8月2日、中国の武漢。東アジアカップの開幕戦で、日本代表は北朝鮮代表と一戦をまじえ、無残な逆転負けを喫している。先制点を挙げたものの、リードを守りきれなかった。中盤の選手のポジションが悪く、不必要に動き回ることでセカンドボールを拾えず、いたずらに波状攻撃を浴びた。そして得点を託されたアタッカーたちは、幾度も好機を逸し続けている。

「フィジカル」をハリルホジッチ監督は敗因に挙げたが、むしろ戦略、戦術、技術的に敗れていた。

 もっともフィジカルの弱い印象が残ったのには理由がある。後半、交代で入った北朝鮮の長身FWに、日本のセンターバック(CB)2人は失点シーンで競り負けていた。単純で雑なハイボールやクロスに対応できなかった。貧弱さが目についた。

 ではあらためて、CBの資質とはどこにあるのだろうか?
 
 CBには、"相手を打ち負かす"という戦闘能力が必須条件として求められる。強度の高いプレイで体を合わせて跳ね返す、原始的ぶつかり合いの部分で勝てるか否か、まずはそこが求められる。

 なぜなら、CBは宿命的に相手の攻撃を引き受けざるを得ない立場にある。例えば身長170cm前半のセンターバックが200cm近い巨漢を相手にした場合、明らかな脆弱性を持ってしまう。あるいは鈍足というのも厳しい。俊足ではないとしてとも、食らいついていけるだけの走力は素養の一つだろう。砦の番人として、単純な戦闘力が欠かせない。

 その点で優れた能力に恵まれた日本人CBが、かつていた。

 2011年8月4日に34歳の若さで亡くなった松田直樹は、大柄な体躯ながら走力にも長け、敵アタッカーの能力が高ければ高いほど燃えた。なにより、試合のやりとりの中で成長する逞しさがあった。2002年の日韓W杯、彼は世界のアタッカーを相手に怯むどころか、舌なめずりをしている。高い身体能力と野望に満ちた精神力は、どんな敵に対しても立ち向かう戦闘力を支えていた。

 しかし松田が生前、こんな話をしていたのを覚えている。

「周りからは年齢的衰えを指摘されるんだけど、俺自身は、年をとってからの方がいいディフェンスをできるようになった、という実感があるんだよね。相手の動きを読んで自分のポジションを終始微調整することで、簡単に守れるようになった。昔、トルシエが『ラインを読め』と口うるさく言っていて、当時は意味が分からなかったんだけどね。やっぱり一流のザゲイロは読みがいい。自分から仕掛けるにしろ、受け身になるにしろ、準備の時点で勝っているよ」

 松田は「ザゲイロ論」を熱く語っていたことがある。ザゲイロとは、ポルトガル語でセンターバックを指す。

 一流のザゲイロは、単なる強さや速さに依存しない。彼らのプレイを読む力は"予知能力"にも近いだろう。卓抜したセンスをベースに、途切れない集中力と経験の蓄積を融合させ、最善の選択をし続ける。だからこそ、自分より強く速い相手であっても守りきれる。相手の動きを鋭く読み、守る体勢を作れたら怖いものなしである。

 例えばブラジルW杯においても、ザゲイロが主役になる機会は少なくなかった。

 メデル(チリ)、マルケス(メキシコ)、ゴディン(ウルグアイ)、ヴァラン(フランス)、コンパニ(ベルギー)、サパタ(コロンビア)、ガライ(アルゼンチン)、フンメルス(ドイツ)......決勝トーナメントに勝ち上がったチームには、必ずと言っていいほど屈強かつ知的なザゲイロがいた。彼らは"どこで敵の攻撃を分断し、いかに周りと連係し、効率的に守れるか"を心得ていた。

 ブラジル代表のチアゴ・シウバ、ダビド・ルイスは世界最高レベルだろう。前者は冷戦沈着、あらゆるパスコースを読む。攻撃者のプレイを絶えず予測し、アプローチする際にはリスクマネジメントを欠かさない。後者は風貌からパワー系に映るかもしれないが、どこで流れを切るスライディングタックルをするのか、誰よりも心得ている。刮目(かつもく)すべきはチャレンジしたときの成功率だろう。

 優秀なザゲイロは常に先を見通しており、堅牢で慎重な性格を持ち合わせる。ひらめきを使って攻撃してくる攻撃者に対し、少しでもリスクを減らし、優位性を保つ。その努力を惜しまない。

 例えばクリアというプレイには一流と凡庸の差が濃厚に出る。「能力の高いザゲイロは単純なクリアはしない。味方に向けて蹴り、分が悪くても、競らせる"パス"にする」(松田)。これはザゲイロのセンスを見極めるスカウティングの基本である。拮抗した状態、もしくは不利な状態でどんなキックができるか。クリア一つを見れば、ザゲイロとして常に準備し、用意しているか、「読み」の部分の評価ができるのだ。

「長年プレイして、俺はザゲイロが楽しくなってきた。若い頃は勢いやフィジカルだけでやっていたと思う。もちろん、それでうまく仕掛けてボールを取れていたこともあったけど、すごく下手くそだった。ザゲイロは自分のポジションだし、これを極めたいよね」

 日本サッカー史上最高のザゲイロのひとりである松田は、かつて明朗な表情で語っていた。守備者としての強さとその奥にある矜持(きょうじ)が、ザゲイロらしかった。中澤佑二、田中マルクス闘莉王も同じことが当てはまるか。個人的には、柏レイソルの鈴木大輔にはザゲイロの匂いを感じるのだが――。

 世界の一流アタッカーを封じる日本人ザゲイロの出現が待望される。

小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki