◆8月特集 リオ五輪まで1年、メダル候補の現在地(5)

 来年のリオデジャネイロ五輪で、「女子初」「日本人初」「レスリング初」の大会4連覇を目指す吉田沙保里(53キロ級・ALSOK)と伊調馨(58キロ級・ALSOK)は、いまだ衰える気配をまったく見せず、その力は世界でもズバ抜けている。オリンピック史に燦然(さんぜん)と輝く大記録達成に向けて、死角はないと言っていいだろう。

 2013年2月、国際オリンピック委員会の理事会で中核25競技から除外され、オリンピック競技としての存続が危ぶまれた国際レスリング連盟(現・世界レスリング連合/略称UWW)は、選手委員会や女性委員会を新設し、より技が展開するようルールを変更。男女平等に近づけるため、女子のオリンピック実施階級を増やすなど、さまざまな改革を断行した。

 その一環として、ファンや関係者がトップ選手の動向により注目することを狙って、同年5月からは男子フリースタイル・グレコローマンスタイル、女子スタイルそれぞれの「世界ランキング」を発表するようになった。前出の吉田と伊調は、新旧階級で一度も世界1位の座を明け渡していない。

 アテネ大会から種目に採用された女子は、オリンピックではロンドン大会まで4階級(48キロ級・55キロ級・63キロ級・72キロ級)のみ実施されてきた。だが、リオデジャネイロ大会からは6階級(48キロ級・53キロ級・58キロ級・63キロ級・69キロ級・75キロ級)となる。今、各国は吉田・伊調との対戦を避け、他の4階級に戦力を集中して金メダルを獲得しようと懸命になっている。

 UWWが年に数回発表する世界ランキングは、オリンピック、世界選手権、大陸別選手権・競技大会、ワールドカップ(国別対抗団体戦)といった主な国際大会の成績によって決定する。将来的には、各大会でランキング1位と2位を別ブロックとするシード制を導入しようとの案もあり、ランキングの信頼性は高い。

 しかし、欧米の選手に対して、日本人選手の国際大会への出場数が少ないことは問題だ。吉田・伊調の強さは別格で、国際大会や大陸別選手権に出場せずともランキングが下がることはないが、他の日本人選手は前年の世界選手権優勝者であっても大会出場数が少なければ、その間に国際大会で勝ち続けた世界ランキング2位の選手に逆転される。

 48キロ級の登坂絵莉(とうさか・えり/至学館大)は、2013年9月に行なわれた世界選手権で初優勝を遂げた後、世界ランキング1位となった。だが、日本で開催された団体戦のワールドカップには出場したものの、翌年の世界選手権まで個人戦では国際大会に出場しなかった。すると、その間にパリ・グランプリ、クリッパン女子国際大会、欧州選手権、ドイツ・グランプリに出場し、国際大会で4連続優勝したロンドン五輪・銀メダリストのマリア・スタドニク(アゼルバイジャン)が登坂と入れ替わってランキング1位となった。

 それでも、地力に勝(まさ)る登坂は、2014年の世界選手権に出場して大会2連覇を達成。さらに2週間後、韓国・仁川で開催されたアジア競技大会でも優勝を飾り、ランキング1位に返り咲いた。その後は国際大会に出場せずとも、現在までずっと1位をキープしている。UWWの中では、登坂も吉田・伊調並みの扱いになったということかもしれない。

 今年9月にアメリカ・ラスベガスで開かれる世界選手権でも、よほどのことがないかぎり登坂が優勝を逃すことはないだろう。2016年のリオデジャネイロ五輪でも、金メダル候補ナンバー1であることは間違いない。国内でのライバルたち、宮原優(東洋大)や入江ゆき(自衛隊体育学校)との「世界で最も過酷な代表争い」を制せば、2020年・東京五輪での金メダルも夢ではない21歳の期待の星だ。

 ちなみに、国内予選で登坂に敗れ、世界選手権やアジア競技大会には出場できず、2番手、3番手としてワールドカップやアジア選手権などの国際大会に出場した宮原や入江も、それらの各大会で好成績を残している。48キロ級のランキングでは、宮原が4位、入江が19位に入っている。
 
 そして今、登坂とともに来年のリオデジャネイロ五輪、さらには5年後の東京五輪でも活躍が期待されているのが、69キロ級の土性沙羅(どしょう・さら/至学館大)だ。吉田沙保里の父、故・栄勝(えいかつ)氏が指導する三重県・一志(いちし)ジュニアレスリング教室で鍛えられ、重量級ながらタックルを武器とする。

 2014年の世界選手権では元世界チャンピオンを3人も破りながら、決勝戦・第1ピリオドで左足の甲を痛めて無念の準優勝。アジア選手権優勝によって入ったランキング4位から2位にアップしたものの、今年の春はケガが完治せず、国際大会出場はゼロ。ランキングは11位まで落としたが、国内では無敵の逸材だ。今年の世界選手権で完全復活を遂げれば、来年のリオ五輪で頂点を狙えるだろう。
 
 一方、今後どうなるかわからないのが、伊調と同じ58キロ級の世界ランキングで2位につける川井梨紗子(至学館大)だ。2014年のワールドッカップ東京大会はケガの伊調に代わって全試合に出場し、アメリカ、中国、ハンガリー、ロシアの強敵を相手に圧倒的な強さを見せつけて4戦全勝。その結果、58キロ級ランキングで9位から伊調に次ぐ2位へと躍進した。同年の世界選手権は国内予選で伊調に敗れて出場できなかったものの、その後も2位の座をキープしている。

 ところが、リオ五輪の第2次選考会を兼ねた今年6月の全日本選抜選手権大会では、伊調との対戦を避けて63キロ級に転向。そして全日本選抜を制し、世界選手権の日本代表に選ばれた。58キロ級のすぐ上の60キロ級がオリンピックの実施階級ではないため(世界選手権は五輪6階級に55キロ級と60キロ級を加えた8階級)、2階級上げて5キロ増の63キロ級を選び、オリンピックへの道をつないだが、果たして世界で通用するか。

 そして20年近く、「最重量級の女王」に君臨してきた浜口京子に代わり、リオ五輪で金メダル奪取に挑むのは鈴木博恵(クリナップ)だ。2014年、ゴールデングランプリ決勝大会で優勝を果たし、ランキング2位で世界選手権を迎えた。だが、結果は7位。その後、ランキングは12位まで下がったが、現在は6位に上げてきた。今回の世界選手権でメダルを獲得すれば、リオ五輪の代表にほぼ内定するが、果たしてそこまで手が届くかどうか。

 前回のロンドン五輪では4階級中3階級で金メダルを獲得した「女子レスリング王国・ニッポン」。6階級に増えたリオ五輪では「4階級制覇」を最低目標としているが、9月に行なわれる世界選手権でその現実度が浮き彫りになってくるだろう。世界選手権では上記6階級で5位までに入った国・地域に、リオ五輪の出場権が与えられる。はたして日本のレベルはどのあたりにあるのか、1ヶ月後の世界選手権で「日本レスリングの現在地」が明らかになる。

※UWW世界ランキングは2015年7月末時点

宮崎俊哉●取材・文 text by Miyazaki Toshiya