベルのいろんな個性のある選手を、同じ意識と目的を持たせてコートに送り出さなきゃいけない。勝つためにその舵取りをするんだろうなと。僕のポリシーとして、選手に質問されたことは絶対に全部答えるっていうのがあります。選手にラグビーで負けちゃいけないと思ってるんですよ。だから、今は必死に、ビデオを見たり、ルールの勉強しながらやっています。選手よりラグビーを知らないと舵も取れないですからね。
(つづく)

【プロフィール】
■三阪洋行(みさか ひろゆき)・写真右
1981年6月21日生まれ。大阪府出身。ウィルチェアーラグビー元日本代表。現在は千葉のBLASTというチームに所属しプレーする一方、代表ではアシスタントコーチを務めている。パラリンピックは、2004年アテネ、2008年北京、2012年のロンドンと3大会に出場。中学生で健常のラグビーを始めたが、高校3年生の時、練習中の事故から頸椎を損傷し、車いすの生活となった。その後、ウィルチェアーラグビーと出会い、ニュージーランド留学を経て、日本代表入りを果たしている。

■伊藤数子(いとう かずこ)・写真左
新潟県出身。NPO法人STANDの代表理事。2020年に向けて始動した「東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」では顧問を務めている。2003年、電動車椅子サッカーのインターネット中継を企画、実施。それをきっかけにしてパラスポーツと深く関わるようになった。現在、パラスポーツの競技大会のインターネット中継はもちろん、パラスポーツの楽しみ方や、魅力を伝えるウェブサイト「挑戦者たち」でも編集長として自らの考えや、選手たちの思いを発信している。また、スポーツイベントや体験会を行なうなど、精力的に活動の場を広げ、2012年には「ようこそ、障害者スポーツへ」(廣済堂出版)」を出版した。

文●スポルティーバ text by Sportiva