《小島信夫長篇集成》第1回配本第4巻『別れる理由I』(水声社)。解説=千石英世、解題=柿谷浩一、月報=勝又浩+大杉重男。9000円+税。全巻予約者は特典『小島信夫の世界』(仮題、非売品)をもらえる。

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《小島信夫長篇集成》全10巻(水声社)、というとんでもないシリーズが、ついに刊行開始となった(パンフレットはこちら)。
その第1回配本は、第4巻『別れる理由I』だ。

小島信夫ってどんな人?


小島信夫(1915-2006)といえば、まずはドライなトホホ感に溢れるドタバタ短篇小説「アメリカン・スクール」(新潮文庫/Kindle)で芥川賞を受賞し、「第三の新人」のひとりとして遠藤周作や庄野潤三、吉行淳之介、安岡章太郎、阿川弘之、曽野綾子らとともに注目された作家だ。

その後、新居の建造から妻の米国人との不倫と病死、という私小説的題材をあつかった長篇小説『抱擁家族』で谷崎賞を受賞した。

ついで、この『別れる理由』あたりから、前衛的というかメタフィクションというかたんにぶっ壊れてるんじゃないかというようなヘンテコな小説を延々と書き続けた。
彼はまた明治大学の英語教師を定年まで勤め上げつつ、英米文学者として翻訳も少々やりながら、併行して小説や俳句や劇や美術を論じるこれまた膨大な量の評論を書き、戯曲にも手を染め、一時は雑誌で人生相談欄まで担当していたという。

恐るべきタフさと、ゲラすらチェックしてないのではないかと言われる「戦略的ずさんさ」で、この作家は91歳で亡くなるまで現役でありつづけ、膨大な仕事量をこなした。
その問題作『別れる理由』(1982年刊)が、33年の時を超えて、あらたに刊行されることになった。33年前と同じ3分冊で。

なぜか主人公が馬になってしまう


『別れる理由』は月刊誌《群像》に12年半、150回、一度の休載もなく連載された。1981年に連載が終わったとき、400字詰原稿用紙にして4,000枚ぶんあったという。
最初から長篇だったのではなく、短篇を毎月連載する《町》というシリーズの1挿話(第10話)の予定だった。

それが1回で終わらず、どんどん膨れ上がっていって、4,000枚だ。どうかしている。
『世にも奇妙な物語』の1エピソードかと思って見はじめたら『サザエさん』になってしまったという感じだ。

序盤3分の1は、読みにくいなりにまだどうにかリアリズム小説のふりをしている。主人公は大学教授兼文筆家。その点は作者に似てる。
ところが中盤(『別れる理由II』)で〈夢くさい〉世界に突入し、登場人物たちが乱交しながら歌いまくるミュージカル場面が(雑誌連載で)何年も続く。『ファントム・オブ・パラダイス』とか『オール・ザット・ジャズ』みたいな、病んだ1970年代ミュージカル映画と同質のトチ狂ったデタラメさである。

その途中で主人公が馬になってしまう。理由はわからない。
しかもただの馬じゃなくて、ホメロスの叙事詩『イリアス』の、勇将アキレウスの戦車を牽く馬の1頭になってしまい、トロイア戦争勃発の原因について延々と論じ続けるのだ。

楽屋落ちが止まらない


ほんとうのデタラメはこのあとにやってくる。
第114章(『別れる理由III』)で、〈『別れる理由』の作者〉がいきなり読者に直接語りかけ始める。原稿が間に合わない、もうすぐ編集者が取りに来るだろう、などと言い始める。
そのあと、その〈作者〉のところに主人公が電話をかけてくる。そして、いろいろと作者にダメ出しをする。
ちなみに、作者と旧作の登場人物たちの往復書簡集という形式で書かれたジョン・バースの『レターズ』が刊行されたのは『別れる理由』連載中の1979年。同時代の作品だ。

さらに主人公は文壇パーティに潜入し、藤枝静男や柄谷行人といった実在の文学者たちと議論を交わす。これを〈作者〉が少し離れたところからこっそり見ている。
主人公も文学者たちも、『別れる理由』の話題をして、しかも自分たちがその作中人物であることを自覚している。そして、連載終わらないねーとか、先月のあれはアレだったなーとか、『別れる理由』が終わらないうちはこのパーティから帰れないのかなーとか、呑気なことを言っている。楽屋落ちが止まらない。

江口寿史「POCKY」やTV版『エヴァ』に匹敵するコンテンツ事故


1983年、江口寿史は《週刊少年ジャンプ》のために「POCKY」という短篇漫画を描くが、例によって作画が間に合わなかった。ジャンプ編集部は、途中までしかペン入れが終わっていない漫画をそのまま掲載してしまう。

1996年、GAINAXの連続TVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』最終2話は、放送時間のけっこうな部分がシンプルなパラパラ漫画みたいな線画で埋められていた。ストーリーも主人公の内面で登場人物たちが対話するだけ、といった体のものだった。

『別れる理由』の終盤(1978-1981)もまた、そういう「コンテンツ事故」の例である。
 ジャンプや地上波TVと違って、当時の純文学雑誌は、114章からさらに3年間も、『別れる理由』の連載を許し、作者も書き続けた。つまり事故現場は3年間ほったらかしのまま、経過観察されたのだ。

間違っても「大傑作」ではない


水声社の《小島信夫評論集成》第1回配本(最終巻)『漱石を読む』も、《小島信夫短篇集成》第1回配本(最終巻)『暮坂 こよなく愛した』も、なぜか僕が解説を書いた。

今回の《長篇集成》も『別れる理由』の第3分冊(第3回配本。9月刊行予定)の解説は僕が書いている。「POCKY」『エヴァ』を引き合いに出したのもそこだ。

小島信夫には愛好者が多い。それも文学の「通」みたいな人にかぎって、小島信夫を褒める。
『別れる理由』はしばしば、果敢な文学的実験とされる。
僕は小島信夫が書くものがとにかく大好きだ。だけど、いわゆる「愛好者」かどうかはわからない。そもそも僕が文学の「通」でないことは確かだ。
だから、自分の立場からはっきり言う。
これは事故だ。「傑作」などと強弁はしない。

事故は事故だが、ある意味奇蹟のような


ただ、当時の文芸誌が、その事故をそのまま事故であり続けさせた。これはひとつの奇蹟だと思う。
114章から数えて3年、その前の乱交ミュージカルからなら6年以上、このデタラメをデタラメのまま毎月抱えこんで、月刊誌が発売されていたのだ。

その結果、どんな作者が書こうとしても、どんな編集者が書かせようとしても、まずできない、ものすごい小説ができあがってしまった。やっぱりこれ、おもしろさを期待せずに読んでると、妙におもしろいのだ。
だから、完結から20年以上を経た2005年には、坪内祐三さんがこれ1作だけを論じ倒す『『別れる理由』が気になって』という批評を刊行したくらいだ。

『別れる理由』は、今回の(史上通算2度目の)単行本化を逃したら、もう二度と紙の単行本にはならないだろう。悪いことは言わないからチェックしてみてほしい。
(千野帽子)