なぜ人間だけが痔核に苦しむのか? shutterstock.com

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 痔核は人間特有の疾病だ。静脈弁を持たない直腸静脈叢が慢性的にうっ血した結果、静脈瘤(痔)が生じる。

 では、なぜ、直腸静脈叢には静脈弁がないのだろうか? 哺乳動物が"四足歩行"をするときの心臓と肛門の位置関係を考えれば、それはわかる。

ヒトがお尻を拭くことになったのは......

 四足歩行では、肛門は心臓より高い位置にあるため、静脈血は自然流下により心臓へと戻る。つまり、逆流防止のための静脈弁はいらないのである。事実、静脈弁を有する静脈は、四肢の静脈と肋間静脈・腰静脈のみ。"直立二足歩行"を始めたことで人間は、直腸静脈叢がうっ血する運命にさらされたまま、十分な「進化」を遂げられずにいるのだ。

 直立二足歩行を始めた人間は、大殿筋とともに骨盤底筋群が著しく発達した。肛門括約筋を含む小骨盤腔内の筋肉を発達させることで、腹腔内にある臓器をしっかりと支えているのだ。そのために、四つ足動物と異なる特殊事情が発生した。

 平田純一氏は著書『トイレットのなぜ? 日本の常識は世界の非常識』(講談社)で、次のように明快に説明する――。

 四つ足歩行の動物では、肛門を締めるための骨盤底筋はゆるくてよかった。排便時には直腸をお尻から突き出す、つまり、肛門をめくることができる。そのため、排便完了後に直腸が元に戻って、肛門に便が付着することはない。

 大殿筋や肛門括約筋を発達させざるを得なかった人間では、肛門は形よく突き出たお尻の奥に収まっており、直腸を外部に突き出すことができない(直腸脱は、括約筋のゆるむ高齢女性の病気だ)。そのため、排泄のたびに肛門に汚物が付着し、何らかの方法で拭きとらざるを得なくなったのである。

肛門を拭くのに「紙」を使うのは人類の約3分の1

 お尻を拭くのに紙を使うようになったのは最近のこと。世界的にみると、現在でも肛門を拭くのに紙を用いているのは全人口の3分の1程度であり、植物の葉、木片や砂の使用や直接の水洗いなど、さまざまな方法で行われているそうだ。

 日本で尻拭きに紙が使われだしたのは江戸末期といわれるが、貴重品の紙を使えるのはほんの一握りの人たちであった。昭和初期になっても、庶民は藁やフキ、クズ、トチ、シダ、ダイズ、サトイモなどの葉っぱで拭いていたという。フキ(蕗)の名はどうやら「拭き」に由来するらしい。

 考古学の分野では、籌木(ちゅうぎ)と称される「糞べら」が多数発掘される場所をトイレとみなすとのことだ。籌木は、明治時代まで全国あちこちで使われていたとされる。
 
汚れた指で、トイレットペーパーの"折り紙"はしないで!

 学生時代の感染症内科の講義で、「下痢便を拭くときに、便が指先につかないようにするには、紙を10枚重ねなければならない」と聞いたことが印象に残っている。

 いくら一生懸命にお尻を拭いても、所詮、完全に拭き取ることは不可能である。

 『トイレと付き合う方法学入門』(朝日文庫)の著者である鈴木了司先生による、寄生虫全盛時代の逸話がある――。ある産婦人科の医師が診察の合間に、ご婦人がたの蟯虫検査をした。例のセロハンテープ法である。

 産婦人科を受診する女性の多くは局部をきれいにしてくるはずなのに、蟯虫卵が3人に1人の割合で見つかったという。しかし、あまり強くこすると痔によくない.........。やはり、これからも「温水洗浄便座」の時代なのだろうか。

 同じく鈴木先生の言。トイレの使用後にトイレットペーパーを三角に折るご婦人方へのお願い。「どうか、汚れた指で"折り紙"はしないでください」


堤寛(つつみ・ゆたか)
藤田保健衛生大学医学部第一病理学教授。慶應義塾大学医学部卒、同大学大学院(病理系)修了。東海大学医学部に21年間在籍し、2001年から現職。「患者さんに顔のみえる病理医」をモットーに、病理の立場から積極的に情報を発信。患者会NPO法人ぴあサポートわかば会とともに、がん患者の自立を支援。趣味はオーボエ演奏、日本病理医フィルハーモニー(JPP)団長。著書に『病理医があかす タチのいいがん』(双葉社)、『病院でもらう病気で死ぬな』(角川新書)、『父たちの大東亜戦争』(幻冬舎ルネッサンス)、『完全病理学各論(全12巻)』(学際企画)など。