「遊びなれた大人だけが知る、真の隠れ家店」……そんな秘密の美食店には、店の数だけこだわりがあり、その本質を理解した客のみに扉は開かれる。

本当は教えたくない、本当の隠れ家。こっそり教えます。



重厚な鉄の引き戸を開けて中へ。毎日、丁寧に掃き清められ、打水されて、今日の来客を待つ
誰も知らない広尾の静謐『こうもと』

場所は広尾学園の近所。だが確かに発見しにくい場所にその店はあった。

重厚な鉄の扉を開けると、そこには和の趣がたっぷりの池を擁した入口。中には端正な木のカウンターと、ウッドを基調にしたモダンな和邸宅といった空間が広がる。

2003年に「パーティや観劇後に、ドレスアップした姿で違和感なく過ごせる洗練されたお店がないから」と女性オーナーがオープンしたこの店は、頑なにメディアへの露出を避けて来た。もちろん現在も紹介制だ。



ここでのお客の平均滞在時間は何と4時間。誰もが心地良く過ごしている証だ

料理はひたすら“美味しいもの”を追求する。例えば、出汁巻き玉子や飛騨牛のにぎり寿司、甘鯛のからすみ焼き。和が基本で馴染み深い味はどれも、クオリティが高く、ひと口食べるとほっとする。

アメーラトマトと薄揚げチーズ焼き、和シュウマイなど、捻りを加えたオリジナルの皿も、はっとする美味しさだ。おまかせコースも用意するが、アラカルトならばいずれも1000円前後と価格帯は手頃。

料理のクライマックスには、皆が必ず注文するお蕎麦。“外一蕎麦”と称された蕎麦は、玄そば十割に対して1割のつなぎでまとめた力強さ、野趣溢れる風味が、素朴で懐かしい。



3階にはワインバー『Y’in』が別店舗として営業中。入口は別で、営業は深夜2時まで。食事は『こうもと』より出前することも可能だ。グランヴァンからカジュアルワインまで銘柄も豊富に揃える。

聞けば、3階には別店舗としてワインバーもあるという。食事が終わったら、そちらに席を移し、静かに料理の余韻を楽しむ。そんな時間も、また贅沢だ。

総じて気取らず、でも凛々しい。何とも使い心地の良い店だ。けれど、なぜこの店は千客万来ではないのだろう。その理由について、店主はこう語る。

「年月をかけて、築いてきた店と常連様との大切な関係を守りたい」

この言葉から惨み出るのは、お金や知名度に左右されず、今まで店とゲストで心地良い関係を構築してきたという矜持。



葱そば。最後の〆にオーダーする人気メニュー

「お店は人間と同じで、万人に愛される事は不可能。ならば、その個性を認めて共に成長できる、そんな長く続く関係を大切にしたいだけなんです。変わった店だけれど、その分、ゲストへの偏愛ぶりは充実しています」

そう笑う店主だが、ここの接客はつかず離れずへりくだらず。そのサラリとした関係を、誰もが心地良いと感じるのだろう。誰もが隠れ家にしたいと思う店の条件を全て満たした空間。もし、自分がこの店の常連だったなら、やはり一見さんはお断りにしてほしいと思う。ささやかな自尊心をくすぐられる。ここはまさにそんな店だ。



飛騨牛のにぎり(4貫)。ワインともよく合う



蕎麦がきの揚げ出汁。雲丹と海苔の風味もいい


目黒の中心地にあるのに、隠れ家レベル100の名店はここ!



この空間だけ時の流れが異なるようなしっとりとした雰囲気が漂い、それだけでも充分酔えてしまいそう
目黒の中心地なのに、絶対に見つからない隠れ家
『リーの厨房』

とにかく人目を忍びたい……大人の夜には〈訳あり〉がつきものである。

そんな夜にこそ訪れたいのが目黒の隠れ家ワイン酒場『リーの厨房』だ。目黒の路地の、細い階段を下りた中腹にぽつんと出現する。

もちろん料理も食通たちが認める絶品揃い。本当は教えたくない大人の隠れ家の魅力をお伝えしよう。



目印は階段脇に出る『リーの厨房』の看板のみ。階段下に灯るわずかな灯りを頼りに降りていこう
目黒駅から徒歩数分。権之助坂の下にある石階段が入り口

夜な夜なにぎわう権之助坂商店街。一見ならば必ず素通りしてしまうほどの薄暗がりに、小さな石階段があるのをご存じだろうか。

すでにさまざまな名店へと足を運び、多少のことではサプライズを感じて貰えなくなってしまった女性を連れて行くにもうってつけ。石段を下る時に感じる「本当にここにお店があるの?」感は目黒一と言っても過言ではない。

