時代を思わせるデニム素材の洋服、稽古を経て少しかすれた声……。KAT-TUN亀梨和也主演の音楽劇『青い種子は太陽のなかにある』を鑑賞した。

    ジャニーズを離れ、ひとりで挑む蜷川演出

8月10日から東京・渋谷のBunkamuraオーチャードホールにて上演されており、今月30日には東京公演の千秋楽を迎える(9月からは大阪公演)。

『青い種子は太陽のなかにある』は、劇作家・寺山修司の戯曲で、演出は蜷川幸雄、音楽は松任谷正隆が手がけている。共演は来春のNHK朝ドラ『とと姉ちゃん』のヒロインが決定している高畑充希、マルシア、戸川昌子。俳優陣も六平直政やつまみ枝豆と実力派が勢揃いした。

ジャニーズの舞台といえば、帝国劇場や青山劇場がメインだ。通い慣れたファンもそうだが亀梨自身にとっても、ジャニーズJr.時代から慣れ親しみ座長をつとめた帝国劇場を離れ、渋谷のオーチャードホールで、ジャニーズ以外の俳優に囲まれ舞台に立つのは初のこと。そして蜷川幸雄が演出する舞台にも初出演となる。

    高度経済成長期に生きるスラム街の人々

幕が開いてまず目に飛び込んできたのは勾配。ステージの前方から後方にかけて大きな勾配が作られている。観客にとっては大変見やすいセットだが、ここに立ち、声をはる演者のことを思うと、体への負担は相当なものだろう。

そこには昭和38年のスラム街が広がっていた。ホームレスに娼婦、ゲイ、乳房があらわになった女力士、野良犬もいた。様々な人で溢れる雑多なスラム街に、嫌悪感を抱く青年・賢治を演じるのが亀梨。その賢治に思いを寄せるヒロイン・弓子役が高畑充希だ。

スラム街で出会った2人。工員の賢治が朝から働くのに対して、弓子は深夜にレストハウスでウェイトレスをしている。2人が逢えるのは日没までのわずかな時間……。それでも少しずつ愛を育んでいった。

市役所の計画で、スラムの人たちを住まわせるためのアパート建設が着々と進み、それなりに平和を保っていたスラムの街が変化しようとしていた。しかし、賢治がある事件を目撃してしまったことをきっかけに、2人の関係はおろか賢治自身にも変化が生じていく……。

劇中の音楽を担当するのは松任谷正隆。耳馴染みの良いメロディーに、亀梨特有の甘い歌声が重なって会場に響いた。コンサートでバラードを聞いているような、アイドル亀梨和也を少しだけ感じた瞬間だった。

    特有の色気を抑え蜷川エッセンスを吸収

ファンならではのことかもしれないが、どうしてもヒロインには厳しい目で見てしまうものだ。しかし今回は、高畑充希の演技力には圧倒されっぱなしだった。“実力派若手女優”と称されるだけに、発声も良く、どのシーンでもセリフがしっかりと聞き取れた。表現力のある演技、そして瑞々しい伸びやかな声で歌い上げる。演技に歌にと、華奢な体からは想像がつかないパワフルな演技が光っていた。

それに負けじと亀梨も、渾身の演技をぶつける。カッコ良さを封印、無意識のうちに出てしまう色気すらも閉じ込めようとして演技に打ち込む。それはスラムの街で様々な事情を抱え、葛藤しながら生きる1人の青年・賢治だった。ストーリーに、ひとつひとつのセリフに、その声に、全てに感情を込めているのが分かった。

舞台は、2回の休憩をはさんで約3時間半という長丁場だったが、幕が下りた瞬間から会場いっぱいに力強い拍手にスタンディングオべーション。涙を流しながら拍手を送っているファンの姿を何人も見た。

舞台を通して亀梨の演技に変化があったかといえば、正直、“劇的”というまでではなかった。ただ、蜷川エッセンスをふんだんに吸収した演技を目の当たりにし、きっと、今後「『青い種子は太陽のなかにある』がターニングポイントだった」と思える日が来ると確信した。

(柚月裕実)