限りなく透明に近いゲル:固体と気体の間に生まれた「物理法則の奇術師」

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この限りなく透明に近いゲルは、ぼくらの抱く固体のイメージを失わせる。空気のように透明で軽く、密度も極めて低いが、気体ではない。しかしその屈折率が「これまで知られている固体のなかでも最も低い」レヴェルにあるため、見た目には透明で、光はこの固体内を「ほぼ直進できる」。それゆえ、下にあるものが透けて見えるし、上に物をのせれば、浮いたように見える。固体と気体の間に生まれたこの奇妙な物質は「BNFエアロゲル」と呼ばれる。

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“空気のゼリー”の不思議な性質

「エアロゲル」は、その成り立ちから“凍った煙”と表現される。そもそも「ゲル」と聞いて想起されるのは、液体と固体の中間のような性質をもつ、ゼリーなどの「湿潤ゲル」だろう。ゼリーは、ゼラチンなどの「ゲル化剤」を加えることで、水を固めた湿潤ゲルだ。

一方のエアロゲルは、煙を固めたようなもの、いわば「空気のゼリー」だ。一般的なゼリーが水のような固体であるのと同様に、エアロゲルは空気のような固体としてふるまう物質である。

冒頭の画像は、「2015 ← BNF AEROGEL」とプリントされた紙の上に円筒形をしたBNFエアロゲルを置き、強い光を当てて撮影したものだ。青白く見えるBNFエアロゲルが、まるでそこには何も存在していないかのように、下のテキストを歪めることなく透過させていることが分かるだろう。

同じことを、BNFエアロゲルの代わりに、例えばガラスやアクリルなどの素材で行えば、文字は大きく歪み、判読は困難になるだろう。地球上の固体のなかでも最も低い屈折率で「透明」なBNFエアロゲルだからこそ可能な現象だ。

BNFエアロゲルは、直径数nm、長さ数μmの繊維状のナノファイバーによって形成される透明多孔体(無数の微細な穴の空いたスポンジのようなナノ構造)だ。その密度は1立方センチメートルあたりわずか1.2mg程度であり、これは地上の固体で最も低密度なものに分類され、「透明な固体」としての記録を塗り替えた。

透明多孔体の屈折率は密度に比例する。だから、超低密度な物体は、超低屈折率を実現できる。さらにBNFエアロゲルは高い可視光透過性(10mm厚で90パーセント以上の光を透過する)をもち合わせているため、空気のように透けながら、固体のように存在するという奇妙な特性をもち合わせることができるのだ。

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この動画は、同じBNFエアロゲルを原油の上に置いたものだ。まるでホバークラフトのように液体の表面を滑っていく。表面処理を施したエアロゲルは、非常に高い撥水性と撥油性ももち合わせている。

ハスの葉の上に落ちた水滴を思い出してほしい。ハスの葉は表面に撥水性のあるナノ構造をもっているため、水滴は水球となって滑り落ちる(これを「ロータス効果」という)。BNFエアロゲルはナノファイバーによる構造体のため、その表面も微細な凹凸形状のナノ構造をもつ。これが超撥水・超撥油性を発揮するのだ。

地上でもっとも低密度な固体への挑戦

ぼくらが慣れ親しんだ固体の物理法則を裏切る奇術のような現象を見せてくれる物質、BNFエアロゲルは、東北大学 学際科学フロンティア研究所助教の早瀬元によって生み出された。その研究プロセスは、地上でもっとも低密度な透明の固体を超える挑戦だった。

現在、世界中の化学者によって、1立方センチメートルあたり5mg以下というエアロゲルの“超低密度レース”が繰り広げられている。BNFエアロゲルのライヴァルはローレンス・リバモア研究所が開発した「シリカエアロゲル」。1立方センチメートルあたり数mgという超低密度と10mm厚で90パーセント超という高い可視光透過をもち合わせ、長らく地上でもっとも低密度な固体だったという。

「BNFエアロゲルは、一般的なエアロゲルを構成するシリカなどの球状微粒子とは異なり、棒状のナノファイバーの集合体であるのが特徴です。たとえば、同じ大きさの袋の中に米とパスタを入れる場合を考えてみてください。米は球状なので隙間が少なく密に入っていくのに対し、棒状のパスタだとかさが増えるので、詰め込んでも隙間がたくさん生まれます。袋がいっぱいになったとき、どちらが軽いかといえば、パスタの袋です。BNFエアロゲルの超低密度は、ナノファイバーを使うことによって実現されています」と早瀬は話す。

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また、BNFエアロゲルは、合成のプロセスが比較的簡単である点も特徴だ。

エアロゲルのもととなる湿潤ゲルを作成する際に、市販のナノファイバー分散液「BNF分散液」を使うことで、その合成を大幅に簡略化できるという。

エアロゲルは、特殊な装置で湿潤ゲル中の液体を気体に置き換かえ(乾燥させ)ることで生まれる。この際行われる「超臨界乾燥」はコーヒーの脱カフェインなどに使われており、インスタントラーメンの乾燥具材をつくる際の「フリーズドライ」に類似した用途で開発された技術である。

「従来、超低密度のゲルを得るためには慎重に合成を進める必要がありました。しかしBNFゲルの場合は、実際に手で行うのは市販のナノファイバー分散液に少量の塩基(アンモニア水など)を入れるだけです。低密度のまま瞬時にゲル化するため、湿潤ゲル作製の失敗が少なく扱いやすいのが特徴です」(早瀬)

BNFエアロゲルは、超低密度への近道を提示する発見でもあった。これからの応用にも期待ができそうだ。

「現在は見た目の面白さから、美術関係の方が関心を寄せてくれているほか、光学的な特性を生かして物理学実験にも使える可能性を感じます。とはいえわたしは、多くの人にエアロゲルという未知の材料のもつ可能性に気づいてもらいたいのです。これからも科学の最先端をゆく材料をつくっていきたいですね」(早瀬)

BNFエアロゲルは焼結(粉末・粒状の集合体を、材料の融点以下の温度で加熱することで、密着し固結する現象)することで「アルミナ多孔体」という、軽さはそのままに、高い耐熱性をもつ物質になる。1,000度以上の高温域の断熱材への応用も考えられるという。

多くの人がこの記事を読むまで「空気を固める」なんてことが、奇術以外では想像できなかったに違いない。想像力を掻き立てられる、限りなく透明に近いゲルの創造性はまた、高かった。

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