放送開始から20周年を迎えたアニメ「エヴァンゲリオン」シリーズについて、ライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんが語り合います。テレビ版を観直してよみがえる1995年当時の記憶や黒歴史の数々……。

新作公開に備えて、TV版を観ていたころを思い出そう!


藤田 2015年冬あたりに『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が公開されるというウワサがあるなか、ニコ動の「日本アニメ(ーター)見本市」で、短編「until You come to me.」が突然公開され、先日TVでも放映され、新作とつながっているのではないかと話題になっています。
 そしてBlu-ray BOXとDVD-BOXも新しく発売されることになりました。注目すべきはDVDで、当時のTV放送バージョンから修正していないものを初めてパッケージ化。色味も作画も直さない、フィルムの傷などもそのまま、「提供」とかも入れ、当時の熱気を再現しているようです(詳しくは、こちらのインタビューを参照ください)。こういうやり方は、とても珍しい。

飯田 思い出語りをしていくと、僕、地元が青森なので本放映のときはやってなくて、ケーブルテレビに入るか北海道放送が映る友達が撮ってたやつを見せてもらうかしかなかった。自分で買って持ってたのはVHS版。TV版は友達の家で観た。いろんな友達の家で、何回も。ちなみに僕は82年生まれなので、いわゆる「14歳でエヴァンゲリオン」。

藤田 ぼくも、14歳でエヴァンゲリオン組ですね。当時は、再放送を録画したビデオテープを、友達同士で回して見ていた覚えがあります。『エヴァ』は放送後に多くのバージョンが作られていて、ある時期に『シト新生』の素材をTVシリーズに組み込んだDVDが出たんですが、ぼくは許せなかったw アスカが精神汚染される回とか、綾波がクローンだと判明する回とか、直しすぎてリズムが違ってきているし。劇場版の完結編のために辻褄合わせのための伏線入れて来るし、絵柄が全然違うものが編集でつながっていて不自然だしで、不満を持っていました。
 このバージョンでは、TV版の作画崩壊したり、素材使いまわしたり、その「マジでヤバい」感からの25話、26話の紙芝居状態に突入する衝撃が、なかなか伝わらない。その不満があったので、TV当時の再現は、嬉しい。若い人たちに、それが伝わらないのが、なかなか悔しかったので。

飯田 VHS版からして、零号機がロンギヌスの槍ぶんなげるところとかで「あれ〜っ? TV版と違うな」みたいなのがあった。

藤田 『エヴァ』は放映開始が1995年で、20年経っていますが、あれほどの衝撃を受けるアニメには、なかなか出会えていません。今の若い子は、『ラブライブ!』とか、『けいおん!』などを、「思い出」の作品にするのかもしれませんが、やはりちょっと作品の質が違う感じはしますね。

飯田 出会うタイミングもあると思う。『エヴァ』も見返したら、当時ほど感情移入できなかったw

藤田 『ラブライブ!』も『けいおん!』ももちろんいい作品で、完成度が高いと思います。でも、『エヴァ』は、完成度とかそういうレベルを超えた突き抜け方、変な感じがあった。それは、作品の性質の差としてあることは確かです。

TV版を観直すとわかること、今だから見えること


飯田 回顧ってずっと好きじゃなかったんだけど、記憶があるぶん、ゆたかな鑑賞体験ができることもあるんだなと最近やっと思えてきて。今までは新劇場版やってるあいだもTVシリーズは気恥ずかしくて見返せなかったんだけど、今年、Huluですごい久々に観たんですよ。

藤田 観返してみて、いかがでした? 当時は、見ているぼくらの年齢と、作中のパイロットの年齢がほぼ同じでしたから感情移入していたんですが、年をとってから観返すと、ゲンドウの組織運営の大変さとか、ミサトのマネージメントの大変さとかがわかってきましたよw

