『街への鍵 (Hayakawa pocket mystery books)』ルース・レンデル 早川書房

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 2014年11月にP・D・ジェイムズが亡くなり、あれあれ、と思っているうちにルース・レンデルが脳卒中で倒れたというニュースが伝わってきた。5月2日、永眠。享年85である。この2人は英国ミステリー界のツートップとして長年君臨してきた。その両巨頭が一気に鬼籍に入ってしまったわけで、さすがに淋しさを禁じえない。

 本国での評価とは裏腹に、日本の出版界での扱いは格段に差がついてしまった2人でもあった。P・D・ジェイムズはすべての長篇作品が翻訳されているのに、レンデルは2000年代以降に書いたものがまったく訳されていない。バーバラ・ヴァイン名義の作品も同様で、1980年代に角川文庫とハヤカワ・ミステリが争うように彼女を紹介し合っていたのが嘘のようである。レンデルにはノンシリーズのサスペンスとウェクスフォード警部を主人公としたシリーズという2本の柱があり、世評が高かったのは前者の方だった。バーバラ・ヴァイン名義作品は、前者にさらに文学的な仕掛けを施したようなものが多く、パトリシア・ハイスミスからの影響が指摘されている(この点については、いずれきちんと検証してみたいと思う)。私もウェクスフォードものはそれほど好きではなくて、酷薄で、人間不信の匂いがするノンシリーズ作品が好きだった。角川文庫はぜひ、復刊してもらえないだろうか。駄目なら他のレーベルでもいいのだけど。

 そのレンデルの新訳がまさかのお目見えとなった。訳者あとがきにも書かれているとおり、残念ながら2000年代ではなく1996年のノンシリーズ作品である。それでもレンデルの新刊が読める幸せよ。

『街への鍵』(ハヤカワ・ミステリ)は、どちらかと言えばバーバラ・ヴァイン作品のような雰囲気を持つ凝った作品だ。主人公のメアリ・ジェイゴは独身女性で、祖母の友人が優雅な外遊旅行に出たため、その邸に留守番として住み込んでいる。彼女は同棲していた恋人と別れたばかりなのだが、その理由はオリヴァーという通名の白血病患者のため、骨髄移植に応じたことだった。その手術によって完璧な裸体に瑕がついたと男が怒り、彼女に暴力を振るったのだ。

 この元恋人のアリステアという男がまったく鼻持ちのならない男で、どちらかといえば内気なメアリを言葉と暴力で支配しようとする。意のままにならないとわかると「君はわかってないからお仕置きをしなくては」と言い出す本物のDV野郎で、開巻すぐに読者をドン引きさせる。男性優位主義者がいかに愚かで醜いか、と思い知らされる本なのだ。そういう意味では、ドメスティック・バイオレンスについての理解が進んだ現在のほうが、1996年の原書発表当時よりも読者の共感を集めそうな気がする。

 メアリは自分が骨髄を提供したオリヴァーに関心を持ち、仲介機関を通して面会しようとする。実際に彼女の前に現れたのは、クソ男アリステアとは比較にならないほど優しい男性で、メアリは一気に彼に惹かれるようになってしまう。この三角関係が、物語を構成する1本目の柱だ。

 上流階級の邸に(留守番ながら)住んでいるメアリとは対照的な立場の人々が別の視点人物として登場する。家族を事故で失った悲しみから仕事や家をすべて捨て、路上生活者になったローマン、そして薬物中毒者で荒事で金を稼ぐのを得意とするホブである。さらに、路上生活者たちを人生の落伍者として軽蔑しつつ、自分を雇うような上流階級の人間をも同時に憎悪している老人のビーンが登場する。ビーンの仕事は飼犬の散歩代行で、彼がお屋敷町からローマンの仲間たちが生活の場とするような公園や街路を往復することで、さまざまな階級の人間が一幅の画布の上に描ける仕掛けになっているのだ。やがて、路上生活者が殺害され、柵の上のスパイクに串刺しにされるという残忍な連続殺人が起きる。その手口から「串刺し公」と呼ばれることになる殺人犯捜しが、物語のもう1本の柱になるのである。

 小説としてのもう1つの魅力は「虚栄心」だろう。作者の人物造形は皮肉に満ちており、ビーンによる「人生の落伍者批判」のようなわかりやすい差別から、ローマンの一見優雅な生活に隠された虚飾(なにしろ彼は財産を預けたまま、好きで路上生活を送っているのだ)といった具合に、内部に俗物根性や劣等感の裏返しから来る憎悪を抱えたまま生きている人間を活写していく。おもしろいのはメアリの勤務先の設定で、彼女は「アイリーン・アドラー博物館」に勤めているのだ。ご存じのとおり、シャーロック・ホームズ譚の「ボヘミアの醜聞」にのみ登場するキャラクターで、確かに魅力的ではあるが博物館を構成できるほどの収蔵品が世にあるわけがない。19世紀末から20世紀初頭にかけての文物をそれらしく展示してあるだけなので地元の人間には馬鹿にされているが、海外からの観光客には人気があるという設定である。来館者は見学のあと必ず「アイリーン・アドラーって誰だったの?」と聞くという。まあ、そうなるだろうね。つまり「虚栄心」だ。

 これがレンデルらしい皮肉さの表れかと思って読んでいると、意外なことにミステリーとしてのプロットにも深く関わってくるからおもしろい。人間の描き方はそっけなく、注意して読まないと意味を取り損ねてしまう個所もあるくらいだ。その点では読者を選ぶ可能性はあるが(登場人物表を本書につけなかったのは痛恨のミスだろう)、小説を読み慣れている人にはむしろこの歯応えのよさが受けるのではないだろうか。本書を読んではまってしまった人は、ぜひ古本屋や図書館で過去の作品にも挑戦してみてもらいたい。そして版元はいい加減絶版のレンデルを復刊してくださいよ、もう!

(杉江松恋)