この細い石段の先にあるのが、『リーの厨房』なのだ。この店、どんな店だろうと思っても、入口は小窓だけ。



実際、小窓から除く雰囲気は老舗のオーセンティックバーのよう
小窓からのぞく大人の雰囲気がそそる

階段を降りていくと『リーの厨房』と書かれた控えめな看板と、小窓が付いた木製の扉が出迎える。

この小窓から漂う雰囲気に「私たちにはまだ早すぎる……」と恐れをなして、若者たちは寄りつかない。

だからこそ、いい店に通い慣れた大人たちだけが集うのだ。



店主の井上氏との会話も楽しめるカウンター席は常連客や1名で訪れた人の特等席
扉を開ければ期待以上の空間。一瞬にして空気が変化する

石段まで感じていた権之助坂の賑わいも、扉の中に入ると嘘のように消えてしまう。一瞬、静寂に包まれたかと思うと、品のいいBGMが耳に入り、一気にアダルトな雰囲気へと変化する。

目の前に広がるカウンター席では、この場に通い慣れた紳士淑女がグラスを傾け、料理も全て店主の井上さんにお任せしつつ、しっぽりと自分の時間を楽しんでいる。



「本日の鮮魚のカルパッチョ」。チコリ、ディル、マッシュルームなどと合わせて、その日の鮮魚が彩りを添え、甘くまろやかに仕上げた自家製ドレッシングが箸を進ませる。この日は北海道産の真ダコと真鯛
気の利いた料理の数々にワインもどんどん開いていく

いくら雰囲気がよくても料理がイマイチでは興ざめだ。『リーの厨房』はその心配も無用。料理は全てワインが進む絶品揃いだ。

店主の井上氏は、都内各地で修業を積んだ後、ワインとパスタをメインに、賑わいのある店作りを目指し8年前に同店をオープン。彼の作り出す料理は、優しさに満ち、もう満腹だと思ってもなぜか、箸が止まらない。



「岩中豚の肩ロースのソテー」は赤ワインとの相性も抜群

メインには「岩中豚の肩ロースのソテー」をセレクト。岩中豚の肩ロースを使用し、頬張った瞬間に溢れ出すジューシーな肉汁が堪らない。

このジューシーで柔らかな食感は、まずフライパンで表面のみを焼き上げ、しばらく寝かせて余熱で火を通した後、ゆっくりと低温で火を入れ行く工程から生み出されている。甘みのある自家製のフレンチドレッシングをベースに、ポン酢や砂糖を加えたソースもいい仕事ぶりだ。レモンや自家製ソースなど、味を変えつつ楽しみたい。



「牡蠣のスパゲティ」。牡蠣を出汁につけて軽くボイル。旨みを詰めた牡蠣をペペロンチーノのベースに入れた後、隠し味でわさびと醤油、バターをプラス

パスタは日替わりで提供。この日は「牡蠣のスパゲティ」を用意いただいた。大粒の牡蠣がごろごろ入っており、食べ応えも充分。目葱やルッコラなどの食感も楽しい。

料理については、お客様の要望も聞きながら「こんなものもできますよ?」と井上さんのさじ加減でその日限定の料理も提供。通っていけばいくほど、新しい料理に出会えるのだ。



テーブル席がメインの2階席。ゆったりとしたソファー席も備える

1階のカウンター席を横目に、メインの客席である2階席へとあがっていけば、ここもまた雰囲気のいい大人の空間。

『リーの厨房』を訪れるお客が皆一様に口にするのは「人に教えたいけど、教えたくない」というもどかしい悩み。おすすめしたい気持ちと、自分だけの秘密の場にしておきたいという気持ちが競り合って、後者の気持ちが勝ってしまうのだ。


え?ほんとにここに店があるの?というサプライズ感!



