■8月特集 リオ五輪まで1年、メダル候補の現在地(4)

 8月9日に閉幕した世界水泳選手権。メダル4個に終わった日本チームは、男女の明暗がくっきりと分かれた。

 4月の日本選手権で世界水泳の代表が決まった時点で勢いがあったのは男子だった。個人で派遣標準記録を突破して代表になったのは男子9名に対して女子は4名。代表権獲得種目も男子がのべ18種目だったのに対し、女子は6種目だった。

 しかし、世界水泳の結果は、女子金メダル2個、銀メダル1個に対して、男子は金1個と、女子が活躍した。その理由のひとつは、個人4種目でメダルを狙っていたエースの萩野公介(東洋大)の右肘の骨折による欠場だ。本来なら初日の400m自由形でのメダル獲得でチームを波に乗せるところだったが、その役割を果たす者はいなかった。

 その萩野の欠場に影響されたのが、瀬戸大也(JSS毛呂山)だった。直前の世界ランキングは200mバタフライが1位で、200m個人メドレーと400m個人メドレーは萩野に続く2位。自他ともに認める優勝候補だった。

「大会前は調子も上がってきている状態だった」と梅原孝之コーチは言う。8月4日の200mバタフライ予選では1分55秒60の3番残りで「まずまずのタイム」と話していた。ところが、午後の準決勝ではタイムを上げたが、トップのラザロ・シェー(ハンガリー)に1秒42差をつけられただけでなく、坂井聖人(早大)にも遅れを取る5位通過。一気に暗雲が垂れ込めてきた。

「予選と準決勝が終わってから、タイミングが全然合っていないと言われて......。それで手を少し延ばして前に乗るというのを意識して練習をして、ウォーミングアップの時はしっかりできていたんです」

 こう話す瀬戸だが、レースではそれを改善しきれなかった。5日午後の決勝では、最初の50mは準決勝より速く入ったが中盤から伸びず、最後は失速して6位という結果に終わった。

 その6レースあとに行なわれた200m個人メドレー準決勝では、その感覚のズレが大きく出てしまった。最初のバタフライでトップのライアン・ロクテ(アメリカ)に0秒97の差をつけられる5位の滑り出し。背泳ぎで7位まで落ちると得意な平泳ぎでも挽回できず、2分00秒05で全体の14位という結果になった。

「1分58秒くらいだと思って、タッチしてみたら2分0秒なのでびっくりしました。アップの時は体の調子とタイムが一致していて調子がいいんだろうなと思っても、レースでは波に乗れてないというか。大きな大会でこんなに崩れたのは初めて。出場できなかった萩野に、『公介の分まで頑張ってくるから』と言ってきたのに、それをできなかった自分自身に悔しい気持ちでいっぱいです」

 これまではライバルである萩野と"一緒に頑張る"という気持ちで、自分の泳ぎに集中できていた。だがその萩野がいなくなり"自分がやらなければ"と思った時に、心の中に雑念が生まれたのだろう。

 ただ、最終日の400m個人メドレーでは意地を見せた。バタフライはこれまでと違って余裕のある泳ぎ。2位に0秒51差をつけてトップに立つと、背泳ぎではテイラー・クラリー(アメリカ)に逆転されたが、平泳ぎで抜き返し、大差をつけてそのまま逃げ切り、2分08秒50で連覇を果たしたのだ。

「もう一回200mバタフライをやりたいくらいですね」と笑う瀬戸は、「梅原コーチと水のキャッチや呼吸、掻きのタイミングなど、細かい基本的なところを見直して建て直せたのは自信になります。前の2レースはやっぱり、優勝すれば五輪が内定するということをすごく意識していた部分もあったので集中できなかったのかなとも思います。400m個人メドレーでは、今大会でできるベストパフォーマンスを出すことと、単純に周りの選手に勝ちたいという思いだけでやった。金をもぎ取りにいく経験もできたので、これからにつながると思います」と言って明るく笑った。

 自力で金メダルをもぎ取った価値は大きいのは間違いないが、先の2種目でも結果を出して気持ちが乗っていれば、萩野の自己記録の2分7秒台にも迫ることができたはず。そう考えるともったいない気がしてならない。