飯田 新劇場版の序・破・Qの『Q』で、『破』までと打って変わって鬱展開してシンジが迷走するのを観て公開当時は「ハァ?」と思ったんですよ。でもTV版を観直したら、最初は重たい始まりをし、中盤では気持ち良くエンタメをやり、後半、急展開して鬱展開と自意識全開になる。『Q』までの流れはそれをなぞっていたのが、やっとわかった。

藤田 ぼくもTV版を見直してわかったのは、16話が折り返し地点なんですよ。闇の中にシンジくんが閉じ込められて、精神世界が展開する回です。22話で反復し、25話、26話で三度目の精神世界への自閉が起きる。14話、15話は、前半のまとめみたいな内容なので、実質的に、前半と後半がくっきり分かれるように、構造的に計算された上で、25話と26話への展開になっているんですよ。前半はラブコメ的な展開をやって、後半はキャラクターをもぶち壊していく。
 前半で「マグマダイバー」や「瞬間、心、重ねて」などでイチャイチャしていたアスカが、精神崩壊するなんて、ファンは唖然とするでしょうw 綾波に至っては、クローンで、憎いから壊す、みたいな描写があるし、あれってキャラクタービジネス批判みたいなものですよね。

飯田 昔はただ夢中になって観ていたけど、演出とか画面づくりがうめええええ、と思った。当時出まくっていた謎本は、謎解きと用語解説と自意識部分に集中していた気がするけど、娯楽としてのすごさを取り上げるべきだった……いや、当時も書いていたのかもしれないが、そういうことの分析はまったく記憶にないw

藤田 演出や画面作り、うまいですよねぇ……脚本やしかけも、ものすごく緻密ですよ。

飯田 もちろん、謎本的にというか批評的に観ても、ロボットアクションをやりながら「自分とは何か、人間とは何か」という19世紀文学(ドストエフスキーとか)みたいな大テーマを扱っている。と同時に、みんなの望んだものを提供してくれる人類補完計画って『ソラリス』だし、人間の進化云々ていうネタはかなり日本SF――というか小松左京してるし。当時は批評言語が自分の中になかったけど、それを持った状態で観るとほんと重層的につくられていて、改めてびびったw

藤田 今、ある程度、教養(?)も積んで、引用元が分かるようになると、あの当時「キャラにベタに感情移入して観るのはおかしくね?」と言っていた人の気持ちもわかりますよね。「コラージュでしょ?」みたいな冷めた楽しみ方も、わかる。けど、両方の魅力があったことが、奇跡的だったのだと思う。

飯田 『エヴァ』はシリアスからコミカルまで振れ幅がものすごいし、批評的にもキャラ的にも魅力的だったのがすごかった。僕、中学生のときは部屋に『セーラームーン』のポスターと初号機が覚醒して咆哮してるポスター貼ってたんですよ。で、本棚は『スレイヤーズ!』とか『セイバーマリオネットJ』みたいな90年代ラノベと並んで『人間失格』とか『罪と罰』とかあるし。親からしたら意味がわからなかったと思うw でも人間、文学も読めばアニメも観るんですよ。あたりまえじゃないですか(ドン!) エヴァはどっちからどう観てもいけた。

元ネタ探しの楽しさと深読みのむなしさを教えてくれたのもエヴァだった


飯田 それから、Huluで見返して思ったのは、『エヴァ』って本放映時にちゃんと終わらなかったから何回でも作り直せるし、作り手側も考えたくなっちゃうんだろうと。

藤田 似たことは、先日、テレビで初放送された話題の短編「until You come to me.」「evangelion:Another Impact(Confidential)」を見て思いました。前者は、水彩画っぽくて、和風な画面作り。後者は、CGで、メカメカしいし、手ブレカメラを模している。「エヴァの違う語り方が無数にある」ことを、あえて見せてきている感じがします。……しかし、それも、TVシリーズの26話でやってるんですよね。パンを咥えた綾波とぶつかるラブコメ的なエヴァの可能性もあった、といきなり言い出すところで。

飯田 「公式が二次」みたいなところがあったからね、エヴァは。二次創作的という意味でもそうだし、綾波はユイのクローンだし、シンジは綾波の「予備」として呼ばれるし、主人公たち自体が二次的なもの。

藤田 ですね。『エヴァ』という作品自体が、『ヤマト』や『ウルトラマン』や『ガンダム』や『AKIRA』などの、意識的な「二次創作」「クローン」としての側面があることは自覚されていたと思います。ロボットとしてのエヴァ(これも、使徒のクローンと思しい存在です)の暴走と、作品の暴走が同期できるように、重層的に仕組んであるんです。というか、暴走そのものが面白みになる下地をちゃんと作っている。
 新劇場版の第四作目は、平行世界的な展開をしているエヴァという作品そのものを料理するつもりなのではないか、と、「until You come to me.」を見て勝手に想像・期待しています。この短編の中で、アスカが描かれるときに、旧テレビシリーズと、旧劇場版と、新劇場版とが重なってフラッシュバック的に描かれるんですよ。それを根拠に、そういう期待を勝手にしているのですが。

飯田 「深読みするのは楽しいが、答えを求めるだけムダである」と教えてくれたのもエヴァだったけどねw

藤田 『死海文章』とか、当時調べましたね……本当に、ムダでしたw

飯田 ロンギヌスの槍がなんなのかわかっても「ふーん」なんだよ、基本。アーサー王伝説というか聖杯探求譚では、願いを叶えてくれる聖杯とロンギヌスの槍はセットで出てくることが多くて、聖杯は童貞じゃないと受け付けないからシンジはOKだけどゲンドウは拒否られる(NERV本部の底にいるあれが聖杯とすれば)ってそういうこと? みたいなお遊び的な解釈はいくらでもできるんだけど、したからといって「で?」って話で。

藤田 「聖杯」は、アーサー王伝説を知っている人なら、探しても探してもみつからないものの象徴なんですよね。だから、元ネタを知っている人なら出てきた瞬間に「わかれよ」ってなるんだけど、ぼくらはわからないから、探求して、「わからないようにわざと作ってあるんじゃん」という結論を知るハメになるw
 『たけしの挑戦状』みたいな作品で、さんざん骨を折って、考えて、最終的には、「こんなアニメにマジになっちゃってどうするの」おわり、みたいな話ですから。でも、そのしかけに、魅了されたんだなぁ。

「現実に帰れ」という庵野秀明の説教を真に受けてしまったころ


藤田 もう一個、現行DVDの大きな不満は――これはTV版じゃなくて97年夏の劇場版の話ですが――「まごころを君に」の後に、スタッフロール入れてくるバージョンですよ。あれは、バカかと。劇場で観たときには、クレジットは、25話と26話の間に、らせん状に出てきて、「終劇」のあとに、プツッと切れて、カーテンが閉まって、追い出される感じだった。作品から突き放された。それが、作中の「羊水の中に帰る」かのような欲望を諦めたシンジと重なって、「現実に帰れ!」という衝撃を与えたのに、音楽流してクレジット入れて余韻作ったら台無しだろ! と、見る度に思っていました。

飯田 あー、あれね。劇場のカーテンがすっごい高速で閉まるの、衝撃だったよねw

藤田 あの「拒絶された」感はすごかったですよ。劇場だからこそできたことですよね。まだ上映中なのにカーテン閉まって来ませんでした?

