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転職は後ろめたいことではない

 転職は、そもそも好き嫌いで論じるべきテーマではない。嫌いでも必要な場合があるし、いいと思ってやっても失敗することがある。しかし、「私は転職など考えたこともない」と胸を張る人もいるし、「攻めの転職はいいけれども、今の職場の課題や責任を放棄するような逃げの転職はいけない」といった妙に押し付けがましい持論を展開する人もいて、論者の好き嫌いが表れやすいテーマだ。

 ちなみに、任されたプロジェクトを途中で放棄するようなかたちで部下が転職することは、経営者や上司にとって厄介なリスクで、これを「逃げの転職」だと罵りたい気持ちはわからなくもない。しかし、社員は奴隷ではないのだから、部下の側で気にする必要はない。仕事の引き継ぎ等に誠意と配慮を示すべきだが、転職すること自体を後ろめたく思う必要はまったくない。

 あえて一言付け加えるなら、部下に転職されて大きな仕事が失敗に終わるとすれば、それはプロジェクトのリスク管理を十分できなかった上司や経営者の注意、ないし力量の不足であって、責任は管理者の側にある。

 転職する側にとって、その目的は大きくいうなら人生の時間を有効活用するためであり、自分の人材価値を生かすためだ。現在の職場よりも、その目的を果たすためには新たな職場のほうがいいと結論できるなら、転職を決めることに躊躇はいらない。

●転職していい3つの「場合」

「人生の時間」「人材価値」だけでは、いささか抽象的だ。転職を肯定する典型的な状況を3つ挙げてみよう。

 ・第1に、自分の仕事のスキルを高めるために転職したい場合。
 ・第2に、より良い仕事の場を確保するために転職したい場合。
 ・第3番目には、求めるライフスタイルに近づくために転職したい場合。

 自分が転職したいと思う理由が、これら3つのいずれかで説明できるなら、その転職は考えてみる価値がある可能性大といえる。これら以外の理由で転職してもいいが、これら3つのいずれかに当てはまる理由があることが多いはずだ。筆者は過去に12回転職し、結果的な成否はいろいろだが(個人的評価は7勝4敗1引き分けである)、転職した理由はいずれもこれら3つのどれかに当てはまる。

(1)仕事のスキルを高めるための転職

 この理由で転職することが多いのは、年齢的には主に20代だ。年齢が高くなってからでは、仕事のスキルを身につけることに力点を置いた働き方が許されない場合がある。また、スキルは早く身につけるほうが、それを利用できる期間が長い。
 
 筆者は、20代で3回転職したが、いずれもこの目的の転職だった。最初の転職は、総合商社から投資信託の運用会社への転職だったが、他人のお金を運用する「ファンドマネジャー」という仕事を身につけようと思った。幸いこの仕事は自分に合っていたように思うが、あとの2回はよりレベルの高い職場で自分の仕事上のスキルを高めることを目指した。
 
 仕事の性質によっては独学でレベルアップできることもあるが、仕事を教えてくれる「師匠」や「手本」「ライバル」がいる職場で、実際に仕事をすることが有効な場合のほうが多い。そして、仕事の質の向上のためには、ある程度の仕事の量が必要だ。概していえば、仕事を身につけるには忙しい職場がいい。他人から見た人材価値としても、単なる学歴や資格の持ち主よりも、本業で忙しく揉まれて同時に実績を挙げているような人への評価が高い。

(2)良い仕事の場を確保するための転職

「良い仕事の場」の意味は、人により、場合により異なるだろう。大きな仕事ができる機会があることに魅力を感じる人もいるし、仕事は同じでも経済的な条件を改善したい人もいる。
 
 また、仕事の環境も重要だ。同じ報酬で同じ内容の仕事をするにも、気分よく働くことができる仲間と一緒に働きたい。そうでない人々と働くのとでは、天地の開きがある。次の職場の人間関係まで深く知ることができるケースはまれかもしれないが、より良い仕事の環境を求める転職は十分考えるに値する。人間関係を理由に転職しても構わない。ただし、確実ではなくとも、その問題を改善できるという十分な見通しを持って転職を決めたい。

 この種の転職を最も考えやすいのは、ある程度仕事を覚えている30歳代前半のビジネスパーソンだ。採用する側から見ても、仕事の力量が評価しやすいし、今後使うことができる期間が十分長いので、この年代は転職に最も適する。

 日系企業で仕事を覚えて、外資系に移って何倍かに収入を増やすような転職もこれに該当する。成否はケースによってさまざまだが、人材価値を経済価値として実現する、わかりやすい転職目的だ。

 一つのバリエーションとして、「我々が貴社に入ったら、このようなことができる」という趣旨のプレゼンテーションをして、グループ単位で売り込むような転職もあり得る。ちなみに筆者は、30代に2回やったことがある。

(3)求めるライフスタイルに近づくための転職

 例えば、家庭の事情、あるいは心境の変化などで、家族と過ごす時間をもっと多く取りたいと思う場合がある。家族が理由でなくとも、健康上の理由や、ほかにやりたいことができたなどの理由で、仕事のペースを落としたいと思うようになる場合がある。ボランティア活動や、なんらかの表現活動(音楽、演劇、文学、各種芸術など)と仕事を両立させたいこともあるだろう。

 こうした時に、自分が求めるライフスタイルと両立できる職場に移る転職があっていい。若い年代では、本業に集中して仕事のスキルを上げることの効果が大きいので、副業や仕事のペースダウンは考えにくいが、若くても本人の価値観によってはこの理由で転職する場合があるだろう。

 筆者の場合は、40代前半に、定年(当時は60歳定年をイメージした)後の人生を考えたことと、広い対象に向けて文章を書いたり話をしたりする表現活動と本業の両立を考えた結果、働く時間と対外的な発言の自由度の高い職場に移って(会社からの収入は下がったが)、経済評論の仕事と勤め先の仕事を両立させる道を模索した。個人で行う仕事なら、年を取っても自分なりのペースで働けるのではないかという計算もあった。

 筆者の場合は、その時点ですでに転職回数が多かったので、やや特殊かもしれないが、誰でも所属組織を離れた後の人生のことを考える必要があるし、それはなるべく早いほうがいい。組織(会社や官庁)が用意している働き方とタイムスケジュールが自分の人生に合っているとは限らないし、そもそも組織が一生の生活の面倒を見てくれるのは幸運なケースだ。

 転職を考えている方は、自分の転職が何を目指したものなのかを改めて考えてみるといい。
(文=山崎元/楽天証券経済研究所客員研究員、マイベンチマーク代表)