『ポプラディア大図鑑WONDA 恐竜』。表紙カバーでもティラノサウルスは羽毛をもった姿で描かれている

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夏休みに入った子供たちを主なターゲットとして、現在、各地の博物館などでは恐竜や大昔の生物に関する展覧会が催されている(たとえば東京・上野の国立科学博物館ではNHKスペシャルと連動して「生命大躍進」展が開催中)。書店でも恐竜の図鑑など関連書が目立つ場所に平積みになっているのをよく見かける。

恐竜の図鑑と一口に言っても、監修者や制作サイドなどの主張や好みによって、そこに収載されたイラストや記述はけっこう異なる。たとえば、約7000万年前に地球上に君臨した「史上最強の肉食恐竜」とも呼ばれるティラノサウルス(正式な名前はティラノサウルス・レックス)について、ある観点から4種類の学習図鑑を比較してみたところ、次のように真っ二つに分かれた。

・『講談社の動く図鑑MOVE 恐竜』……生えていない
・『ポプラディア大図鑑WONDA 恐竜』……生えている
・『小学館の図鑑NEO 「新版」恐竜』……生えていない
・『学研の図鑑LIVE 恐竜』……生えている

いったい何が「生えていない」もしくは「生えている」のか? ピンと来た人もいるだろうが、答えは「ティラノサウルスの羽毛」である。

図鑑によってティラノサウルスの想像図が違うのはなぜ?


トカゲやワニと同じ爬虫類であるはずの恐竜になぜ羽毛が生えているのか? と思う人も、とくに年長世代には多いかもしれない。しかし、ここ20年ほどの発掘調査・研究によってある種の恐竜には羽毛が生えていたことがあきらかとなっている。

もっとも、ティラノサウルス自体に羽毛が生えていたのかどうかとなると、まだ見解が分かれる。先にあげたとおり図鑑によって違いがあるのはそのためだ。

ティラノサウルスに羽毛が生えていたという説はそもそも、2004年に中国で「ディロング」というティラノサウルスの先祖(約1億2800万年前に生息)にあたる恐竜のほぼ全身の骨格が発見されたことに端を発する。その体の一部に羽毛と思われる繊維状の構造が確認できたのだ。上記の図鑑のうち『ポプラディア大図鑑WONDA』(ポプラ社、2013年)ではこの発見を根拠に、カバーや本文に描かれたティラノサウルス自体の想像図にもその背中に羽毛が生やされている。

ただ、ディロングの全長は1.6メートルと、12メートルもの巨大な体を持つティラノサウルスとくらべるとはるかに小型である。小さな恐竜というのは、体の表面積も小さいので熱が逃げやすい。そこで羽毛は体温を保つために生えていたと考えられた。実際、ディロングと同じ地層からは、ほかにも羽毛恐竜の化石が発掘されているが、いずれも小型だった。

一方、ティラノサウルスほどの巨体な恐竜なら体温は保ちやすく、羽毛は必要なかったと考えるのが妥当だろう。とすれば、ディロングの発見を根拠にその子孫にあたるティラノサウルスも羽毛をもっていたと断じるのはやや気が早すぎる気もする。

しかし羽毛をもっていたのは小型恐竜だけという考えも、2012年に同じ地層から「ユティラヌス」という約1億2500万年前に生きていたティラノサウルスの仲間の化石が発見されたことで覆される。ユティラヌスは全長7〜9メートルという大型の恐竜ながら羽毛をもっていたことが確認されたのだ。『学研の図鑑LIVE 恐竜』(学研教育出版、2014年)では、この発見により最大種のティラノサウルスも羽毛をもっていた可能性が高まったと、イラストでも羽毛の生えた姿で描かれている。

さて、残る講談社と小学館の図鑑について。いずれの本でも見開き2ページと表紙カバーに大きく描かれたティラノサウルスには羽毛はない。

『講談社の動く図鑑MOVE 恐竜』の場合、発行が2011年と、ユティラヌスの発見前ということに留意したい。いま書店に並んでいる同図鑑の今年6月発行の16刷では、ユティラヌスの想像図が追加されてこそいるものの、見開きとカバーのティラノサウルスのイラストまでは差し替えられなかったのだろう。なお、本書と同じく小林快次監修により講談社から2013年に出版された『最新版 恐竜の世界Q&A』には、背中に羽毛をもったティラノサウルスのイラストが見られる。