6階部分に記載された「?」に注目。ここが今回の目的地『おとしぶた』である。
「?」がまさかの目印!『おとしぶた。』

「え?ここ?」と初めて訪れた人のほぼ全員がそう思い、帰る頃には「私も友だちを連れて来てみたい!」と思ってしまう。そんな名店が渋谷にある。

その名は『おとしぶた』。ビル1階のエレベーターからエントランスにかけて襲う不安感からは想像つかないほど、美味しくステキな空間が広がっている!



古風なエレベーターも不安を煽る。
看板も目印もない…不安がよぎる佇まい

渋谷の公園通り沿いという好立地に位置しながらも、看板はなし。

目印となるのは、系列店『やきとん串焼専門店 大地』がさりげなく出している「やきとん食べたい。」の看板のみだ。

ビル1階エレベーター前の看板にも『おとしぶた』の文字はない。あるのは『?』と書かれた表札のみ。

サプライズ好きの女性もさすがに「え?ここ?」と不安になるかもしれない。



エレベーターを6階で降り、階段を下って左手の扉が『おとしぶた』への入り口。

エレベーターを6階まで上がっても目の前は階段。すぐ下の扉にも看板はなく、お店があるとは全く思えない。しかしその扉こそ『おとしぶた』の入り口なのだ。

「初めて来店したお客様は、大抵通り過ぎてしまうんですよ」と笑うのは代表の芳賀さん。

オープン当時は『やきとん串焼専門店 大地』に入れなかった人を『おとしぶた』に案内し、ちょっと違った雰囲気を楽しんでもらっていた。そのため開店当時から看板はなく、知る人ぞ知る場所として口コミで広がっていったのだという。



扉を開ければ、それまでの不安が嘘のように消しとぶ。定期的に変更されるアーティストの作品によって、その時毎に趣も変化。
こわごわ扉を開くと、シックな店内と絶品の肉料理が待っている!

『おとしぶた』の魅力は、この知る人ぞ知る隠れ家感だけではない。もちろん提供される料理も全て絶品である。

元々は、7階にある『やきとん串焼専門店 大地』の人気を受けて、豚肉のホルモンを使った創作料理を出そうとスタートした。

しかも、人気で入れない7階のやきとんをここでもオーダーできるので、一石二鳥の楽しみ方が可能なのも嬉しい。



手前のコース用の4人前の「前菜盛り合わせ」も注文することもできる。こちらをオーダーしたい場合は、事前に予約してから来店しよう。奥は「全部盛り合わせ」(2,500円)

デートはもちろんグループでの利用も楽しい。前菜の「全部盛り合わせ」などをシェアして食べればお酒も会話も進むこと間違いなしだ。

「全部盛り合わせ」には、バケットとともに味わうラムレーズンのクリームチーズや、6ヶ月熟成のチーズの表面を削って食べるラスパドゥーラチーズ、ブラックペッパーチーズ、生ハム2種が盛られた贅沢な一皿。

2名で訪れて、ちょっと食べきるか不安な時は、量の調整もしてくれるので、スタッフに相談してみよう。


トリップ感がすごい!明治の人々が好んで食べた絶品牛鍋



近代の文化人はこの席で何を食し、何を語り合ったか……そんな空想にふけるのも楽しい
築地の路地に潜む文明開化の残像
『江戸肉割烹 さゝや』

路地にまかれた打ち水、軒先に置かれた鉢植え……そんな下町情緒溢れる路地を行くと、古式ゆかしい木造家屋がふいに現れる。ビビッドな色ガラスの扉を開き、上り框で靴を脱ぐ。

どこか懐かしい店内に歩を進めれば小さな中庭を囲むようにしてテーブル席、備長炭が煌々と燃え盛る炉。その周囲にはカウンター席が設けられている。

大正時代に建てられた一軒家をモダンに改築した設えに俄然、期待が膨らむ。ゲストの高揚に応えてくれるのは、“肉の総本山”を名乗る同店ならではの美味の数々。



江戸焼(大沼牛と黒毛和牛のハーフ&ハーフ)。写真は2人前。麩がまた旨い

清涼な地下水と厳選された飼料で育った絶品の牛肉は、文明開化の象徴として人々に愛された「牛鍋」として供される。

その旨みを引き出すのは麹をたっぷり使う製法ゆえ第二次大戦中の食糧統制を受け、一時は姿を消していた江戸甘味噌を主とした自家製の練り味噌。麩や豆腐、江戸菜等の付け合わせも、明治期より好まれた老舗のものを使用。

この牛鍋に滲むのは、職人の技が引き出す素材や調味料の質の良さだけではなく、日本人が辿ってきた歴史そのものだ。

引き締まった赤身が旨い会津の馬刺しにも面白いストーリーがある。薬味として添えられた辛味噌、実は力道山の考案だというのだ。



炉で焼き上げる原始焼き

新鮮でさっぱりと美味しく、滅多にお目にかかれないレバーや細切りにして出汁にくぐらせた肉そばなど様々な趣向を凝らした逸品の数々は嬉しい限りだ。

肉本来の味わいが楽しめる、原始焼きもおすすめ。炭火を取り囲むように配された串刺し肉は、遠赤外線により外は芳ばしく、中はふっくらと焼き上がる。知る人ぞ知る大沼牛のホルモンは、その脂のジューシーさに思わず膝を打ちたくなるほど。

これらの脂をすっきり洗い流してくれるのは清々しい香りを移しこんだ竹酒だ。かの時代の人々が、新時代の幕開けに期待で胸を膨らませ食した絶品肉。その一口は味覚のみならず五感に響いてくる。



刺盛(大)。写真は2人前。肉そば、和牛の松前漬け、サガリのたたきなど。中央には新鮮なレバーを。入荷状況などによりメニューは異なる。写真は一例



レトロモダンな2階のテーブル席。頭上にはシャンデリアが


地図を手にしても迷う本当の隠れ家



自由が丘の奥の奥、地図を手にしても迷う本当の隠れ家『mondo』

まず、辿り着くまでにいくつかの展開がある。店があるのは、自由が丘の駅から歩いて12〜13分はかかる高級住宅街のど真ん中。エントランスは進むのを一瞬ためらう住宅脇の小路の先にある。地図を持って出かけても、初めてならば必ず迷う、戸惑う。一緒にのんびり歩いて向かえば、食事の前にふたりの距離が少しだけ縮まるし、駅で待ち合わせてタクシーでエスコートしてもスマート。さて、どう攻める?

辿り着くまでに高揚感をキープできればもう安心。店に入ってから期待が裏切られることはない。



北海道標津 しずお農場の仔羊とポロネギココット焼きわらの風味。余熱で火を通し香りを馴染ませる。コースメニューは日によって異なる。写真は一例

席数を絞った、わずか10席の店内には私邸に招かれたような寛ぎがある。壁に、そして小さな窓の外にと随所にアート作品が配されているのも贅沢。いよいよ、ディナーの始まりだ。

かつてはモダンと伝統、ふたつのコースを提案していた宮木康彦シェフだが、リニューアルに際しコースもひとつに集約。選び抜いた素材のよさをまっすぐ伝える内容になった。

例えば旬のホワイトアスパラガスは、低温でゆっくり火を入れることで瑞々しい味わいに。一方、シンプルに短時間で焼き上げた仔羊は香りにも凝縮感がある。盛り付けには変わらず華があり、女性も喜ぶことうけあい。



サフランを練り込んだタリオリーニ干しトラギスの炭火焼。トラギスは干して炭火で焼くことで旨みも香りも膨らむ。コースのメニューは日によって異なる。写真は一例

ワインも王道からマニアックなものまで幅広く揃う。ここはソムリエの田村理宏(まさひろ)さんに任せておけば安心。

ちなみに控えめな音量で流れているBGMも田村さんのセレクト。ときに80〜90年代のロックがかかっていたりと“らしくない”演出も面白く、時間はあっという間に過ぎていく。

ここまで過ごしていい雰囲気にならなければ、諦めるのが正解というもの。しかし望みとあらば帰り道にも行きと同じ、いやそれ以上の“選択肢”が待っている。



苺とマスカルポーネのデザート。ショウガ風味のジェラートが大人の味。料理は全てディナーコース(日替わり)より



月毎に変わる絵は、アートに造詣の深い宮木シェフのお母様がセレクト


本格和食を気軽に楽しめる、遊びなれた人のための隠れ家立ち飲み割烹



銀座で立ち飲み割烹というサプライズのある佇まい
本格和食を気軽に楽しめる立ち飲み割烹
『銀座しまだ』

ダンディズムとは、これ即ち上質へのこだわりにほかならない。それが贔屓の飲み屋なら、なお男のこだわりがわかる。

銀座の中心にありながらも、見えるのは表札と小さな行灯だけ。だがここは、京都最高峰と呼ばれる奥座敷『高台寺和久傳』をはじめ、海外の一流ホテルで料理長を歴任した島田博司氏の店だ。

ひとりン万円の会席を作り続けてきた彼が、自身ではじめたのはなんと立ち飲み屋。



名物、桜スモークのからすみそば。カラスミ粉をたっぷりかける

ここではすっぽん鍋やからすみ蕎麦など一流料亭に劣らない本格和食を、なんとも気軽な価格で提供する。熊本産の逸品を捌くことからはじめるすっぽん鍋、全国屈指の業者から入手したイタリア産カラスミ粉を惜しげもなくのせた蕎麦など、その料理は贅を尽くした会席そのものだ。

こんな“行きつけの店”に招かれた女性は、店で男の格を知る。男女の関係のはじまりとは存外、そんなところに潜んでいるものだ。



1日5食限定のすっぽん鍋。すっぽんは熊本産のものを毎日取り寄せている



サプライズを演出するシェフズテーブル



4名以上から貸し切り可
サプライズを演出するシェフズテーブル
『クク セ モア』

世の女性が望むサプライズとは、花束や宝石のプレゼントでもなく、この店へ招待することかもしれない。

およそ店らしくない無骨な扉がひとつ。だがこれを開けば、色鮮やかなキッチンの奥に、テラス付きの特等席が待ち構えている。

1993年に誕生した人気店『オ・デリス・ド・本郷』のオーナーシェフ西村和浩氏が、かつての厨房階を改装しひとりではじめたフレンチは、まさに隠れ家。



仔豚の背肉のローストは春先のメインディッシュ。メニューは季節などにより異なる。写真は一例

看板はなく、予約した客しかそこにレストランがあるとわからないはず。タイユバン・ロブションをはじめフランスの三ツ星メゾンで鍛えた腕前が、昼夜各1、2組のためだけにふるまわれる。

本棚に洋書が並ぶ自邸のような空間。ゆったりとした時間に身を任せ、デートの終わりの時間など忘れてしまうだろう。



エレベータを開けるとこの扉が


幽玄な雰囲気にうっとり



最後に台湾の烏龍茶とともに供されるお茶うけ。この日は寒干大根の赤ワイン煮なども
麻布十番で、未だ知らない美味の世界へ誘う
『幻燈士なかだ』

室内に漂う、凛としつつも温もりのある空気感は無駄な装飾を削ぎ落とした成果か。あるいは店主・中田昇氏の穏やかな人柄ゆえか。

座ればすぐに根の生えてしまいそうな居心地の良い椅子があって、目の前には奥行きも十分なカウンター。マンションの1室にあって完全紹介制。1日1回転の料理屋である。

開店は2009年。故郷の富山で10年間、フレンチレストランを営み、本国での修業経験もある中田氏が、ふと思ったのだ。



「焼酎のボトルって無粋」。そう思い、ハンガリーのガラス職人にオーダーメイドでボトルを発注。焼酎や日本酒が入る

「日本人が作るフレンチは、それはフランス風和食」だと。器から日本文化に惹かれるようになり、富山の店では後半7年、和食器と箸で楽しむフレンチを供するように。

縁あって東京・松濤に“千一夜”限定で料理屋を開いたのが釻05年のこと。ここで今に続く氏のスタイルは確立される。やはり当時から完全紹介制だったが連日盛況。惜しむ声も少なからず聞かれる中、宣言通りに一〇〇一日目の夜で店を閉め、その後、氏は富山へ戻る。そこで、さらに料理道を極めんと研鑽の日々を送っていたところだった。

「『今度はいつ東京に?』とある方に言われまして。やるなら、客席はやはり絞ろうと色々と探し、この場所を見つけました」



生フォアグラのプラチナ漬けドライトマトを練り込んだ花巻と。料理は全ておまかせより

さて、料理だ。氏の料理にはある1品を除き定番と呼べるものがほとんどない。それが「生フォアグラのプラチナ漬け」。プラチナとは富山・桝田酒造店が本数限定で醸す最上級の純米大吟醸酒「満寿泉 寿 プラチナ」のこと。その酒粕で漬けるからプラチナ漬けという訳だ。

