盛りあげよう!東京パラリンピック2020(31)

【陸上・高桑早生インタビュー Vol.3】

 現在、陸上競技女子100mT44(片下腿切断)クラスにて日本記録(13秒69)を持つ高桑早生選手。高校に入ってから始めた陸上競技で、気がつけば日本代表になっていたという。そして、大学2年で出場したロンドンパラリンピックでは、100m、200mで7位入賞という結果を残した。あれからまもなく3年が経ち、来年にはリオパラリンピック、2020年には東京パラリンピックが行なわれるが、そこに向けての目標や現在地について語ってもらった。

伊藤数子さん(以下、伊藤)高校で陸上を始めて、全部がいいタイミングで、いい方向に転がっていきましたね。

高桑早生選手(以下、高桑)そうなんですよね。本当に試合に恵まれています。高校1年生で出場した大分国体が終わってすぐに、翌年にアジアユースがあるっていう情報をタイミングよくキャッチできたんです。そのアジアユースっていうものを知ったときに、せっかくなら日本代表に選ばれたいって思って、そこから大慌てでいろんな準備をしました。代表に入るために必要な大会を調べて出場して、気がつけばユースの代表に決まっていました。

伊藤:迷う暇がないというか、導かれているような気がしますね。

高桑:そうですね、迷う暇はなかったです。次から次へといろんなことがやってきました。

伊藤:そうこうしているうちに日本代表にも選ばれて。でもそれは躊躇することなく、常に前向きに「試合に出よう」「準備をしよう」と決めてきたからこそですよね。

高桑:どちらかというと、どんな結果になろうと試合に出ることで、絶対に経験値になると思っていました。そこに、私の意思を尊重してチャレンジさせてくれた両親がいて、環境もすごく良かったんだと思います。1つタイミングがズレていたら、たぶん全部なかったと思います。

伊藤:確かにそうですね。やっぱり物事の決断は早い方ですか? 

高桑:そんなことはないです。よくこの話をすると「すごく決断ができる」って言われるんですけど、意外とそうでもなくて。それよりも、経験値が欲しいとか、場数を踏みたいっていう気持ちが強いと思います。

伊藤:『そこにあるならやっておきたい』というような?

高桑:そうです。試合に関しても、この試合に出ればきっと次があるって思えば、その試合がどんな結果であれ、駄目だったっていう収穫もあると思うんですよね。

伊藤:なるほど。では、こうして日本代表で活躍されて追われる立場になることで、意識する部分は変わってきましたか?

高桑:基本的には自分の目標が何かっていうところが大きいですね。競技をやっていけば、記録は伸びていくわけで、それに対して自分の目標もどんどん上がってきています。5年もやっていれば、今の自分がどこに目標を置けばいいのかも何となく分かってきて、それが自然と日本記録っていうところに結びついた感じが私はしています。シャカリキになって高い目標、日本記録っていうよりは、今自分に出せるタイムはこれぐらいだから、それが日本記録に近いんだな、という感じです。

伊藤:周りを意識するというより、対自分なんですね。

高桑:そうですね。私が日本記録を持つ前は、13秒98だったんですけど、自分は絶対13秒8は出せるって思っていて。別に日本記録を出そうって思っていたわけではなくて、自分が今出せるベストは13秒8だから、そこを目指そうって思っただけでした。私も、それが日本記録に近いとわかっていたので「日本記録目指します」って言ってましたけど、自分の考え方としては、自分のベストを目指してるイメージでした。

伊藤:今のお話を聞いてると、メンタルの強さを感じますけど、強いって言われませんか?

高桑:言われますけど、決してそうでもないんです。自分のことに必死なだけで。国内では下の世代がなかなか出てこないですけど、やはり世界に目を向けた時に、やっぱり選手は増えてきてるし年齢層も下がってきてる。そう思うと、自分も頑張らないとすぐに追い越されるって、最近やっと考えるようになってきました。

伊藤:世界を見据え始めたってことですね。

高桑:今年に入ったぐらいからそう感じ始めました。

伊藤:じゃあ、本当にごく最近なんですね。

高桑:最近ですね。

伊藤:世界を見始めると、自分にとってハードルの高いの記録を出せるようにしなきゃいけないとか、国内で試合をしていたときとはちょっと違う物差しで考えたりしませんか? 