 また、男子の他のメダル候補は脆さを見せた。世界ランキングは200mが1位、100mは2位でともに優勝を狙えるという自信と、チームを引っ張るという義務感を持っていた背泳ぎの入江陵介は、泳ぎを仕上げきれずに大会に臨んでしまった。

「それでも金メダルを獲らなくては」と揺れる気持ちに、追い打ちをかけたのが最初の100mだった。予選で入江自身のタイムはまずまずだったが、ミッチェル・ラーキン(オーストラリア)がいきなり52秒50の自己ベストを出してランキング1位に躍り出た。準決勝ではラーキンだけでなく、カミル・ラクール(フランス)とマット・グレバース(アメリカ)が入江のシーズンベストを上回る52秒70と52秒73を出し、4位での決勝進出となった。

 翌日の決勝は4位までが52秒台を出すなか、入江は得意の後半でも伸びきれず53秒10で6位。「泳ぎもまだハマッていないが、スタートから離されないようにしようと意識しすぎて力んでしまった部分もある」と振り返った。

 その心と泳ぎのズレは200mでも修正できなかった。予選、準決勝ともに1位通過で好調さを見せつけるラーキンに対し、入江は予選2位通過だったが準決勝は6位。決勝では自信を取り戻そうという決意を見せるような積極的な入りをして100mまでトップを保持したが、150mでラーキンにかわされると得意なはずのラスト50mで失速して4位にとどまった。

「去年のベストタイムを出していれば100mも200mも優勝できていた。それを考えると、自分が弱かったということにつきると思う」

 こう話す入江の自信の裏付けは、タイムという数字だったのだろう。だが五輪前年の世界選手権でレベルを上げてくるライバルの進化への対応までは十分に意識できなかった。そういう点では心の準備不足とも言える。

 そんな入江と同じように自信をライバルの進化にくじかれたのが、世界ランキング1位の平泳ぎ200mでは「世界記録を出して優勝」と口にしていた小関也朱篤(こせきやすひろ・ミキハウス)だった。最初の100mも大会前の世界ランキングは5位で「メダル争いに絡める」という思惑があったはず。

 予選では4月に57秒92の世界記録を出していたアダム・ピーティ(イギリス)が大会記録の58秒52で泳いだのを筆頭に、6人が小関のシーズンベストの59秒73を上回る結果に。そのため準決勝では前半の50mで21ストロークも掻く力んだ泳ぎになり、敗退した。

 指導する藤森善弘コーチは「やってきたことを思い出して、慌てずに自分の泳ぎをしなさいと話した。50mも本人は出るつもりはなかったが、200mのための50mだから28秒台前半でいい、といって泳がせた」と言う。

 その効果は6日の200m準決勝で出た。小関は前半から突っ込む自分のレースをして、150mでは2位を0秒98も引き離す。「最後は結構失速した」というが、2分08秒03の好記録で1位通過をした。

 このレースは彼自身が開き直っていた上に、他の選手を意識しなくてもいい1レーンだったという条件もあった。

 だが、決勝は4レーン。「準決勝と同じ感覚でいった」と本人は言うが、その泳ぎには硬さが見えた。最初の50mは準決勝より0秒31遅い28秒60で通過すると、準決勝ほどのリードは奪えず。それでも100mまでは先頭を守ったが、そこからはジワジワと追い上げられて150mでは4位に。結局5位に終わった。

 4月の日本選手権では今回のマルコ・コッホ(ドイツ)の優勝タイムに0秒01遅れるだけの2分07秒77を出しているだけに、その実力の高さは折り紙付きだが、大舞台では力んでしまう。「練習と同じように泳げば」というのは当たり前で、そういう場面で力んでしまう癖があるなら力んでしまうのを前提として、そこで何をどうすればいいのかという対策を考える必要性もあるだろう。

 平井伯昌(のりまさ)コーチは「大会中に建て直すのはすごく難しくてエネルギーも必要なこと。メンタルの部分が一番重要になるが、それは選手だけではなくコーチも一丸となってやらなければいけないものだと思う」と語った。大会中に泳ぎを修正するとしても、本当に些細な部分を指摘して選手に自信を持たせるくらいしかできない。

 だからこそリオ五輪のような大舞台で勝負するには、大会前の正確なライバルと自身の現状分析などを含む、あらゆることを想定した綿密な戦略が必要になってくる。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi