二転三転する総工費でもめた末、ついに建設計画が白紙になった新国立競技場。

ただ、東京五輪まで残り5年。早くデザインや工程を決めて工事に取りかからないと間に合わない可能性も…。

では、新国立競技場にはどんな建物がベストなのか? この問題に詳しい一級建築士、建築エコノミストの森山高至(たかし)氏に聞いた。

■「ザハ案は無理」と、みんなわかっていた

―安倍首相が「白紙撤回」宣言をする前日に、自民党若手議員の新国立競技場問題勉強会に呼ばれたそうですね。

森山 ええ。後藤田正純さんと河野太郎さんに呼ばれて、建築家の大野秀敏さんと一緒に行って話しました。最初は若手有志だけと聞いていたのですが、行ってみたら年配の議員も含めて約70人。予定の時間を30分もオーバーしました。それが安倍総理にも伝わったのかもしれません。

―2012年11月、新国立競技場の国際デザイン・コンクールが開催され、ザハ・ハディド案(ザハ案)が採用されました。それから1年後の13年10月頃から森山さんはブログなどでザハ案の実現が難しいことを警告してきましたね。

森山 そもそも、このコンペ自体が雑すぎたんですよね。通常のコンペであれば、建てることを前提にした「設計図+デザインパース(立体的な完成予想図)+仕様書」などを求めます。しかし、新国立競技場のコンペはデザイン重視で、それ以外の精度は応募者任せになっていた。最優秀賞のザハ案に限らず、「設計図は決まってから考えればいいや」みたいな案が結構ありました。

―コンペでザハ案が選ばれた時は、まだ20年の東京五輪開催は決定していませんでした。そのことが影響したんでしょうか。

森山 それもあると思います。ただ、当時の審査過程の議事録では、ザハ案に対して「想定する工期では無理」「かなりコストはかかる」という懸念が示されていました。ところが最終的には建築家の安藤忠雄さんに一任され、彼がザハ案に決めた。

他の応募作を見ればわかるように、基本的にスタジアムは丸い。中心にフィールドがあって、周りに観客席があるから、どうしても円形のスタジアムになる。ところがザハ案は丸くない(笑)。背骨が入っていて動き出しそうです。このデザインのインパクトで決めたのでしょう。

先月16日、安藤さんは「(建設費が)なんでこんなに増えてるのかわからへん」とコメントしていましたが、ザハ案は選考段階から1300億円をオーバーするといわれていました。―やはり安藤さんの責任が大きいですか。

森山 安藤さんは「選んだだけ」と言っています。その言い分はわからないでもない。なぜなら、コンペの条件を詰めたのは有識者会議だからです。この会議は非公開の場で新国立競技場の施設要項を広さ29万m2(約9万坪)、高さ75mと決めた。しかし、ロンドン五輪のメインスタジアムは約11万m2ですから、明らかに設定した器が大きすぎる。

実は新国立競技場が建てられる神宮外苑は、これまで風致地区(都市の景観を維持するため、建築物の高さなどに一定の制限を設けた地区)として「15m以下」の高さ制限がありました。ところがザハ案を選んだために、競技場周辺の13haについては高さ制限が75m以下に緩和された。日本スポーツ振興センター(JSC)はこの規制緩和に乗じてJSC本部ビルを建て替えるという話もあります。

―安倍首相は「ゼロベースで見直す」と決めましたが、どの程度の「白紙」なんでしょう? コンペ案も捨てるのでしょうか。

森山 コンペ案から選ぼうと思っても、どれもすぐに実現できるものはありません。新たな案を作るでしょうね。

―コンペ案は実現できないものばかり?

森山 優秀賞を獲得したアラステル・レイ・リチャードソン氏の案はガラス球のようなデザインです。実現は不可能ではありませんが、天井のガラスを支える網目の骨組みが太くなればガラス球には見えなくなる。開閉式の屋根はパカッと割れて動くようですが、透明なガラスの上にレールを敷けるかどうかは不透明です。

―入選の妹島和世氏の案は?

森山 全体にフニャフニャと波を打った建物の形は、神宮外苑の地形に合わせるという点で画期的です。けれども、フワフワ部分の支えをどうするかが不明。屋根もグニャグニャなので開閉が難しいでしょう。建設費も2割増しで2千億円ぐらいかかりそうです。

すぐに建てられそうなのは伊東豊雄氏の案ぐらいですね。これは屋根が水平だし、横はビルの側面と同じようなガラスの壁面だから実現可能です。実際、コンペでも実現可能性ポイントでは1位でした。

―なぜザハ案を超えられなかったんでしょうか。

森山 誰の仕業かは不明ですが、一部の審査員に伊東さんを中傷する怪文書がまかれ、それで落とされたと聞いています。ザハ案を優先したのは高さ制限の緩和が狙いだったのかもしれません。

―最終選考に残った他の作品はどうでしょうか。

森山 ツヨシ タネ氏の案は案外お金がかかります。屋根部分に土を載せて木を植える形になりますからね。1mの土では木が生えないから、少なくとも2mは盛らないといけない。結構な重さになるので、支えるための構造が成立するかどうかわかりません。あと、これではフィールドの芝生が腐るでしょうね。

杉谷文彦氏の案がすごいのは、屋根が競技場の外から上ってくるジェットコースターみたいな構造になっているところ。ただ、現実的にできるかどうかはわかりません。使っていると壊れちゃいそうですね。

―こうやって見ていくと、ほとんどの案が1300億円の予算をオーバーしそうですね。

森山 施設要項で決定された29万m2(約9万坪)という広さが最大の要因です。物理的に大きすぎ。1300億円で作るとなると、建設費は坪単価150万円以内に収めなければなりません。今の29万m2のままだと大きすぎるので、ややこしいデザインにすればすぐに予算をオーバーする。ゼロベースで考えるにしても、コンパクトにしてから選ばないとダメですね。

現在建設中のガンバ大阪の新スタジアム(大阪・吹田市)は、坪単価80万円ほどですが、単純な形状にしてコストを抑えています。

(取材・文/畠山理仁)

画像出典:日本スポーツ振興センター ホームページ「新国立競技場 国際デザイン・コンクール」より

【URL: https://www.jpnsport.go.jp/newstadium/Portals/0/NNSJ/finalists.html】

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●建築家 森山高至(もりやま・たかし)

1965年生まれ、岡山県出身。一級建築士、建築エコノミスト。早稲田大学理工学部建築学科卒。建築設計のほか、地方のまちづくりや公共建築物のコンサルティングにも関わる。著書に『マンガ建築考 もしマンガ・アニメの建物を本当に建てたら』(技術評論社)など