東口順昭(撮影:長瀬友哉/フォート・キシモト)

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東口順昭は4年前、日本代表チームの一員として出場した。だが、その試合では代表選手という名前は手に入れられなかった。2011年3月、「東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ」でのプレーだったからだ。相手がJリーグ選抜ということで、国際Aマッチとは数えられなかった。

それでもその年6月のキリンカップメンバーに選ばれ、東口は順調に世界との戦いに向けて歩み出したはずだった。ところが8月、右ひざ前十字靭帯を損傷し、全治8カ月の重傷を負う。必死のリハビリで翌年には復帰した。だが10月、右ひざ前十字靭帯再断裂ならびに内側側副靭帯損傷で、再び全治8カ月というケガに襲われる。度重なるケガのため東口は、すっかり代表から遠ざかった。

しかし東口はプレーを諦めなかった。2013年に移籍したG大阪で大車輪の活躍を見せると、2014年の三冠に貢献する。その働きが注目を集め、ついに2014年11月、代表メンバーに再び名を連ねることができたのだ。

ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が就任し、日本のGKに求めるものに「空中戦での存在感」と聞いて、東口は張り切った。「ハイボールが自分の長所」という自負を持っているからだ。今回の東アジアカップでも、相手チームが日本に対して長身FWとクロスボールで迫ってくるのを見て、東口は気を引き締めていた。

「パワープレーが起こりうるので、そこでハイボールが得意という自分の強さが活かせればいいし、そこが自分の生命線。試合に出たらそこをアピールしたいと思っています」

そして、ついに中国戦でデビューを飾る。ところが10分、いきなり失点を許してしまった。

「ここがスタートラインだと思ったし、そこで最高のアピールできればよかったのですが、結果は引き分けだし、先制もされたので……。フィードの正確性をアピールしたかったのですが、そこはできませんでした。でも、ここから上がっていければいいと思っています」

「あの失点を防げるようになりたいのと、やってみたことで具体的な修正点はわかったし、Jリーグに戻って取り組みたいと思います」

「代表のゴールは特別でした。ものすごいアウェイでしたし、こういう経験はなかなか無い。でも楽しかったし、またこの舞台でやりたいと思います」

監督からは試合前日に「野心を持って勝て」と言われたそうだ。残念ながら勝つことはできなかった。試合後、監督からは何と言われたのだろうか。

「おつかれ〜、みたいな(笑)」

やっと出場できたから笑い話になった。これまで溜めてきた涙が、これから昇華されていくことだろう。

【日本蹴球合同会社/森雅史】

▼ ヴァイッド・ハリルホジッチ監督

(撮影:長瀬友哉/フォート・キシモト)


▼ 東口順昭

(撮影:長瀬友哉/フォート・キシモト)


▼ 東口順昭

(撮影:長瀬友哉/フォート・キシモト)


▼ 中国戦の先発イレブン

(撮影:長瀬友哉/フォート・キシモト)


▼ 宇佐美貴史

(撮影:長瀬友哉/フォート・キシモト)


▼ 前半41分、同点ゴールを決めた武藤雄樹

(撮影:長瀬友哉/フォート・キシモト)


▼ 武藤雄樹、槙野智章

(撮影:長瀬友哉/フォート・キシモト)


▼ 米倉恒貴

(撮影:長瀬友哉/フォート・キシモト)


▼ 槙野智章

(撮影:長瀬友哉/フォート・キシモト)


▼ 槙野智章

(撮影:長瀬友哉/フォート・キシモト)


▼ 槙野智章、米倉恒貴、遠藤航

(撮影:長瀬友哉/フォート・キシモト)