「パワーユニットとして、フェラーリを上回る」

 マクラーレン・ホンダの目標は、夏休み明けのベルギーGPで達成されることはなかった。それどころか、逆に大きく順位を下げることになってしまった。その原因は、どこにあったのだろうか?

 ホンダはかねてから、残る7トークン(※)を利用した特例開発によって、パワーユニットの根本的な改良と出力向上を念頭に研究開発を進めてきた。ハンガリーGPの時点ではルノーを10馬力上回るパワーを発揮していたが、さらに上位へと駒を進めるためには、より大きなパワーが不可欠だったからだ。

※パワーユニットの信頼性に問題があった場合、FIAに認められれば改良が許されるが、性能が向上するような改良・開発は認められていない。ただし、「トークン」と呼ばれるポイント制による特例開発だけが認められている。各メーカーは与えられた「トークン」の範囲内で開発箇所を選ぶことができる。

 7トークンを使ってフェラーリのパワーユニットを上回る出力を実現するために、栃木のHRD Sakuraでは様々な開発が進められ、最も大きな出力向上が見込めるトークンの使い方を模索してきた。しかし、ハンガリーGP後のサマーブレイクを迎えた時点で、7トークンすべてをベルギーGPに投入することは見送らねばならないことが決定され、後半戦の幕開けから大きな前進を果たすことは断念せざるを得なくなった。

 スパ・フランコルシャンに姿を見せた新井康久・F1総責任者の表情は冴えず、ファンの期待に応えられない厳しい週末を迎えることになるだろうという見通しをにじませた。

「今回の開発は出力を上げるために、主に燃焼コンセプトを変えるということで、それに関与する部分をちょこちょこと変えた程度でしかなく、まだそれほど大きなものではありません。燃焼室というのはエンジンヘッドとブロックとピストン、すべてがセットになってしまいますから、ひとつ変えるだけで確認項目があまりに多くて時間がすごくかかるんです。全部できていれば7トークンすべてを入れたかったですけど、確認できていないものもあるので、ここで3トークン使うということにしました。フェラーリを上回るという報道もありましたが、今回はそこまで期待はできません。後半戦でもうひと踏ん張り、もうひと山を考えています」

 小雨がパラつき始めたスパ・フランコルシャンの名物コーナー「オー・ルージュ」を歩きながら、新井代表はそう語った。

 超低速1コーナーから下り、高低差70mを一気に駆け上がる壁のようなコーナー。さらにその先には1km以上のロングストレートが待ち受け、1コーナーから2015mにもわたってスロットル全開区間が続く。長い直線を走る間、パワーユニットはブレーキからもターボからも発電ができず、バッテリーからは120kW(約160馬力)のハイブリッドアシストを加えるためにどんどん電気エネルギーが消費されていく。

 最終セクターも同様に全開が続くため、1周7kmのどこかではアシスト量を減らすか、ターボ過給を犠牲にしてMGU-H(※)の発電に回さなければならない。スロットル全開率が70%近くにもなるこのサーキットでは、そういったエネルギーマネージメントが重要になる。このパワーユニットでまだ10戦しか実戦経験のないホンダにとっては、それも気がかりな点のひとつだった。

※MGU-H=Motor Generator Unit-Heat/排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。

 そんななか、ホンダは3トークンを使ってアップデートを施した新しいパワーユニットを金曜から走らせ、土曜にも新たにもう1基を投入した。新井総責任者は、「データに不安なところが見られたため」とその理由を語ったが、グリッド降格ペナルティをいくつ受けたとしても最大でも最後尾グリッドからのスタートとする、というルール変更を逆手にとったものであることは明らかだった。

 しかし、予選を終えてマクラーレン・ホンダの2台は17位・18位。後ろにはマノー勢しかおらず、トップから16位まで1秒以内にひしめく接戦のなか、マクラーレン・ホンダだけは2秒以上の後れを取った。

 高速サーキットであるスパ・フランコルシャンでは、10馬力がラップタイムにして0.2秒に値すると言われる。今回から本家フェラーリと同スペックのICE(内燃機関エンジン)を投入したザウバーは、20馬力の向上で0.4秒を稼いだと言われている。ホンダも「マーク3」と呼ばれるこの新スペックのパワーユニットで、確かに出力向上を果たしている。しかし、それがラップタイムに結びつけられなければ意味がない。

「研究所のダイナモ上で出ていた数値がコース上でもきちんと出ているのは、トルクセンサーからの数値で確認できました。でも、クルマを速く走らせるためにそれを効率的に使えているかというと、そうではなかった」

 金曜フリー走行は基本的な確認作業に追われ、マシンからピットへとデータを送信するテレメトリーが断続的に不通となる問題にも見舞われた。唯一のセットアップ作業のチャンスであった土曜午前のフリー走行では、フェルナンド・アロンソ車の排気管にトラブルが起きて、1周しか走ることができなかった。そして、土曜までのデータを分析してできるだけの対策を施して臨んだ決勝でも、マノーとマクラーレン・ホンダだけが周回遅れにされて、13位・14位でレースを終えた。

 新井総責任者は、「Q1の結果を見て予想していたとはいえ、厳しいレースでした......」とガックリと肩を落とした。それでも、今回投入した燃焼室周りのアップデートが失敗だったと断罪すべきではない。

「出力はあの人たち(ルノー)よりは確実に出ています。『アップデートした割に出力が出ていない』とか(記事に)書かれていますが、そんなことはないんです。出力は出ているけど、それをラップタイムにつなげられていなくて、クルマを速く走らせるための出力になっていないというのが現状です。速いか遅いかの勝負だけという意味では、ファンの人たちをガッカリさせているのも事実ですが、それ(今レースの低迷)は今回アップデートした燃焼コンセプトとは別の問題なんです」

 次のイタリアGPの舞台となるモンツァは、世界屈指の高速サーキット。スパ・フランコルシャン以上に高い全開率が求められるだけに、苦戦が予想される。新井総責任者はパワーユニット本体に限らず、エネルギーマネージメントや車体セットアップも含めたマシン全体としての戦闘力は期待できないだろうと示唆した。

「モンツァはここ以上に全開率が高いパワーサーキットですし、過度な期待はしないほうがよいと思います。エンジン出力だけでラップタイムが決まるものでもありませんから、今日の状態を見るとかなり厳しいのではないかと覚悟しています」

 9月の日本GPまで、あと2戦しかない。願わくは、シンガポールGPまでにトークンを使い切った開発を投入してペナルティを消化し、鈴鹿では最終スペックで心置きなく戦ってもらいたい。

「残されたトークンをどう使うかについては、イタリアGPくらいまでに判断しないといけないと思っていますが、鈴鹿に向けての秘策はまだ考えている途中です。基本的にはICEの改良でエンジンパワーを上げて、より競争力の高いパワーユニットにしていきたいと思っています。鈴鹿に向けて、『ホンダが帰ってくる!』と明るい話題を提供したいところですけど、現段階ではまだ何も言えません」

 8月下旬のヨーロッパには、もう涼しい風が吹き始めている。ホンダの厳しい夏が終わり、へのタイムリミットが迫りつつある――。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki