■8月特集 リオ五輪まで1年、メダル候補の現在地(1)

 2004年アテネ五輪までシンクロ日本チームを率いていた井村雅代コーチが復帰し、09年世界選手権以来、五輪を含めた世界大会メダル無しの状況からの復活を目指した今回の世界水泳カザン大会。

 昨年10月のワールドカップでは、13年世界選手権チームのテクニカルとフリーでともに銅メダルを獲得していたウクライナを破って中国に次ぐ2位になった日本は、その自信を胸に全7種目中のどれかでメダルを獲得するという目標を打ち出していた。

 その目標は大会3日目のデュエット・テクニカルルーティーンであっさりと実現された。当日午前の予選でウクライナを0.0908点抑える3位だった乾友紀子と三井梨紗子が、決勝ではその差を0.3309点差に広げてロシアと中国に次ぐ3位になり、銅メダルを獲得したのだ。

 さらにその翌日のチーム・テクニカルルーティーン決勝では、予選でウクライナに次いで4位だったのを逆転し、銅メダルを獲得した。

「昨日の夜に選手たちには、乾と三井がメダルを獲ったけど、予選で勝った上で決勝に挑んだ結果。だけどあなたたちは予選で負けているということを覚えておきなさい。予選と同じだと負けるから、自分たちが変わらなければ勝てない。デュエットとは違い、大きなハードルを超えなければメダルは獲れないんだよ、と言いました」

 こう話す井村コーチは決勝の演技を、「直前の練習はリフトももっと高く跳んでいた。スピードはあったけど高さは足りなかったし、力んでいた」と振り返った。

 だがその演技には力強さがあった。勢いを最後まで保持し続けた選手たちの気迫が、予選より0.7617点上積みさせてメダルにつなげたのだ。

 選手たちにそんな攻めの気持ちを持たせたのは、前日のデュエットのメダルだった。箱山愛香は「デュエットを見て本当にメダル争いができるという気持ちがでてきた。ミーティングの時にそのメダルをみんなで触らせてもらい、『明日は私たちももらうぞ』という気持ちになりました」と語る。そんな気持ちが結集したからこそ、アスリートとしての戦いができたと井村コーチは言う。同時にこうも言って気持ちを引き締めた。

「五輪はテクニカルとフリーのトータルで順位が決まるので、フリーも勝たなければ本当の勝ちにはならないんです。去年のワールドカップではデュエット、チームともにウクライナに勝っているが、その勝敗を見ればデュエットはテクニカルで勝ってフリーで負けているし、チームもフリーでは勝ったけどテクニカルでは負けていて1勝1敗なので、今回は仕切り直しの大会。ここでフリーも勝って、来年の五輪につなげたいんです」

 そんな決意を持って臨んだフリー。デュエットはテクニカルと同じく予選でウクライナを抑えて3位だった。だが決勝では、大きさや伸びやかさの無い演技になり、予選より得点を0.1点落とす93.4333点になってしまったのだ。それに対してウクライナは日本を圧倒するまでの演技ではなかったが、0.1667点差で日本は抑えられてしまった。

 この結果を井村コーチは、「確かに伸びやかさでは負けていたけど、同調していない表現で点が取れるのは納得できない。テクニック的には負けていると思わないし、同調性も全然負けていない。予選を見ていたら泳ぎが少し重かったけど、それに比べると決勝の方が軽くなったというか、勢いがあって体に水がまとわりついていなかった。ふたりは本当に良くやったと思います」と語った。

 そんな悔しさが翌日のチームに向けて大きな起爆剤になった。試合後は他のチームがいなくなった午後9時まで練習をした。そしてミーティングでは、「デュエットのふたりがメダルを獲れなかったけど、日本の勢いがそれで止まるわけではない。ウクライナも本気でやってくるだろうけど、自分たちも負けないように戦っていこう、と話した」と三井は言う。テクニカルでメダルを獲った選手は、本気で「もうひとつメダルが欲しい」と思い、テクニカルには出ていなかった林愛子も「絶対に表彰台へ上がりたい」と強い気持ちにつながっていった。

 本番では細かな技術や動きを駆使した演技を通した日本。実施ではウクライナに劣ったものの、アーティスティックインプレッションと難易度の評価ではウクライナを上回り、0.2点差をつけて勝利を手にした。

「選手たちにメダルを獲らせたかったのは、私が普段の練習の中では与えられないものを彼女たちに与えることができるからです。この大きな舞台で抜いて抜かれてという戦いのなかでは、"怖さ"と"絶対にやってやる"という気持ちの葛藤もある。それに立ち向かうことの意味は、勝った瞬間にわかるものなので、それを経験してもらいたかったんです」

 こう話す井村コーチは、「これでチームに関してはウクライナに勝ったということになった」という。だが「日本が勝っている部分は絶対にあるが、向こうにあって日本には無いものもある。その部分は来年の五輪までに追いついて、すべての面で負けるものはないところまで持っていかなければいけないと思う」と気持を引き締める。

 事実今回のデュエットでは、互いにバラバラな動きをして伸びやかに演技するウクライナのスタイルが評価された部分がある。また、初めて実施されたミックスデュエットのフリーでは、しなやかな動きでドラマチックな表現をしたロシアが優勝した。今後ミックスデュエットは競技として定着してくれば、これまでにはなかったような質の演技が、女子でも評価されるようになる可能性もある。井村コーチの言う「すべての面で負けるものはないようにしなければいけない」という言葉の裏には、そういう面まで心を配っていかなければいけないという意識も込められているのだろう。

 ただ、来年のリオデジャネイロ五輪へ向かう日本チームにとって、メダル獲得が大きかったのはもちろん、デュエットフリーでメダルを逃したこともプラスとなった。もしそこでもチームと同じように、すんなりメダルを獲ってしまったら、選手たちはそれが当たり前のような気持ちになっていたかもしれない。納得できない形とはいえ、メダルを逃したことで選手たちは全員、悔しさとともに"油断してはいけない"と危機感を感じたはずだ。

「私たちはこれまで、納得できない悔しい負けを何度も経験してきている。それを繰り返してやっと、本当に強い国と認められるようになるんです」と井村コーチは言う。

 今回選手たちの心の中に残った嬉しさと悔しさが入り交じった複雑な気持ち。そんな割り切れない思いこそが、日本シンクロ復権をリオデジャネイロ五輪ではっきりと記すための、大きな原動力になるに違いない。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi