売れないという残酷。芸人が描く話題のドキュメントマンガ『芸人生活』

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芸歴20周年、誇れる賞歴はまだ無し。2013年の「キングオブコント」では準決勝まで進出したが敗退し、再び頂点を目指して修行中。
そんな芸人が自身の生活のことを描いた漫画が、今じわじわと売れている。この4月に彩図社から刊行された『芸人生活』がそれだ。作者の井上二郎は野田航裕とチャーミングというコンビを組んでいるコント芸人である。
本を読んで興味を持ち、井上に話を聞くべく新宿で待ち合わせた。時間通りに待ち合わせ場所のシアター・モリエール前に行った。以前に公演をやったことがある、思い出の場所を、とお願いしたらそこを指定されたのだ。
だが、それらしき人は周囲にいない。おかしいな、と思いながら周囲を見渡すと、向こうのほうからスーツ姿の真面目そうな人が。
……それが、井上二郎だった。

うわっ、気付かなくてごめんなさい。当たり前ですけど、漫画と同じ顔ですね。
まずはモリエール前で記念撮影である。



『芸人生活』は嫁に見せるために描いた


──売れない、と言ったらご本人を前に大変失礼なんですが、下積み芸人の現実を、悲観的になりすぎることなく描いたドキュメンタリー漫画として『芸人生活』を楽しく読みました。居酒屋で開いた結婚式とか、井上さんの私生活が結構公開されているのもおもしろかったです。
井上 これ、描いた順番と収録順が違ってるんですが、最初に描いたのは、今の相方の前に組んでいたヤマカワくんの話でした(第23話「解散」)。もともと嫁が「ヤマカワくんの話描いたら」と言ったところから『芸人生活』は始まったんです。彼女の「こういうの読みたい」とリクエストを受けて描いていた感じだったんですよ。そのうちに後輩芸人にも見せて、ネットにアップするようになって、徐々にみんな見てくれだしたという。
──noteで連載しておられましが、元はアメブロに発表していたんですよね。
井上 ペースも半年に1話ぐらいだったんですけど、同じ事務所のキャプテン渡辺さんに「この漫画おもしろいから仕事になるよ」と言っていただいて定期的にやりだしたんです。そうしたら、そのペースにしてから3ヶ月くらいで彩図社さんから話が来ました。
──作中には奥さんとの馴れ初めも描かれています。同じバイト先で井上さんがいじめられていたら、彼女が助けてくれたという。そんな優しい女性だけどパンクバンドもやっているというギャップがいいですね。
井上 実は嫁とのキスシーンも描いてたんですけど、嫁にばれてしまったんですね。本当は漫画に自分のことを描くのもNGだ、と言ってたんですけど、パンクバンドについても描いたからいいかとたかをくくっていたら、キスシーンがとにかく嫌だったみたいで大号泣されて「描きなおせ」って言われました。それで出版社に平謝りして、別のシーンに差し替えました。
──それって本にするどのタイミングですか。
井上 ゲラですね。ゲラで見られたという。見られなかったら出せてたんですけど。
──でも、刷ったあとに本屋に並んだあとに見られたら……。
井上 離婚だったかもしれないですね。危なかったです。パンクバンドだからなのか、恥ずかしいと感じるところが違うんです。キスシーンは不可なのに「立ちションは描いていいよ」とか。基準がよくわからないです(笑)。

人気芸人の予備軍現在4000人


──『芸人生活』は、コント芸人がどうやって演出・演技をしているか、という裏話も興味深い本です。そういう意味では、キングオブコントの2回戦で井上さんがあがってテンション最大のまま出てしまうという話がおもしろかったです(第26話「キングオブコント」)。本当は、低いテンションから始めて、だんだんお客さんを集中させていかなければいけないのに、正反対のことをやってしまうという。あれを絵で説明してもらったのが興味深かったですね。
井上 そうですね。その解説部分については、一応作家さんとか周りの芸人さんに確認しながらやるので、あまり間違えてはないと思います。その部分の品質は保証します(笑)。その話の最後のほうに見開きがあると思うんですけど、お世話になったお客さんをこのページに描いてるんです。
──ああ。モブにお顔を入れてるんですか。
井上 そこをプロの漫画家さんに「客席の顔を描き分けてるのは感心した」と褒められたんですよ。棚ボタというか(笑)。


──いろいろな後輩芸人との関係を明かしているのもおもしろいですね。
井上 「なんで僕ってこんなにすぐ人になめられるんだろう」と思うんですよ。後輩と喋っていても、2時間ぐらいでポロッとタメ口出されるんです。そういう人にバカにされる才能を持っているのかもしれません。
──いやいや、親しまれやすい人柄なんじゃないですか。後輩といえば、最終話(「引退」)に芸人を辞めて故郷に帰る後輩の話が出てきます。そういう挫折はいっぱい見てらっしゃると思うんですけど、ずっとみんなが一緒にいられて、全員が売れたらいいですけど、それは無理ですよね。
井上 やっぱりみなさん辞めますね。だから、辞めないのが一番の努力かもしれません。どんだけ辛くても、全然光がなくても、とりあえず続けておこう、どれだけ賞レースで1回戦で負けても、とはよく思います。みんな辞めちゃうんですよ。賞レース終わりに本当に10組ぐらいバッバッバッと解散したり、引退したり。
──そこで心が折れちゃうんですね。今、テレビには数十人というレギュラーの芸人枠があると思うんですけど、そこに含まれない、売れてない芸人ってどのくらいいると思われますか。
井上 R-1で3751人出ているので、少なくとも4000人弱ぐらいいると思います。
──キャリアで言うと、チャーミングは年数ではどのぐらいになるんですか。
井上 僕らは年齢ピラミッドでもけっこう上のほうにいっちゃいました。もう売れないとやばい。「40超えると鬱になる」とよく言われているので怖いです。

芸人の秘密のアルバイト


──芸人さんの下積み時代というと、結婚どころか、異性とおつきあいするのも難しいんじゃないか、というイメージがあります。井上さんは結婚していらっしゃるわけですが、周囲の人のそういう事情はどうなんですか。
井上 今は普通に働きながら芸人を続けている人が多いので、結婚は普通にする人が多いですよ。もう売れる年齢層もだんだん上がってきていますし、生活をしっかりとして、腰をすえてやったほうがいい。昔とは違う気がしますね、ちょっと。
──井上さんはどんなアルバイトをやられたんですか。
井上 僕はドン○ホーテで働いたあとにコールセンターです。日曜日は1000万売り上げるという店舗で、女子高生の上司にこきつかわれてました。ドン○は、時給がすぐ上がるんですよ。「モニター」といって、お客さんのふりして接客をテストするような人が来るんです。そこで僕は1回評価されて、「井上二郎」という紙が張り出されて。「接客が本当にすばらしい。店員の鏡。ただし、少しユーモアに欠ける」って書いてあって。本業のほうダメじゃねえか、と思ったことありました(笑)。


──ドン○では出世できそうだけど。
井上 そんな感じでドン○をやって、今はコールセンターです。クレーム処理なんですけど、若い人ってひどいクレームを受けたりして、心を病んですぐ辞めてしまうんです。
──一方的に聞いてなくちゃいけない仕事ですもんね。
井上 でも僕は、毎日相方に全人格を否定されているので、クレームなんて屁でもない。本当にクレーム処理が達人の域に達してきていて、今は管理者なんですよ。相方のおかげで時給がすごく高いという(笑)。コールセンターでは舞の海さんみたいに「謝罪のデパート」と言われています。
──なるほど、えーと、今日はそのお仕事帰りですか?
井上 違いますよ! 写真撮影があるというからスーツで来たんです!
──すみません(笑)。
井上 アルバイトといえば、うちの相方はけっこう芸人の寿命を延ばしているんです。一番芸人に合ったバイトは、水道メーター検針なんですよ。あれにみんなを誘ってるんですが、居心地がいいので、そこで生活の基盤を作って腰を据えて芸人をやっている人が多いです。うちの事務所でもたぶん4、50人やってるんですよ。水道メーター検針を(笑)。
──そうなんですか。
井上 他の事務所にもどんどんどんどん広がってて、そのトップがうちの相方なんです。だから40近くなっても続けてる人が多い。SMAは賞レースに強くて、ピン芸人とかでもけっこう残るんですよ。それはなんでかというと年齢層が異常に高いからなんです。
──なるほど。1人でも検針はできますしね。
井上 そうです。早くやると時給2000円ぐらいになるらしくて。オーディションも早めに終わらせていけばいいですし、夜は飲めるし。逆に仕事がある日は誰かとまとめて手伝ってすぐ終わらせたりとかもできるらしいので。もう今は本当に一大勢力になっています。芸人水道メーターが(笑)。
──もしかするとみなさんのうちも……。
井上 芸人が調べてるかもしれないですね。

『芸人生活』はチャーミングの武器になったか


──『芸人生活』を出していかがでしたか。営業面ではプラスになってますか。
井上 はい、プラスだと思います。疎遠だった作家さんが声かけてくれて、このあいだもニコ生とか出してもらって。PASSPO☆という、かわいくて人気のあるアイドルの次に井上二郎が普通にキャスティングされているという(笑)。そういう抜擢もしてくれたりして、それはありがたいですね。
──井上さんは、ネット上で『岡崎に捧ぐ』の山本さほさんと、ハリウッド寄席公式ブログからどうぞ。