まるの・ひろゆき
1976年京都市生まれ。作家、脚本家、ライター、映画プロデューサー。
株式会社オトコノアジト代表。裏社会ライターとして、アンダーグラウンドの取材を続けた後、小説「木屋町DARUMA」を電子書籍で出版。それを原作に映画もプロデュースした。現在は、ラジオ、イベント、テレビ出演などでタレントとしても活躍し、特別監修・責任編集長として、メディアサイト「ウーテレ」「Qtty」では、広告宣伝ナシで2ヵ月最短“10万アクセス”を誇る。
次回作に「純喫茶関東刑務所前」、「童貞保護区域指定01号」、「屠殺場、地獄絵図ヲ描ク。」がある。

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遠藤憲一演じる、四肢のないまるでダルマのような男の、凄まじいまでの生の執念を描いた映画「木屋町DARUMA」(10月3日公開)は、電子書籍として販売されている小説を原作にしたもの(予告編)。

主人公は、京都の闇金融の取り立て屋。まさに体当たりで貸した金を取り立てていくその方法は目をそむけたくなるものだし、金を返せなかった者たちの堕ち方も惨い。
そんなだから、出版社からは出版できないと拒否されてしまった不遇の作品が、なぜかメジャー俳優・遠藤憲一を主役にして映画化。
原作者であり脚本も書いた・裏社会ライターと名乗る丸野裕行はどうやってそんな幸運をつかんだのか?

あんまり柄のいいイメージではなかったんですけどね


──まず、「裏社会ライター」という肩書きですが、そんなに裏社会に通じているんですか?(おそるおそる)
丸野 新宿のロフトプラスワンでよくトークライブをやっていて、その場では、真相が表で語られない盗みや殺人や裏取引、エロなど裏社会の話ですごく盛り上がるんですけど、放送できないものばかりで(苦笑)。いろいろなメジャーな番組に出ないか? というお話もいただきますが、内容が過激過ぎて、結局話せなかったりすることも多いんです。
──新宿ロフトプラスワンをはじめとして、東京にもよくお仕事で来られているんですね。お住まいは京都だそうで。
丸野 生まれは京都で、鹿児島にいたこともありますが、いま京都です。
──「忠臣蔵」の大石内蔵助が、討ち入りを前に潜んでいた場所。
丸野 そうです、そうです、大石神社がありますよ。山科は田舎なので、学生時代、木屋町まで出て来て遊んでいました。それでいつか、京都の木屋町を舞台にして何か作品を書きたいという思いを抱いていました。
──木屋町のどこが好きですか。
丸野 ぼくらが木屋町で遊んでいたころ、殺傷事件があったため、あんまり柄のいいイメージではなかったんですけどね。呼び込みもいっぱいいたし。いまでこそ交番がありますが、当時は、いま、映画館もやっている立誠小学校のそばに移動交番があって見張っていました。そんなカオスな街ですが、桜の季節だけちょっと違うんです。スカウトのおにいちゃんも呼び込みのおねえちゃんも、木屋町を根城にしているようなちょっと柄悪そうなひとたちも、観光客も、不思議とみんな一緒になって桜をずっと見上げていて。「今年もキレイだな」とか「今年は開花が早いんですか」とかそんな会話すら見知らぬ同士でするんです。そういうときの京都の一体感がなんだかよくて、木屋町を舞台に何か書いてみたいと思いました。
──もともと小説家志望だったのですか?
丸野 高校生のときに作家を目指して、北方謙三先生のハードボイルドが好きで読んでいたので、京都を舞台にしたバイオレンス小説のようなものを書きたいと思いました。
──高校時代から小説を書いていた?
丸野 小説を本格的に書いたのはもっとあとですが、全国作文コンクールで京都代表になって、それで大学に入れたんですよ(笑)。
──文才があったんですね。
丸野 わからないですけど(笑)

イッセー尾形の一人芝居なんかを


──ご両親なんかがそういう関係のお仕事を?
丸野 ないです、ないです全然。親父はサラリーマン、一級建築士です。
──ものづくりには関係ありそうですね。
丸野 芸術──主に映画はよく見せられていました。小説を読めともよく言われ、漫画から卒業するのも早かったです。
──いまどき漫画を読まないとは珍しい。
丸野 ファミコンをやらなくなったのもすごく早かったです。
──70年代生まれですから、漫画、ゲーム世代ですよね。
丸野 でも、ドラクエとかやったことないです。みんながドラクエ、ドラクエって夢中になっているとき、ぼくはイッセー尾形の一人芝居なんかを深夜放送やレンタルビデオで見てすごいなって思っていました。あと、北方先生の影響でバイオレンスにはまっていたので、東映Vシネマも好きでした。中学のとき、朝から晩まで、哀川翔さんや世良公則さんの出ている映画を繰り返し見ていて。そこに「木屋町DARUMA 」に出演してくれた遠藤憲一さんや寺島進さんも出ていたんですよね。まだおふたりともこれほどメジャーになる前で。撮影で京都にいらしていた寺島さんに飲みに連れていってもらったとき、長渕剛さんの「オルゴール」のパンフレットに寺島さんが載っていますよ、と言ったら「(そんな細かい出演作まで知っているなんて)おまえアホやろ」と笑われました。
──裏社会ライターになったのは、作家修業のため?
丸野 はい。大学中退しまして、やることないのでバーテンダーやホストなどいろいろやっていまして。
──全部木屋町で?
丸野 木屋町や祇園ですね。そのときふと目に入ったのが、角川書店のエンターテイメントNEXT賞。いままでにないジャンルのものを求めているというふれこみだったので、物は試しで応募してみたんです。拳銃が仕入れられなくなってしまった世界で、拳銃の密売人が4年に一度、改造ガンオリンピックを行うという話でした。一般人の魚屋さんが魚型に見せた改造ガンをつくってヤクザに納品して、ヤクザたちが魚型の銃をもって走りまわるんですよ。
──面白そうですね。
丸野 うちの電子書籍で販売していますよ。そういうのを書いて応募したら、角川書店の編集さんに呼ばれて、アイデアは面白いけれど、根本的な小説の書き方がわかっていないと言われて(笑)、しばらく文章修業させてもらいました。どれだけ基礎ができていても面白いものが書けないひとがいっぱいいるなかで、爆発力があるけれど文章力がないことは救いようがあるということでした。作文とは違うものですね(笑)。そのときぼくは20代で、あと10年修業をしたら芽が出ると励まされたので、やっていた仕事の経験を生かして裏社会系の本のライターになり、14年間やってきました。そして、ようやく掴めたチャンスが、いまなんです!(笑)

