■第52回:レジェンド

史上最多優勝を誇る横綱は、
まさに「レジェンド」だが、
横綱自身が「レジェンド」と
呼ぶ存在は、他にいる。
その偉大なる人物たちについて
横綱が語る――。

 7月12日に初日を迎えた大相撲名古屋場所(7月場所)は、はや終盤戦を迎えています。

 私は10日目を終えて、9勝1敗。初日の宝富士(小結)戦、2日目の高安(前頭2枚目)戦は、1分を超える長い相撲となりましたが、3日目の栃ノ心(前頭筆頭)戦からは、徐々に本来の相撲の感覚が戻ってきた感じがしています。

 場所前には、例年のようにいくつかの部屋へと出稽古に行きました。大関・稀勢の里や高安のいる田子ノ浦部屋をはじめ、旭天鵬関(前頭11枚目)や魁聖(前頭3枚目)が所属する友綱部屋、さらに九重部屋にも出向いていきました。また、私の所属する宮城野部屋にも友綱部屋の力士たちが出稽古に来るなどして、さまざまなタイプの力士たちと稽古をこなすことができ、充実した日々を過ごすことができました。その成果が、だんだん出始めているのでしょう。

 ちなみに、宮城野部屋の名古屋宿舎は、緑区内のお寺にあります。そして、そのお寺の敷地の一部をお借りして、稽古土俵を作っています。つまり、屋外にあります。名古屋場所では、そうした稽古環境の部屋が多いですね。おかげで、どうしても日焼けをしてしまいます。土俵の周りをシートで覆っているため、いわゆる露天というわけではないのですが、私の肌もいい感じに小麦色になっています。テレビ中継などで気づかれた方もいるのではないでしょうか。

 さて、名古屋場所ですが、注目は何と言っても、新大関の照ノ富士です。身長191cm、体重178kgと、恵まれた体格の持ち主で、間垣部屋から現在の伊勢ヶ濱部屋に転籍してからは、横綱・日馬富士や安美錦関(前頭4枚目)らとともに猛稽古を繰り返してきました。その結果、大関昇進を果たしたわけですが、この照ノ富士は大関でとどまるような"器"ではありません。

 なにしろ、名古屋場所でも新大関のプレッシャーなど感じさせることなく、初日から6連勝。上々のスタートを切って、9日目には早くも勝ち越しを決めました。大関昇進後は、多忙な日々を過ごしていると伝え聞いていましたが、そんな疲れも一切見せることなく、土俵上で彼らしい相撲を取り続けています。末恐ろしい限りです。こうした、いい意味で図太い部分を備えているところも、その"上"を狙える要素なのだと思います。

 一方、ちょっと心配なのが、旭天鵬関です。かねてから「幕内から落ちたら、現役を引退する」と公言。名古屋場所では初日から4連敗を喫するなど、幕内残留を目指してのぎりぎりの戦いが続いているからです。聞くところによると、先場所から少し体調を崩しているというので、余計に心配が膨らみます。

 ただ、旭天鵬関は、そうした素振りを一切見せることはありません。名古屋入りしてからも、毎日必ず稽古場に出て、体を動かしているそうです。モンゴル人力士の第一期生として、また、40歳の現在まで相撲を取り続けてきた気持ちというのは、私などが思いも及ばないものがあると思います。必死な毎日だと察しますが、その姿勢には本当に頭が下がります。

 奇しくも4日目、私は旭天鵬関の通算勝利数(924勝※)の記録に並びました。それは自分にとって、とてもうれしいことでした。というのも、私がモンゴルで過ごしていた少年時代、テレビ画面を通して見ていたスターが、旭天鵬関だったからです。そういう意味では今、同じ土俵に上がっていることは、非常に感慨深く、また不思議な感覚でもありますね。
※名古屋場所10日目終了時点では、白鵬が通算929勝、旭天鵬は通算927勝。

 先日、一緒に食事をする機会があったのですが、その際も自らの体調の悪さなどまったく見せず、逆に私のほうが励まされてしまいました。いろいろな意味で「角界のレジェンド」と呼ばれるだけの存在だなぁ、と改めて痛感させられました。

 思えば、日本のスポーツ界には、他にも「レジェンド」と呼ばれる存在がたくさんいますね。プロ野球界で言えば、49歳の山本昌投手(中日ドラゴンズ)。サッカー界には、48歳の三浦知良選手(横浜FC)がいます。そして、テニス界のクルム伊達公子選手(44歳)や、ジャンプ界の葛西紀明選手(43歳)など、彼らはまさしく「レジェンド」ですね。

 また、先日のサッカー女子W杯で準優勝という立派な成績を収めた、なでしこジャパンの澤穂希選手(36歳/INAC神戸)も、間違いなく「レジェンド」の域にある選手だと思います。

 なでしこジャパンの奮闘ぶりは、私も時間の許す限り見ていました。澤選手は、以前のようにすべてのゲームにフル出場しているわけではありませんでしたが、「ここぞ!」というところでは存在感を発揮していましたよね。これまで、さまざまな修羅場をくぐり抜けてきたからこそ、成せる業なのでしょう。その姿を見て、私も大いに力をもらいました。

 澤選手とはかつて、一緒に食事したこともあります。とても気さくな方で話しやすく、非常に楽しい時間を過ごさせていただきました。言葉の端々に、さりげなく相手を思いやる優しさが感じられ、それはきっと、チームプレイの中で身につけたものなんだろうな、と思いました。

 来年には、またリオデジャネイロ五輪があります。大舞台で、澤選手が輝く姿を再び見たいものです。これからも、応援していきたいと思います。

 再び相撲の話に戻りますが、名古屋場所で私が目指すのは、もちろん優勝です。先場所は照ノ富士に7連覇を阻止されただけに、余計にそれに賭ける思いが強いです。新大関の壁になることが、横綱としての私の仕事だと思っていますし、必死に戦って、35回目の優勝を狙っていきます。

 おかげさまで、今場所も満員御礼が続いています。全国の相撲ファンの方々の声援に応えるためにも、残りの土俵を精一杯努めて、目標を達成したいと思います。

武田葉月●構成 text by Takeda Hazuki