東シナ海ガス田開発の構造物(外務省ホームページより)

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 安倍政権は、参議院での安保法制審議を控えたこのタイミングで、なんとも姑息な手段を使ってきた。東シナ海のガス田開発で中国が新たに12基のプラットホームを新設していると発表したことだ。ご丁寧にも航空写真まで公表した。狙いはズバリ、危機感を煽ることだ。

 安保関連法案に対する国民の理解は一向に進んでいない。安倍晋三首相自身がニコ生や民放に生出演して説明すればするほど、法案の矛盾が露呈するというありさまだ。そこで手っ取り早く賛成派を増やすには"中国の脅威"を宣伝するしかないと考えたのだ。

 実際、発表したのは外務省だが、23日付の朝日新聞に、「官房長官から宿題を出されたので回答せざるを得ない」という外務省幹部の匿名コメントが紹介されていた。発表は、官邸の仕掛けだったというわけだ。

 案の定、ツイッターでは「共産党はこれでも安保法案反対というのか」「憲法9条信者はどうするつもりだ!」といった書き込みで盛り上がった。ヒゲの隊長こと衆議員議員の佐藤正久氏が〈この2年の間に倍増どころか4倍に急増。軍事利用化を止めないと〉とツイートすれば、東国原英夫氏も〈中国の一方的なガス田開発が明らかになった。レーダー設置等、明らかに軍拡の一環だろう〉と、煽りまくる。元航空幕僚長の田母神俊雄氏も〈安保法制に反対している野党の先生方はどのようにして我が国の国益を守ろうとしているのか〉と、水を得た魚のようなハシャギようだ。

 菅義偉官房長官は会見で、公表に踏み切った理由を「中国による一方的な現状変更に対する内外の関心が高まったから」と説明した。だが、"関心の高まる"きっかけは、右派ジャーナリストの櫻井よしこ氏が産経新聞のコラム「美しき勁き国へ」(7月6日)で、中国が12基のプラットホームを新設したと書いたことだ。その櫻井氏は、菅官房長官の発表を受けた23日付の産経新聞1面に、今度は〈軍事利用なら沖縄が射程内〉という大きな見出しのついた囲み記事を寄せている。

 最初に櫻井氏が産経に記事を書き、それを理由に政府が航空写真などを公表し、それを受けて櫻井氏が産経で中国の軍事的脅威を宣伝する。マッチポンプもいいところだろう。

 その記事の中身を読むとさらに驚く。〈一群のプラットホーム上にレーダーや水中音波探知機(ソナー)、弾道ミサイル発射措置などが備われば、(中略)沖縄、南西諸島すべてがその射程内に入ることが明確である〉。"弾道ミサイル発射装置"とは、いくらなんでも飛躍のし過ぎというものだ。

 頭を冷やしてよく考えてみて欲しい。確かに中国のこうした行為は日中関係にとって好ましくないし、政治的に挑発している部分はあるだろう。ただ、国際的に見ても違法行為ではないし、軍事的な脅威とはほとんど関係がない。

 まず、中国がプラットホームを建設しているのは「日中中間線」の西側に限られているということだ。東シナ海での排他的経済水域(EEZ)の分割線は日中で主張が異なり、定まっていない。「中間線」は日本が主張しているラインである(中国は大陸棚先端の沖縄トラフまでを主張している)。つまり、中国は日本側の主張を受け入れ、自国のEEZ内で活動しているに過ぎない。中国が中国のEEZ内で行っている"経済行為"を批判する理屈は、残念ながらない。

 領有権争いのある南シナ海で中国が岩礁を埋め立てていることとは、本質的に違うのだ。それをあたかも同列に扱っているのは安倍政権のプロパガンダにほかならない。

 次に軍事的脅威が増えるというのも、無理がある。脅威論は、中谷元防衛相が国会で「プラットホームにレーダーを配備する可能性があり、東シナ海における中国の監視、警戒能力が向上し、自衛隊の活動がこれまでより把握される可能性がある」と答弁したことが根拠になっている。だがこれは、とても軍事専門家のものとは思えない発言だ。