高桑:まさに、そこを最近考えなきゃいけないなって思い始めたところです。今までだったら、自分のペースで階段を上っていけば、いずれ先頭集団にたどり着く。そんな遠い未来じゃなくて、結構すぐにたどり着くんじゃないかなって思ってたんです。そうしたらマイペースに無理せず記録を伸ばしていけると思っていました。ただ、海外を意識すると、そのペースだとすぐに追い越されるぐらい下からの勢いが来てるんじゃないかって、ここ数カ月の話なんですけど感じ始めました。じゃあ今度は、上に行くのも、そもそも現状を維持するだけでも大変なんじゃないかなって。自分が階段を上った分だけ周りも上ってるわけで。

伊藤:それを考えられる人は一握りのアスリートですね。世界と自分を比べられる人ってそんなにいないじゃないですか。

高桑:結構難しいですよね。それこそ国内にライバルらしいライバルがいないので、国内と海外のギャップがありすぎて。そこのモチベーションを保つのは、私もそんなに海外経験が多くないので、難しいなって感じますね。

伊藤:そこまで来た人が経験する試練なのでしょうか。

高桑:そうですね。もしかしたら今年は結構壁かなって。昨シーズンがわりと良かっただけに、余計に思ったりしますね。

伊藤:今、海外の選手の情報というのは、どういう形で集めたりするんですか?

高桑:世界ランキングにタイムが一緒に載るので、それで今シーズンの傾向が何となく分かるのと、基本的にはFacebookですね。各選手が記録を上げていたりとか、IPC(国際パラリンピック委員会)が記録を上げてくれていたり。あと、海外遠征に行っている陸連のスタッフが、動画や情報を上げてくれるので、意外とFacebookで情報を得ることが多いですね。

伊藤:そういう時代ですね。ビックリした(笑)

高桑:そうですね。意外とFacebookです(笑)

伊藤:アスリートの方で、ライバルの映像を見たくない人と、見て研究する人と、二つに分かれますけれども、高桑さんはどちらですか?

高桑:私は見たいです。単純に情報がまだまだ少ないので、海外の選手の走りとか、男子女子関係なく見ますね。この人どんな走りしてるんだろうとか、すごく気になるので。それに、参考になりますし、自分の走りとすり合わせて、今の方向性は間違ってないぞ、と思えたり、そうやって自分を励ましたりしてますね。

伊藤:なるほど。では、来年のリオ、20代の後半で来る東京パラリンピックまで、先は見据えているんですか?

高桑:はい、見てます。そんなに先読みをするのは得意じゃないので、どちらかというと、2020年で一回区切りをつけたいって思っているんです。競技を辞める辞めないは関係なく、とりあえず今2020年を目処(めど)に考えています。そこまでに何ができるか、そこまでに何をしなきゃいけないのか。そのためにこの1年はどこまでタイムを伸ばさなきゃいけなくて、どんなタイトルを取らなきゃいけなくてっていうのは、一応逆算しながら、その日、その1年の過ごし方を考えてます。

伊藤:そうですよね。毎年、目標やタイムはこのくらいっていうのを決めているんですね。現在の目標タイムを教えていただけますか?

高桑:別に秘密じゃないので大丈夫ですよ。13秒5っていうのがひとつのラインになってくるかなって思っています。そこさえ出れば何も怖いものなくリオに行けるかなと。ロンドンパラリンピックの優勝タイムが13秒2台なので、5を出せばメダル争いに食い込めるかなぐらいのタイムなので、今のところはそこを目指して頑張りたいなと思ってます。

【プロフィール】
■高桑早生(たかくわ さき)
1992年5月26日生まれ。埼玉県出身。エイベックス所属。小学6年生のときに左足に骨肉腫が見つかり、3度の手術を経て中学1年生で左足ひざ下を切断した。中学校ではソフトテニス部に所属。高校入学と同時に陸上部に入部したが、元々の身体能力を生かし、陸上を始めて1年弱で日本代表に選出された。慶応義塾大学に進学すると、20歳でロンドンパラリンピックに初出場。女子100m、200m(T44クラス)で7位入賞を果たした。2014年には上尾市陸上競技選手権夏季大会で、100m(T44クラス)13秒69の日本記録を出した。

■伊藤数子(いとう かずこ)
新潟県出身。NPO法人STANDの代表理事。2020年に向けて始動した「東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」では顧問を務めている。2003年、電動車椅子サッカーのインターネット中継を企画、実施。それをきっかけにしてパラスポーツと深く関わるようになった。現在、パラスポーツの競技大会のインターネット中継はもちろん、パラスポーツの楽しみ方や、魅力を伝えるウェブサイト「挑戦者たち」でも編集長として自らの考えや、選手たちの思いを発信している。また、スポーツイベントや体験会を行なうなど、精力的に活動の場を広げ、2012年には「ようこそ、障害者スポーツへ」(廣済堂出版)」を出版した。

文●スポルティーバ text by Sportiva