天津・浜海新区のビジネス特区           (Photo:©Alt Invest Com)

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 8月12日、天津市沿海部の浜海新区で大規模な爆発事故が起きた。

 浜海新区は渤海湾に面した天津港を中心とした総面積2270平方キロの広大な開発区で、敷地面積は東京23区より大きい。今回の事故が起きたのは天津港に近い中心部で、東京でいえば東京湾から銀座・丸の内にかけての一帯になる。

 1週間たった現在でも事故の全容は明らかになっていないが、死者は約120人、行方不明者が約100人で、その多くが消火にあたった消防士だったようだ。彼らは火災現場に危険化学物質が貯蔵されていることを知らされておらず、放水が爆発を引き起こしてその犠牲になった。

 だが、ここでこんな疑問を持つひともいるのではないだろうか。

 天津は中国の直轄市のひとつで、域内人口は1500万人を超える。その新開発区の中心で大事故が起きたわりには、あまりに死傷者の数が少ないのではないか。

 私は『橘玲の中国私論』の取材で昨年5月、この浜海新区を訪れている。そこで、報道では伝わらない実態を紹介してみたい。

爆発現場は浜海新区。「天津」からは40キロ離れている

 天津市の中心部から浜海新区は40キロほど離れており、東京と横浜の位置関係だから、これを「天津」爆発というのは若干の語弊がある。実際、天津のひとたち浜海新区を「天津」とは思っていない。

 天津市と浜海新区は高架鉄道・津浜軽軌で結ばれている。今回、事故が起きたのはこの鉄道の終点にあたる東海路駅のすぐ近くで、その南側一帯がビジネス特区だ。

 天津新都心の開発は1986年、中央軍事委員会主席・小平がこの地を訪れ、「開発区大有希望(開発区には大いなる希望がある)」の書をしたためたことから始まった。このことからわかるように、天津経済技術開発区は小平が領導し、国家と共産党の威信をかけた一大事業だ。

 2002年、同市出身の温家宝が首相(国務院総理)に就任すると天津の開発は加速する。そして2006年、天津市は600億元(約1兆円)を投じ、「東洋のマンハッタン」を生み出すべくビジネス特区の建設に着手した。

 この「東洋のマンハッタン」は、今回の事故の2キロ圏内に収まっている。そこがどのようなところかは、写真を見てもらうのがいちばんだろう。

 ご覧のように、この一帯は建築途上の高層ビルが放棄されゴーストタウン(鬼城)と化している。国家の威信をかけたビジネス特区のプロジェクトは、わずか2棟が完成しただけで、2年間の建設ラッシュのあとにすべて止まってしまったのだ。

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