レオ・ペルッツ『第三の魔弾』(前川道介訳、白水Uブックス)。1,600円+税。カヴァー図版はフリーダ・カーロの夫ディエゴ・リベラの国立宮殿壁画「メキシコの歴史」。

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「オーストリアの山田風太郎」ことレオ・ペルッツのデビュー作『第三の魔弾』(1915、前川道介訳)が、白水Uブックスから復刊された。

この伝奇ロマンの舞台は大航海時代、16世紀前半のメキシコ中部、モンテスマ(モクテスマ2世、1466-1520)王治下末期のアステカ帝国だ。
スペインの新大陸征服者エルナン(フェルナンド)・コルテス(1485-1547)は、着々とアステカ攻略の陣を敷きつつあった。

濃いキャラてんこ盛り


コルテスの征服計画に絡んでくるのが、主人公である荒くれもの、〈ラインの暴れ伯爵〉ことフランツ・グルムバッハと、その異母兄弟で美貌のサディストであるメンドーサ公。
ふたりともカスティリャ王フェリペ1世(1478-1506)若き日の落とし胤、腹違いの私生児と言われている。
コルテス到着以前に、グルムバッハ伯爵らドイツ勢がアステカ帝国と友好的な関係を結んでいた、という設定がまずおもしろい。
陣営の対立の背後には、カトリックとプロテスタントの対立がある。モンテスマの死はポルトガル船の種子島到着のわずか23年前だ。

グルムバッハ伯、メンドーサ公、コルテスの3人だけでも充分にキャラが立っているところに、魅力全部盛りの脇役がびっしり書きこまれている。
百発百中の腕前を持つ狙撃兵ガルシア・ノバロ。
魔性の無垢を持つ原住民の美少女ダリラ。
アクの強い従僕メルヒオル・イェクライン。
コルテスの刑吏ペドロ・カルボナーロ(曲者です)。
メンドーサ公を追い慕う娼婦カタリーナ・フアレス、など。
これでもごく一部を紹介しただけだが、ひとりひとりを主人公にしてサイドストーリーが作れそうだ。

悪魔との契約と、呪いの発動


グルムバッハ伯爵が左目をカタに悪魔と契約して、ノバロの小銃をまんまと入手しおおせる場面から、中盤の山場が展開しはじめる。
この場面は、「魔物を出し抜く」パターンの民間伝承が現代小説に蘇ってきたかのようだ。暴れん坊伯爵がオデュッセウスのような奸智に長けたトリックスターであることがよくわかる。

ところがというべきか、案の定というべきか、ただでは済まない。済むわけがない。
ことのなりゆきから、狙撃兵ノバロにとばっちりがかかる。小銃の名器をグルムバッハに取られてしまったことの責任を追及され、絞首刑と決まった。刑台上のノバロは死の直前、グルムバッハに向けて呪いの言葉をかける。

〈「神の呪いを受けるがいい。それはお前に苛立ちと惨苦をもたらすだろう。一発目がお前の異教の国王に命中するように。二発目が地獄の女に。そして三発目が──」
そのとき刑吏が輪奈を首に巻きつけおえ、梯子から突き落とした。
〔…〕
吊された男の喉から笛を吹くような、窒息しかかった呻き声が、「それから、第──三発目は──お前──自身に」と言ったのだった〉

そういえば3という数字も、民話や神話でおなじみのマジックナンバーだった。

読者も呪われる!


物語にとって、呪いとはいわばホームランの予告だ。
読者は、それがどのように成就するかを確認したくて、途中で読みやめることができない。
つまり読者自身が、呪いにかかってしまうのだ。なんだか鈴木光司の『らせん』(角川ホラー文庫/Kindle)みたいな言い分だが。

ネタバレになるから詳しくは言えないが、三発の銃弾はきっちり自分の仕事をするけれど、同時に、読者の予想をちょっとずつかわしていく。
この、予想していた世界がくるっと反転したりずれたりする手際がほんとうにあざやかで、読者としては「え、いまなんの手品使ったの?」と思うわけですよ。

モンテスマ(モクテスマ2世)の時代


アステカ帝国滅亡というのは、旧大陸ヨーロッパの人たちにとって「世界」が急速に広がった時期を代表する事件だ。
コルテスなんて、ユーロ導入直前まで、スペインの紙幣にその姿が印刷されていたくらいなのだ。
アステカ帝国の滅亡は、いろんなアーティストを刺戟してきたみたいだ。

ペルッツに先立って、英国の冒険小説家ライダー・ハガードが『モンテズマの娘』(1893)を書いている。これ、創元推理文庫FTで復刊しないだろうか。

スペインの血を引く英国青年が、コルテス以前にアステカ帝国と友好関係を結んでいた、というもので、……あれ? ペルッツはこれに対抗して本書を書いたのか?
ペルッツにせよハガードにせよ、スペイン(コルテス)より先にうちがアステカと仲よくなっていたのに!という妄想が出発点になっているのがおもしろい。

幻のオペラ、発掘!


アステカ帝国滅亡から200年以上経って、協奏曲集『四季』でおなじみのヴィヴァルディは、モンテスマの人生から空想的なオペラ『モテズーマ』(1733)を書いた。
このオペラは、台本は残っていたが楽譜が行方不明の「幻の作品」として長らく有名だった。

オペラ初演からさらに250年近く経って、キューバの小説家で音楽理論家でもあるアレホ・カルペンティエルは、この「失われた」ヴィヴァルディ作品をフィーチャーした前衛的な歴史改変ファンタジー『バロック協奏曲』(1974)を書いた。

この作品のエンディングでは、18世紀初頭のイタリアにサッチモがツアーでやってきて、"I can’t Give you anything but Love, Baby"を演奏する。筒井康隆の「こちら一の谷」(『メタモルフォセス群島』所収)と「ジャズ大名」(『エロチック街道』所収。映画はこちら)を足したような無茶苦茶さ。

ところがヴィヴァルディの楽譜が2002年になって、キエフで発見された。これには驚いた。
歴史あるドイツの合唱団ジングアカデミーのコレクションが、第2次世界大戦終了時に旧ソ連軍によって管理されていたものが、改めて世に出たのだ。
こうして『モテズーマ』は2005年のロッテルダムを皮切りに、以降何度も上演されることとなった。王さま同様に、オペラも数奇な運命をたどったものだなー。

古書価格沸騰につき、とりあえず押さえとこう


第三の魔弾』の今回の復刊については、先月、ここ(同じ作者の『スウェーデンの騎士』レヴュー)で予告しておいた。
僕は1986年に出た同訳の国書刊行会《世界幻想文学大系》版(第3期第37巻)で読んだのだけど、いま調べて驚いた。この本はAmazonマーケットプレイス古書価格が24,000円にまで高騰しているではないか。
だとしたら、それが1,600円という15分の1の価格で買える今回の復刊は、干天の慈雨と呼ぶにふさわしい。とりあえず買い、でいいんじゃないでしょうか。
(千野帽子)