ミュージカル映画というと、演者が喋っていたと思ったら急に音楽が始まって唄い出し、踊りながらどこかへ移動し始める、そんなイメージでしょうか。一方、プロレス、特にWWEでは、ライバル同士が罵り合うや、偉い人が試合を命じ、状況によってはその場で始まったりもします。
 正直、唄って踊らなくても、試合をしなくてもストーリーは進められるでしょう。言葉だけで解決するのが良い大人というものですし。

 しかし、ミュージカル映画で唄って踊らなくて話してるだけで何が面白いのか。プロレスで試合ではなく話だけで解決して何が面白いのか。要はそういった前提を観る側が受け入れる(あるいは引きずり込まれる)ことで、初めて楽しめるジャンルなのでしょう。

 以前、『ロッキー・ホラー・ショー』をお題にWWEとの共通性を語りましたが、今回はミュージカル映画の中でも、さらにWWEの観方と共通項が多い『リトルショップ・オブ・ホラーズ』(1986)。元は低予算映画の帝王コーマン御大のB級作品で、1982年にミュージカル化され、それをベースにリメイクしたのが本作。

 強欲な店主の花屋で働く冴えない主人公シーモアは、ある日、意志を持った不思議な植物を入手。好意を寄せる同僚のオードリーにちなんで「オードリーII」と名付けるが、店主の命令で花屋の広告塔として、本格的に育てることに。
 しかし、バラの刺で出血したシーモアの血を吸った「オードリーII」は、血を吸う度に巨大化。ついには言葉を喋り始め、シーモアに"人の生き血"の確保を強要し......。

 とまあ、文章だけだと確かにホラーです。けれども、人形操演者でもあるフランク・オズが監督とあって、精巧なマペット技術で造られた「オードリーII」は、キモいくせに妙な可愛さもある怪物。しかもやたら良い声でソウルフルに唄っちゃいます。危機的シーンやクライマックスでの大熱唱は、話のスジ的な緊張感を台無しにしつつも、強烈なインパクトを残します。
 プロレス的には、その歌唱力と異常に達者な喋りが、全盛期のロック様(ドウェイン・ジョンソン)のような風合。

 最初の犠牲者となるプレスリー風のマジキチ歯科医師オリンは、スティーヴ・マーティンが怪演したおかげでキャラ立ちし過ぎて悲壮感ゼロ。ツイストステップで治療座席の高さを変えるシーンなど、プロレスラーも含めてナルシス系キャラにとって、"無駄な所作"がいかに大切さかが良く分かります。
 マーティン繋がりで当時のSNLの人気メンバーがゲストで総出演していますが、主人公シーモアを演じたニック・モラニスが奇跡的な地味キャラで中和するのか、他のキャラクタの個性がケバケバしくも心地良いのも特徴。

 筆者的に好きなのが、時にはリードボーカル、時にはコーラスとして登場する黒人3人娘。唄いながらストーリーを説明したり幕間をつなぐ辺り、WWEに置き換えれば、耳に聞こえの良い話術で試合内容や展開を伝える実況アナ&解説者といった感じでしょう。
 ヒロイン・オードリーがやけにオッパイの谷間を強調した衣装なのも、WWEのディーバ(女性選手やマネージャ)的ですね。

 本作が楽しめればWWEも楽しめる(その逆も然り)、かもしれません。お気に入りのキャラを見つけてから観直すと、また味わい深くなりますよ!

(文/シングウヤスアキ)