しかし蘊蓄はともかく、そのねっとり濃厚な味わい、清々しく鼻に抜ける上品な酒粕の香りといったら──。一事が万事の理がごとく、氏の料理はこの食材に、こんな食べ方があったのかと目から鱗が落ち、しばし感動に浸るものばかり。

おまかせで12品が供された後に出るお茶うけは焼きバナナ羊羹やレモンのキャラメルなど、名を聞いただけで好奇心をかき立てる品々が登場する。



一輪挿しも、凛とした風情

「プロセスではなく、食べて美味しい。ただそれだけ」と言うが、常に考えているのだと思う。夏なら鱧、鱧なら梅肉という、半ば思考停止状態になった料理の在り方に疑問符を付け、本当にこれでいいのか、と自問自答を繰り返す。

この器だって、この匙だって、きっと意味がある。“料理屋はトータルで楽しませるべき”。氏の言葉が思い返された時、ずっといたはずの室内がまた違って見えてくる。



こんな場所に? と誰もが思うマンションの1室にある



器は越中瀬戸焼の釋永由紀夫作


神楽坂でも指折りの「迷い込み感」がたまらない!



満足するまで、食べて飲んでも1万円以内、というこのエリアでは貴重な存在
マップを見ていても初見ではたどり着けない!
『枝魯枝魯 神楽坂』

神楽坂といえば和食というイメージを持つ人も多いだろう。しかし、どこに行けば間違いない味と雰囲気を楽しめるのか迷うところである。

そんな時思い出して欲しいのが今回紹介する『枝魯枝魯 神楽坂』だ。サプライズ感がありながら、リーズナブル。

そして、場所は神楽坂の裏路地、とデートで訪れるのに持ってこいの店である。



本当にあっているのかと心配しながら歩いていると『枝魯枝魯』の看板が目に入り、ひと安心
店に辿り付くまでのドキドキ感も演出のひとつ

京都に本店を持つ『枝魯枝魯ひとしな』が2014年1月に神楽坂に初出店を果たしたのが『枝魯枝魯 神楽坂』である。

サプライズ感をひとつの特徴としている同店の演出は、すでに辿り付くまでの道から始まっている。

神楽坂上の交差点からすぐの小径を入り、まっすぐ進んで右手が正解ルートだが、MAPアプリで表示される場所は、途中で道が途切れているように見え、見ならば「本当にここ?」と心配になるはずである。



店内の温もりが玄関先まで漏れてきて、なんだか急にホッとする

「うちのお店に興味をもった人にこそきて欲しい」という想いから、この出店場所を選んだそう。

その想いの通り、ここを一軒目にして銀座に移動する方もいるほど、グルメな紳士淑女が毎夜通ってくるという。



もともと古民家だった場所にデザイナーを入れ改装。2階にはテーブル席もあり、接待や会食での利用も可能だ
職人との対話も楽しいコの字カウンターが出迎える

扉を開け、すぐに目に入るのが1階のカウンター席。「カウンターはコミュニケーションの場」という考えから、お客様3〜5名に対して一人の職人が担当するのも『枝魯枝魯』流だ。

こちらで楽しめるのは、月替わりで内容が変わる先付けから甘味までの8皿15品(4,500円)のコースのみ。満足するまで、食べて飲んでも1万円以内、というこのエリアでは貴重な存在だ。

料理は季節の和食をベースに洋の技を随所に駆使。見た目にも美しく、提供されるまで内容が分からず、職人との会話で徐々に明らかになる。



「先付 雲子天麩羅 霙餡掛け」。くずという植物の粉でとろみを付けた霙餡が、より温かさを強調しており、先付だけでも1合が軽くあいてしまいそうだ
くずし割烹ならではの料理が次々に。月替わりのコースが楽しい!

