テレビ初放送となる『STAND BY ME ドラえもん』。ライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんが同作の見どころや3DCGによる演出について語り合います。

「ピクサーに勝てるんじゃないか」「正気ですか!?」


藤田 『STAND BY ME ドラえもん』、ぼくはキャッチコピー通り「ドラ泣き」してしまいました。本作は、劇場で中編映画として上映され、感動作として名高い「帰ってきたドラえもん」(1998)「のび太の結婚前夜」(1999)とをベースに、『ドラえもん』の数少ない泣けるエピソードや原作の1話などを組み合わせて、ちゃんとした『ドラえもん』を作り上げた。ひょっとしたらピクサーに勝てるんじゃないかと思った。

飯田 「ピクサーに勝てる」とはこれまたすごいこと言うねw

藤田 「勝てるかも」ですw 3DCGで描かれていた未来都市の高速道路とか、魅惑的でしたよ。なにより、あの秘密道具がぷよぷよしたり、ドラえもんの表情をうまく作ることがCGでは難しいことなのに、成功させた点がすごい。監督の八木竜一と山崎貴の力量を見ましたよ。

飯田 原作のいいとこのパッチワークじゃないか、だったら原作のほうがよくない? という声も根強くありますよね。

藤田 もちろん、「感動」偏重にしたことに批判はあると思います。原作にあるブラックユーモアとか文明批判とか、のび太の真にどうしようもない感じがなくなったことに違和感があるのも理解できます。
 山崎貴は『寄生獣』『永遠の0』『ALWAYS 三丁目の夕日』などをてがけた監督です。長編デビュー作『ジュブナイル』の時点で、CGを使いこなせる実写映画の監督として、群を抜いた力量を見せていました。
 「懐かしい未来」への感情をベースにしたノスタルジイや感傷を描くのが得意で、『三丁目の夕日』や『永遠の0』では「過去を美化している」との批判も出ましたが、今回は現実を扱っているわけではないので、作家性が最良に発揮されたと思う。
 もう一人の監督・八木竜一は、カプコンでCGディレクターをしていた方で、現代日本ではゲームCGは芸術的と言っていい域に達しているので、このタッグの成功は、日本映画にとって喜ばしいです。

飯田 山崎監督って価値観や演出論は昭和、なつかしい浪花節なんだけど使っているテクノロジーは今のもの。「見たこともない映像」じゃなくて、「どこかで見たことのある懐かしい映像」を3DCGで再現しようとしている。ふつうはあたらしいテクノロジーを使って見たこともないものをつくりたがると思うんだけど。ただ「世の中にふつうには存在しないからCGを使ってつくりだす」という意味では、本質的なCGの使い方とも言える。
『STAND BY ME』は題材的にクサい演出が違和感なくハマっていたと思います。
 僕は『ドラえもん』に関しては大長編派なので、子どもがひとつの世界を手に入れたようなワクワク感、センスオブワンダーがほしかった。そういう作風の監督じゃないのは承知の上で言えば。

藤田 そりゃ藤子・F・不二雄先生が漫画を描き、芝山努監督が映画化していた大長編は、あまりにも偉大ですから。それに対抗して別種のドラえもんを描く勝負をした度胸は、認めたい。大長編は、いつか本を出したいぐらいすごい作品だと思っています。異世界への冒険、かつ壮大な文明批評になっていますからね。しかし、それに真っ向勝負し、成功したと思います。

国産3DCGアニメに適した題材と演出だったので成功した?


飯田 国産の3DCG(のアニメ)ってある時期までは地雷の代名詞だったような気がするけど、最近はそうでもなくなってきましたよね。その昔は『ファイナル・ファンタジー』ゲフッゲフッ……。

藤田 丸みがあって、優しさのあるCGの演出ができるようになったというのが、技術革新の力を感じます。3DCGアニメではないにしても、『デビルマン』ゴホンゴホン。

飯田 自然な演技をめざすよりも、誇張させたクサい演技のほうがCGにはさせやすいはず。『STAND BY ME』は監督の作風と合っていたんじゃないでしょうか。がんばって人間ぽくしようとするといわゆる「不気味の谷」に陥って気持ち悪く見えやすいので、ドラえもんのキャラはちょうどよかったのでは? 演出の古くささと『ドラえもん』の舞台設定の古くささがマッチしていた。

藤田 漫画的な動きや演出に成功していましたよね。あの微妙な頭身とか。3DCGでよく成功したなぁと感心し、驚きましたよ。

飯田 山崎監督の『SPACE BATTLESHIPヤマト』も『永遠の0』も『ALWAYS』もアナクロなものをCG(VFX)使って再現するという意味では同じ路線で(『寄生獣』とかは違うけど)、でも『STAND BY ME』はいちばんうまくいった作品だと思います。『ドラえもん』でやるぶんには、とにかくセリフで説明しちゃうとか含めたコテコテの演出は、そんなに気にならなかった。現代人に実写でやらせると……。

藤田 それは、『ヤマト』の(検閲)。
 古いものを新しい技術で描くという点は、『ジュラシック・ワールド』と似ているんですよね、本質的な欲望が。八木竜一監督が手掛けたゲーム『鬼武者』シリーズだって、最新テクノロジーの産物であるゲームというメディアで、鬼とか武者とかの古いものを描くところがある。大衆文化には、最新のテクノロジーで古いものを蘇らせたい欲望があるんでしょうね。
 山崎貴監督の、「過去を美化してノスタルジイを描く」という悪癖だと思われていたところも、『寄生獣』で克服されて次のフェイズに行ったし、正直、あんまりケチをつけるところがないですね。文明批評性がないとか、のび太があっさりがんばるところが違和感あるとかは、些細な不満です。

がんばればジャイ子を捨ててもいいのか問題


藤田 のび太は原作漫画では、めったにがんばらないんですよね。科学技術に頼って楽をしようとする現代人のメタファーで、それが科学に頼って痛い目に遭うという話が多い。大長編を除けば、のび太が男気を見せる回は、本当に少ない。

飯田 のび太は基本的にヒモ体質だから。

藤田 本当にダメなのび太が、ごくまれにがんばるから感動するわけで、この映画だけだったら、のび太はちゃんとしっかりしたやつに見えちゃわないかと心配だったりします。
 しずかちゃんがのび太を選んだ理由が「謎」だと言われているんだけど、人の幸福を願い、人の不幸を悲しむことができるところこそが真に重要だというメッセージが、原作にも本作にもあります。
 でも、これ、野暮なツッコミなんですが、よく考えれば、のび太は大長編であれだけ何回も地球やら他の世界を救ってんだから、しずかちゃんが結婚相手に選んだって、不思議はないんじゃないかと思い返したんですよw それは本作とは別のドラえもんユニバースの話ですがw

飯田 選ばれなかったジャイ子がかわいそうだろ!

藤田 のび太が、ジャイ子と結婚するのがいやで、しずかちゃんを道具でゲットしようとするところは、人間のクズ感がすごかったw 美少女ゲーム的な欲望の戯画化っぽかったですよね。

飯田 そんなやつは転生トラックに轢かれて死ねばいいんですよ。『STAND BY ME』は「小説家になろう」に投稿されたのび太の妄想なんだ。

藤田、批評家ウケの悪い山崎貴を擁護する!


飯田 いやあ、こんなに山崎監督を誉めている評論家を僕は初めて見ましたね。だいたい名のある映画評論家はみんな全力でディスりますからね。

藤田 けなされすぎなんですよ!w 山崎貴監督は毀誉褒貶があるけど、日本のSF映画、CGを用いた映画を今託せる最も才能のある監督の一人として、期待すべき存在なのはたしかです。テーマと技術との関係のねじれもまた着目されるべきですし。

飯田 山崎監督が映画評論家を死ぬほどイラつかせる部分と、世の中にめっちゃ訴求している部分は、同じところだと思う。東京で見るとダサいと感じるけど、地方の映画館や実家に帰ったときにTVで見ると「ちょうどいい感じ」に思える、あの謎のさじ加減のしあがりとか。そういう意味では、僕も大変気になる作家ではあります。