吉本ばなな『おとなになるってどんなこと?』(ちくまプリマー新書)。装画=後藤朋美

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『おとなになるってどんなこと?』(ちくまプリマー新書)で、吉本ばななさんは8つの質問に答えている。

●おとなになるってどんなこと?
●勉強しなくちゃダメ?
●友だちって何?
●普通ってどういうこと?
●死んだらどうなるんだろう?
●年をとるのはいいこと?
●生きることに意味があるの?
●がんばるって何?

ばななさんの、〈初めて大人になったと思えた瞬間〉は、〈情けないことにそうとう遅く、中学生のときでした〉という。遅くないと思うが……(書名・章題では〈おとな〉だが本文中の表記は〈大人〉)。
それはどういうときに訪れたか。

思春期鬱の構造


本書によると、子ども時代のばななさんは、なかなか気苦労の多い、ストレスフルな性分だったらしい。中学時代には〈一種の鬱状態〉にあったという。これは相当につらい体験だったようだ。

〈親や周囲からしてみたら、心を開いて、なにに傷ついているか言ってくれればなんでもないのに、と思います。
でも、本人にとって、それはいちばん言えないことなのです。それを言ったら自分が終わってしまうくらいの重いことなのです〉

あるとき、腎臓まで悪くし、学校を休んで検査に行くことになった。
〈父と、かかりつけのその病院の婦長さんをしていた親戚同様のおばあちゃんがついてきてくれました〉。
ばななさんは不機嫌だった。なにしろ学校に行けず、点滴や採血をしたり、水を1リットルも飲んだりしなければならないのだ。
〈検査の日、私の心は朝から怒り狂っていました〉。

大人になったと思えた瞬間


ところが、検査が終わって、〈突然に病院の出口で私は悟ったのです〉。
〈私だけではない、このついてきたふたりにとっても、今日は自分のしたいことができる一日だった。
なのに、私のために廊下でずっと待ったり、いっしょに結果を聞いたり、立っていたりしてくれた。〔…〕
そんなことがいっぺんに丸ごとわかったのです。〔…〕
私は言葉では、その全部をずとんと感じたのです〉

このことの貴重さを、それこそ〈言葉ではなく〉、体で感知できるような視点を持つこと。それが「大人になる」ということなのだろう。
だとしたら僕なんかもっと遅かった。年齢的に「いい大人」になっても、この視点を持ってない時期が長かったなあ。

自分を全肯定する生きかた


ばななさんは言う。
〈辛いことは、その場ではほんとうに辛いし自分を深いところまでゆがめるけれど、あとで必ずなにかの土台になります。そう思って辛抱するしかないんです。ポジティブ思考でも立ち向かえないし、ないことにもできません〉

苦難は、いったん全部受け入れるしかない。そして、それは悪いことではない。

〈だからこそ、私は自殺しないでほしいと思うのです。
愛の貯金を人にも与え、自分が成長することを学ぶために、せっかく生まれてきたので、なくなった貯金をまたためていくには、生きているしかないんです。
しかもこの貯金のいいところは、与えることでも貯金がたまるということです〉

〈だから、自殺が近づいて来たなと思ったら、落ち着いて生活を整えてください。朝は決まった時間に起き、なるべくからだを動かし、眠れなくても早くふとんに入ってください。インターネットに費やす時間も制限し、淡白で良質なものを食べ、煩雑な人間関係やお酒とか性欲にはあまり近づかないで、貯金を取り戻すのです〉

じつは大人向けの本?


本書は、小中学生むけに書かれているように見える。
じっさい、多くの子どもたちにとって有用なことが書かれている。
いっぽうで、でも、これを読んでうなずけたり、気持ちが軽くなったりするのは、年齢的にある程度「大人」の人のほうかもしれない。

たとえば、

〈私は、その人の全ては見た目に表れると思っています(もちろん、見る方がしっかり見ることができる能力を持っていた場合ですが)。
だから、見た目から人を判断できる能力を磨くこともとても大切だと思います〉

これは、人生経験を積んだ人にとっては、「生きる知恵」を再確認するための文章だ。
また著者は、巻末インタヴュー「将来を考える」で、こう語っている。

〈ある程度の年齢になると人間は得意なことに逃げるようになるんです。そうすると得意なことがだめになっていきます。上手くいかないことを得意なことで解消するというサイクルに陥ってしまうと、得意なことが得意でなくなっていくし、楽しくなくなってしまいます〉

ここのところなんて、ある意味ビジネス書みたいだ。

いわゆる「インナーチャイルド」問題


子ども時代のサヴァイヴァル体験を、記憶の底のほうにほったらかしにしていると、いろいろと「しんどい」大人になってしまう。
大人は、子ども時代をサヴァイヴァルした自分を、いったん全部認めたほうがいいんだろうなー。

〈大人になるということは、つまりは、子どもの自分をちゃんと抱えながら、大人を生きるということです〉
〈子どものようなエネルギーの広がりを持って、大人の自由な決断をすることができたら……そんなふうにいつも願っています〉

「吉本」ばなな復活


ちなみに、吉本ばななさんは、ついこないだまで12年半、よしもとばななさんだった。
2002年の小説『王国』第1巻『アンドロメダ・ハイツ』(のち新潮文庫/Kindle)から、今年の春に出たエッセイ『小さな幸せ46こ』(中央公論新社)までの12年半、「よしもとばなな」だった。

だからこの『おとなになるってどんなこと?』は、筆名「吉本ばなな」の、13年ぶりの新刊でもあるのだ。
(千野帽子)