飯田 アスカが「気持ち悪い」って言ってからでしょ? シャーッ! って。

藤田 ぼくの観たところでは、言う手前ぐらいから、閉まってきていました。そういう指示が劇場に出されていたとも、当時噂されていました。
 ぼくは『エヴァ』劇場版の「現実に帰れ」っていう庵野の説教を真に受けて、しばらくアニメもマンガもゲームも断っていた時期があったんですよ。『ラブ&ポップ』や『式日』(これ、東京都写真美術館まで観に行きましたよ)といった実写映画の影響を受けて、実写の映画作りをするようになっていきました。そうしたら、庵野監督が『キューティー・ハニー』とか撮りだしたので「おいおい」とw

飯田 僕も高2の冬から大学2年くらいまでアニメあんま観てない時期があった。戻ってきたきっかけが河森正治監督のニューエイジアニメ『地球少女アルジュナ』だったという……w

藤田 僕は「実写で頭の中にあるようなSF作るの、絶対無理だわ」と挫折し、虚構に戻ってきました。戻ってきたきっかけは『メタルギアソリッド2』。「こんなすげえものがあるのに、無視していたらいかんぞ!」って思って、一生懸命、ゲームを「勉強」した。

思春期の燃やしたい記憶と切り離せない『エヴァンゲリオン』よ……


飯田 『エヴァ』との付き合いは、めんどくさい女に引っかかっちゃったみたいなもんですよ。さんざんふりまわされて「じゃ」「え?」みたいな。まあでも、好きだからめんどくせえなと思いながらも追いかけてしまうという……。

藤田 その比喩、まさにw しかし、色々な文学者や哲学者が、恋愛は、付き合うよりも、その前の読み合いや振り回されているところが一番美味しいのだ、と言っていますからねw そういう意味では、楽しい経験をさせてくれる作品でしたよ。そして、今でも、充分面白がらせてもらえて、うれしい。

飯田 思春期に好きだった異性にいま会っちゃうような「うわー……」っていう感じがある、『エヴァ』を見返すと。

藤田 wwww

飯田 僕、小中高校の同窓会って一回も出てないし、社会人になってから大学までの知り合いとほとんど連絡とってないし、実家にもほぼ帰らないから、リアルでそういう体験はないんだけどさ。

藤田 ぼくは中高が男子校なので、そういう経験がそもそも起きないw あー、でも昔好きだった人を、FBで見ちゃったときみたいな感じかな。幸いにも「うわー」とはならないで済んでいますが、ぼくの場合は。

飯田 僕はリアルの恋愛もエヴァと絡んでるからね。高校1年の春に青森市産業会館であった同人誌即売会が人生初の即売会体験なんですよ。僕は図書委員だったんですが、図書委員の先輩が漫研の部長もやっててブース出してたから行って。そしたら漫研の別の女の先輩が綾波のコスプレをしててw コスプレしてる人をリアルで見たのも人生初だったけど、まさか同じ高校に通ってるひとがふだんと別の制服着て眼帯してるとはwwwっていう。ちなみにその先輩、下の名前「かおる」だからね。カヲルコスしろよ! とは言わなかったけど。衝撃すぎて、しばらく片思いをしていた。

藤田 いい話が出てきたw で、どうなりました?

飯田 どうにもならないよ! コクる根性すらなかったよ、当時は。その先輩が卒業したあと、今度は後輩の女の子を好きになるんだけど、そいつは「アニメとか観るひと気持ち悪い」タイプだったので粛々と脱オタしましたね。これが「現実に帰れ」ってことか、と……。

藤田 「気持ち悪い」に屈したわけですなwww

飯田 そうだよ! しかしその後輩の女の子は別の男と付き合うわけです(しかも共通の知り合いと)。学校に初号機のキーホルダーつけたバッグで登校してたころより、好きな女ができたくらいで脱オタしていたことのほうが今となってはよほど恥ずかしい。穴があったらエントリープラグごと入りたい。……もうエヴァ関係ないな、この話。

藤田 エヴァ語りが甘酸っぱい青春の思い出語りになるとは思っていませんでしたw

飯田 TV放映時そのままのDVD-BOXを観たら、なおさらあのころ経験したもろもろをディティールまではっきりと思い出しちゃうと思う。そうやって、みんなの黒歴史の封印を解いてしまうパンドラの箱ですよ! 開けてはいけない扉なんですよ、TV放映版は!