  というのも、レーダーやソナーはすでに装備され、日常的に使用されているからだ。海上自衛隊出身の軍事ライター・文谷数重氏は「東洋経済オンライン」(7月23日/「日本は、中国ガス田開発に対抗できない」)で次のように指摘している。

「レーダーやソナーは、すでに軍艦や航空機で使用されている。中間線日本側でも、琉球列島間の公海部分でも、レーダーやソナーを付けた中国軍艦や航空機は自由に行動している。逆に海自も大陸側で同様に行動している」

 つまり、レーダーやソナーがプラットホームに取り付けられても、今あるものが固定化されるだけのことなのだ(意味がないのでやらないと思うが)。

 また、文谷氏はこうも指摘している。

「そもそも、レーダーやソナーは大した脅威でもない。レーダーでは基本的に水平線までしか探知できない。艦船を監視できる範囲は50キロメートル程度の距離が限界である。また、ソナーにしても機械騒音等から、理想とは程遠い配置場所である。実際、米海軍SOSUS等の固定式ソナーについても、単独で静寂な海底に設置されている。そしてなにより、戦時には容易に破壊できる。この点で、あまり脅威にはならない」

 しかも、中谷氏の答弁を見ればわかる通り、中国側の動きはについては「配備する可能性がある」「把握される可能性がある」と、"あるかもしれないこと"を語っているに過ぎない。ましてや櫻井氏の"弾道ミサイル発射装置"に至っては妄想というほかはない。弾道ミサイルで日本を攻撃しようと思ったら中国本土からでも十分届く。わざわざあんな脆弱な海上の建造物に基地をつくることはあり得ない。

 当然、こんなことは軍事の専門家である防衛官僚はみんな知っている。21日の閣議で平成27年版の防衛白書が了承されたが、当初案では東シナ海での中国のガス田開発に関しては「施設建設や探査を行っている」との表現にとどまっていた。ところが、自民党国防部会で「表現が弱すぎる」「このままでは了承できない」とヤリ玉にあげられ、急遽、〈(中国が)新たな海洋プラットホームの建設作業などを進めている〉〈一方的な開発〉などの文言が付け加えられ、中国の脅威を強める記述になったことで、ようやく承認をとりつけた。

 小さい脅威を大きく見せつけ、法案を成立させようという魂胆が丸見えだ。

 新聞はどこも書いていないが、そもそも、あのガス田のプラットホームが軍事的脅威になるから、それに備えるために安保法制の整備を急げというのは論理的に破綻している。海上自衛隊はもう10年以上前からガス田周辺を重要な監視対象にしている。毎日、哨戒機を飛ばし、低空で写真撮影をするなど、嫌がらせに近い威嚇行為も行っている。そして、万一不穏な動きがあれば、すぐにでも対応できる態勢を整えている。これが専守防衛の真髄だ。

 ところが、一連の安保法案が通って、安倍首相が勝手に約束してきた新しい日米ガイドラインの運用が始まるとどうなるか。まず、最低でも自衛隊が南シナ海の監視任務の一部もしくは全部を任されることになるだろう。自衛隊はかつてはソ連の原子力潜水艦に備えるために110機の哨戒機を運用していたが、現在は73機(2014年時点)にまで減らしている。冷戦終結によって「日本周辺の潜在脅威は減った」という、防衛テクノクラートの冷静な判断があるからだ(安倍政権の主張と真逆である)。そうしたなかで、米軍の下請けとして南シナ海の監視を担うことになると、肝心のガス田周辺の警戒が手薄になるのは明白だ。

 アメリカの下請けをするため、日本の防衛が手薄になっていいのかという議論である。

 ヒトラーの参謀だったヘルマン・ゲーリングのあのあまりに有名な言葉を思い出してほしい。「戦争を望まない国民を政治指導者が望むようにするのは簡単です。国民に向かって、われわれは攻撃されかかっているのだと煽り、平和主義者に対しては愛国心が欠けていると非難すればよいのです」。安倍政権は、まさにこれを実践しているようにも見える。いずれにせよ、こんな稚拙で幼稚な詐術に、騙されてはいけないのだ。
(野尻民夫)