一方、『小学館の図鑑NEO 「新版」恐竜』(2014年)で特筆すべきは、ティラノサウルスが大きく描かれた見開きの右端に「ティラノサウルスにも羽毛があった!?」というコラムが用意されていることだ。そこには、「ティラノサウルスの仲間で羽毛をもった種類は見つかっているものの、肝心のティラノサウルスの化石からは羽毛はまだ確認されていない」「一方でティラノサウルスのものと思われるウロコが発見されている」「このことから、もしティラノサウルスが羽毛をもっていたとするなら背中など体の一部に生えていたと考えられる」といったことが書かれ、背中に羽毛をもったティラノサウルスの想像図が小さく添えられている。

それにしても、このコラムの記述の慎重なこと。あくまで断定を避け、現在までの研究成果から言えることしか書かれていない。そもそも科学とはそういうものなのだから、当然といえば当然だろう。

恐竜研究のエポックは1996年


さて、学習図鑑でティラノサウルスがどう描かれているかについては、先ごろ文春新書から出た『ティラノサウルスはすごい』(小林快次監修・土屋健著)の第2章ですでにくわしく比較されている。

同じ章ではこのほか、「ドラえもん のび太の恐竜」(原作のマンガ、劇場版の新旧作を含む)や、この8月5日に新作が公開される映画「ジュラシック・パーク」シリーズなどフィクションにおけるティラノサウルスの描写についての言及もある。

本書ではとりあげられていないが、「のび太の恐竜」(1980年)を第1作とする劇場版ドラえもんでは、「のび太の竜の騎士」(1987年)という作品もあったのを思い出す。「のび太の竜の騎士」では、恐竜が絶滅せずに進化し続けた場合、高い知能を得た可能性があるという当時の学説から発想された“恐竜人”が登場した。原作者の藤子・F・不二雄は大の恐竜好きだっただけに、新しい学説は常にチェックしていたのだろう。

そのF先生が亡くなったのは1996年。まさにこの年、恐竜研究においてそれまでの常識を覆すような大きな発見があったことを知ったら、天国の先生はきっと悔しがるに違いない。

1996年に発見されたのは、「シノサウロプテリクス」という羽毛をもった白亜紀後期の中国に生息した肉食恐竜の化石だ。これ以降、同じく中国で前出のディロングやユティラヌスを含め羽毛恐竜の発見があいつぎ、それ以前から唱えられてきた「鳥の恐竜起源説」ががぜん説得力をもつようになった。

鳥は恐竜の仲間だった!?


冒頭に書いたとおり、ある世代以上には恐竜はトカゲやワニと同じ爬虫類だと思っている人が多いはずだ。それはそれで間違いではないのだが、羽毛恐竜の発見以後、一部の肉食恐竜にはむしろ鳥類と多くの共通点があることがわかり、いまや「鳥は恐竜の1グループ」との見方が主流となっている。

このあたりについて知りたい向きには、そのタイトルもずばり『そして恐竜は鳥になった』(誠文堂新光社、2013年)という本が非常にわかりやすい。この本の監修者・著者も、さっきの『ティラノサウルスはすごい』と同じく小林快次と土屋健のコンビだ。これ以外にも最新の恐竜研究を踏まえた本はあまたあるが、毛色の変わったものとしては、鳥類学者の側から「鳥の恐竜起源説」に迫った『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』(川上和人著、技術評論社、2013年)という本も出ている。

このように恐竜研究の世界では年々新たな発見があり、従来常識とされていたような説も次々と覆されている。なかには、長い首と尾をもつ巨大な植物食恐竜としてよく知られたブロントサウルスのように、のちにアパトサウルスという恐竜と同種であるとされて図鑑から姿を消しながら、今年になってあらためてアパトサウルスとはべつの種類だったとする論文が発表されるといったケースもあり、油断ならない。

ネット上にはときどき、「最新の研究にもとづくティラノサウルスの想像図」として体中に羽毛の生えたイラストが流れてくることがある。しかしそれらはたいていは描き手が想像をふくらませた、学術的な根拠にはとぼしいものだったりする。前出の『ティラノサウルスはすごい』『そして恐竜は鳥になった』の著者・土屋健は、そういうイラストを目にした場合の対処について、最近、次のように書いていた。

《「えー! ティラノサウルスに羽毛があったの!? モフモフなの!?」と感じられたら、「えー!」の段階で、まずは情報の確認(いわゆる「ウラ」)をとってみよう。その復元画を信じ込む前に、どのような意図で描かれたものなのかを探ってみてほしい》(「ティラノサウルスに羽毛はあったのか? 史上最強恐竜にみる、科学の進歩と醍醐味」、「ジセダイ総研」2015年6月23日)

まあ、これは何も恐竜にかぎらず、あらゆることに言えそうなことではありますが。
(近藤正高)