自分で電子書籍の会社をつくりました


──仕事と裏社会系の本はつながっているんですか。
丸野 小説を見てくださった編集者さんの紹介なんですよ。
──この14年、ずっと裏社会ライターなんですか?
丸野 それをやりつつ、広告代理店に入って、5年間、コピーライターとして求人広告をつくっていました。そのあと、WEB制作の会社でライターもやりました。そこは、広告代理店以上にターゲッティングを徹底的にするので、鍛えられましたよ。
──今回、ご自身の小説を映画化するにあたりプロデューサーもやっていらっしゃるうえで、そういう経験が役立っています?
丸野 自己満足ではなく、誰に向けてつくっているかしっかり考える点において、役に立っています。小説「木屋町DARUMA 」は紆余曲折あって7年も埋もれていたので、映画化にあたっては相当、戦略を考えました。
──7年も前に書いた?
丸野 はい。書き上げて、面倒を見てくれた編集者さんに見せたら、面白いけれど、四肢のないヤクザが主役では出版はできないと断られました。仕方なく、自費出版の会社にもっていったら、そこでもコンプライアンス的に無理でした。
──自費でもダメなんですか。
丸野 そこで、自分で電子書籍の会社をつくりました。それが3年前の2012年ですね。
──3年前までずっと出版しようと動いていた?
丸野 いろいろなひとに見せていました。その間、さきほど言ったターゲッティングの勉強もしたので、それをもとにブラッシュアップしたり加筆したりもしています。
──ターゲッティングとしては、どこを狙っているんですか?
丸野 映画ですか? 小説ですか?
──まず、小説は。
丸野 Vシネマファンですね。北方先生は歴史小説にいってしまわれたいま、ハードボイルド小説が少なくなっている気がするんですね。大沢在昌先生も最近はそんなに書いていないですし。そんなハードボイルド小説不足を、一時期はVシネマが埋めてくれていた気がしますが、それも最近減ってしまった。そこで、すかっとしたり、思いきり泣けたりという、単純な感情を引き出してもらえるものを求めているひとたちに向けて小説を書きたいと考えたんです。
──Vシネマのノベライズ的なものですかね。
丸野 不況になって、Vシネマをつくる予算がないらしいですが、小説だったら制作費が要らないですから。だから、レンタルビデオの感覚で電子書籍には300円という値段をつけました。300円で何回も繰り返し読めるので、好評をいただいています。
──読者はVシネマファンですか?
丸野 そういう方ももちろんいますし、なにより嬉しかったのは、障害者の方が読んで共感してくれるばかりか、元気になると言ってくれたことです。NHKの「バリバラ」みたいで、読んで勇気が出たって言われました。四肢のない主人公が、それでも生に執着するところに共感をもってくれたことが、ぼくはすごく嬉しかったです。
──障害のあるひととないひとを区別せずに、どちらにもふつうに接するという考え方ですね。
丸野 執筆活動をしている某障害者の方に原稿を送ったら、この本に関してはコメントできませんと断られましたが。じゃあ、帯に「イニシャルにしてコメント拒否」って書いていいですか? と訊いたらそれは困りますと言われました(笑)。
──さすが裏社会ライターだからなのか、ちょっとやそっとでは引き下がりませんね。

中間層は要らないです


丸野 ぼく、どこにでもガツガツ入っていくんで(笑)。売り物になるなら、ちょっと謝るくらい簡単にできますし、怒られるまで攻めていきます。怒られたら、あ、やめますって言えばいいので。WEB のいいところはすぐやめられるところですね。印刷物だと、一度出したら直すのも回収するのもおおごとになりますから(笑)
──映画のターゲットは?
丸野 昔のヤクザ映画を見て心踊らせていたひとたちがターゲットです。ほかに、古きよきヤクザ映画を知らない若い世代のひとたちにも見てもらいたい。中間層は要らないです。
──映画化に至った経緯は?
丸野 会社設立した2012年の年末に榊英雄監督と知り合いまして、FBでつながったのをきっかけにぼくのやっている電子書籍の会社の話をしたら、榊さんが「木屋町DARUMA」を買ってくれたんです。翌朝、「全部読んだ、めちゃくちゃ面白かった。書籍として世に出ないのだったら、映画にしちゃおうよ」と言ってくださって。「映画ってそんなすぐできるものなんですか?」と聞いたら、「できないね、なかなか(笑)。やる勇気があるかどうか。プロデューサーになって製作費を集めて、寝る間も惜しんでやる勇気が」「せっかく物書きをやってるんだったら、ちょっとくらい冒険しないと。何かを差し出さないと掴めるものも少ないよ」と挑発されて。「じゃあ、やります」と気軽に答えてしまったのが地獄のはじまりでした(笑)」

後編は、いよいよ、大変な映画制作のお話です。
(木俣冬)