ランニングを先頭で引っ張る槙野。ユース時代は3つのタイトルを獲得した。写真:小倉直樹(サッカーダイジェスト写真部)

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 東アジアカップは女子が8月1日に、男子が同2日に開幕。男子は連覇を、女子は2大会ぶり3回目の優勝を狙う。A代表が東アジアのライバルと激闘を繰り広げようとするなか、国内では高校・ユース世代の大会が佳境を迎えている。8月1日には、クラブチーム日本一を決める日本クラブユース選手権が決勝を迎え、同2日には夏の高校王者を決めるインターハイが開幕(1回戦は同3日から)する。
 
 東アジアカップに臨む面々は、高校・ユース時代にいかなる成績を残し、プロへのステップとしたのだろうか。男子登録選手23名の全国大会成績を調べてみると、優勝経験者はわずかに4名。全国優勝がいかに遠い道のりなのかが見えてくる。
 
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GK
東口順昭(G大阪)
京都・洛南高 → 全国大会出場なし
 
同学年の本田圭佑と同様にG大阪ジュニアユースからユースユースに昇格できず、京都の洛南高に進学するもインターハイ、選手権ともに全国出場はできなかった。その後進学した福井工大では2年時にサッカー部が解散。新潟経営大に転入してJ1新潟を経由し、古巣のG大阪に復帰するという波乱万丈のキャリアの持ち主。
 
GK
西川周作(浦和)
大分U-18 → Jユースカップ・ベスト8
 
ユース時代は目立った成績こそ残せなかったものの、当時からそのパワーと精度を秘めた左足のキックは注目を浴び、GKながらPK、FKなどで通算7ゴールをマーク。「大分のチラベルト」の異名をとる存在だった。
 
GK
六反勇治(仙台)
熊本・熊本国府高 → 全国大会出場なし
 
高校3年間にわたり、インターハイ・選手権ともに大津が代表校の座を独占。その牙城を崩せず全国大会出場は果たせなかった。ただし、2・3年時に熊本県選抜に選ばれ、国体出場を果たしている。
 
 
DF
水本裕貴(広島)
三重・三重高 → インターハイ1回戦敗退
 
三重高としては3年時のインターハイが唯一の全国出場。1回戦で古豪の前橋商を相手に、1-1の末のPK戦で惜しくも敗れた。また三重県選抜として国体出場経験があり、同年にU-18日本代表にも選抜されている。
 
DF
丹羽大輝(G大阪)
G大阪ユース → Jユースカップ優勝
 
高校1年時からCBとしてレギュラーの座を奪い、02年のJユースカップで優勝。同年のU-17アジア選手権にも日本代表として出場し、大会ベストイレブンに選出されている。
 
DF
槙野智章(広島)
広島ユース → 日本クラブユース選手権・高円宮杯全日本ユース・Jユースカップ優勝
 
ユース時代は、三大大会すべてで優勝を経験。うち日本クラブユース選手権と全日本ユースはレギュラーCBとしてチームを優勝に導いた。3年時にはU-18日本代表の常連となり、その後柏木(浦和)、内田(シャルケ)らとともに「調子乗り世代」の主力としてU-20ワールドカップ16強の原動力となった。
 
DF
森重真人(FC東京)
広島皆実高 → 高校選手権・ベスト16
 
同期の槙野智章(浦和)とともに過ごした広島ジュニアユースからユースへの昇格はならず、広島皆実高に進学。全国での最高成績は1年時の選手権ベスト16。2・3年時は、選手権出場はならず、ともにインターハイで全国大会出場を果たし、3年時の2回戦進出が最高だった。
 
DF
太田宏介(FC東京)
神奈川・麻布大渕野辺高 → 高校選手権1回戦敗退
 
2・3年時に同期の小林悠(川崎)とともにチームを牽引し、激戦区の神奈川を勝ち抜き選手権連続出場に導いた。大会の結果はともに1回戦敗退に終わったが、左ウイングバックとしてプレーし、当時から左足のキック精度は抜群だった。