毎月コース内容は変更され、一度出した料理は二度と出さないというのも同店のポリシー。今回は11月のコース内容から一例を紹介しよう。

1品目は「先付 雲子天麩羅 霙餡掛け」。春菊、丹波しめじ、もみじふなどが彩るお椀に雲子(鱈の白子)の天ぷらが上品に佇む。

醤油漬けにしたわさびの千切りが、爽やかな刺激をプラス。寒い時期の一品目は温かいものという心配りも、嬉しい。



「鰤の蒸し寿司 チャンジャ醤油 林檎甘酢漬」

椀物の次はお凌ぎ。この日は「鰤の蒸し寿司 チャンジャ醤油 林檎甘酢漬」だ。

本来は、鰤と酢飯を一緒に蒸して作られる鰤の蒸し寿司だが、そこは「くずし割烹」。酢飯のみを蒸して温かくし、その上から鰤の刺身、林檎の甘酢漬をのせている。

そして、出汁とチャンジャを混ぜ合わせた特製ダレを鰤にぬり、今までにない「鰤の蒸し寿司」に仕上げている。



「貝出汁とろろ茶漬」

コースの甘味の前に登場するのがお食事。この日は「貝出汁とろろ茶漬」。

お茶漬けにとろろという発想から新しいが、口に入れるとその斬新な味わいに驚かされる。

とろろに合わせられた黒コショウが、乾燥したホタテを入れたアサリの出汁を引き立て、不思議と箸をのばすペースが上がってしまう。


力強い食材の旨味を活かす和食を、隠れ家で



こだわりの照明、ドウダンツツジが作り出す木陰、内なのか外なのかさえ忘れて寛げる空間は、B&Oのステレオから流れる優しい音で満たされている
運河の街に佇む、麗しの桃源郷『FUKUSAKO』

素材本来の滋味を豪快に味わえる恵比寿の人気和食店『福笑』。インターフォンで密やかに入る隠れ家の草分け的存在でもある同店の店主・福迫淳一氏が、自身の理想を推し進めるカタチで新店をオープンさせた。

八丁堀駅の地下構内から地上に出ると、かすかに漂う潮の香り。亀島川を越え、オフィス街をそぞろ歩くと、苔に覆われたエントランスがひっそり現れる。ここが、古い民家を全面改築した『FUKUSAKO』だ。



飾棚にはラリックの皿や倉敷ガラスなど希少な器がズラリ

アーチ型のアンティークの扉を開くと、自然素材と工業素材が見事に融合した唯一無二の空間。可憐な釣鐘型の花をつけるドウダンツツジが影を落とすのは、楠の木を丸ごと1本割って作られたカウンターだ。

幹のカーブや鋸の目までそのまま残したという福迫氏は「普通は鋸の目をならしてしまうんですけど、どうしても目を残したくて、自分で表面にヤスリをかけ、椿油を馴染ませたんです。良いでしょ〜。触ってみてください」とエビス顔。触れた瞬間、件の楠が立っていた九州の大自然が迫ってくるような感覚を覚え、思わずカウンターに頬ずりしたくなる。



恵比寿『福笑』でもお馴染みの堂々たるアスパラ

「神様がくれた味が一番美味しい。良いものを仕入れたら、後はあまり手を加えないほうが美味しい」とご自身も“神様顔”の福迫氏が供するのは、おまかせコースのみ。全国津々浦々の農家や漁港より直送される素材は、既知の素材であっても、自然界にある色の濃さ、鮮やかさ、ダイナミックなフォルムに改めて驚かされるものばかりだ。

はちきれんばかりのアスパラ、向日葵のように黄色い玉蜀黍。徳島産の岩ガキにいたっては赤ん坊の頭ほどある。また、浜名湖で揚がる幻の蟹・ホウマンガニは渡り蟹と上海蟹を合わせたドリームタッグ的味わい。



山と積まれた毛蟹が湯気をあげる。このライブ感!!

拳ほどの大きさのヤドカリは、苦み、旨み、甘みが一度に口中に溢れだし、脳髄を震わせる。ちょっとやそっとでは表現できない旨さだ。蟹、ヤドカリ、どちらも下味はついているが、基本的には茹でたものを豪快に割っていただく。その間に煮付けたノドグロや賀茂茄子など、緩急つけて供される料理は小皿を含めて十数皿。

もちろんその量は、その時の仕入れや老若男女、食べるスピードなどあらゆる条件で変化する。さながらその様は即興で魂の音楽を構築していくジャズセッションだ。

“神様顔”の料理人が、心の導くままを詩的に具象化したこの場所。桃源郷とはきっとこんな場所に違いない。



亀島川を越え、オフィス街をそぞろ歩くと、苔に覆われたエントランスがひっそり現れる



店内をぐるりと見渡すと、細部にまで、福迫氏のこだわりが窺える。もちろん、こだわりは調度品だけではなく、素材にまで行き届いている