「ポットスチル」という蒸溜釜

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 NHK朝ドラ『マッサン』の影響でヒートアップしているウイスキーブーム。それは蒸溜所の見学ツアー人気にもつながっているという。

 中でも、「サントリー山崎蒸溜所」の予約は3か月先までぎっしり。昨年は年間12万7千人が押しかけ、外国人は約1割を占める。いったいこの施設の何がここまで人を惹きつけるのだろうか。作家の山下柚実氏が現場を訪ねた。

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 サントリー山崎蒸溜所は京都の南西、天王山の麓にある。とは言っても、京都駅からJRで15分というアクセスの良さ。緑輝く山裾の敷地に一歩踏み入ると、芳しい香りが漂ってきた。

「フル生産中なので特によく薫るんだと思いますよ」と同社ウイスキー戦略部・佐々木太一氏(43)は言う。そう、ここはウイスキーの父・サントリー創業者の鳥井信治郎が日本で初めてウイスキーを製造した、「原点」だ。でもなぜ、山崎なのか?

「緑が多く良質な水に恵まれています。この水は万葉集に詠われ、近くには利休もお茶を点てたと言われる茶室『待庵』が残っています。さらに湿度が高く霧が発生しやすい環境がある。つまり日本らしいウイスキーが生まれる好条件が揃っています」

 見学ツアーは予約制。仕込み、発酵、蒸溜、貯蔵、テイスティングといった過程を体感できる。

 大きな釜に思わず目を奪われるのが「蒸溜」工程。むうっとしたサウナのような熱さ、甘酸っぱい穀類の匂い。大麦と水を発酵させた液体を、漏斗を逆さにしたような「ポットスチル」という巨大な釜で熱し蒸溜している最中だ。無色透明の液体が泉のように噴出してくる。

 これぞ生まれたての酒、「ニューポット」。樽に詰めて熟成させればウイスキーになる。というプロセスを説明看板や模型展示で理解するのとは違い、今まさに生産現場にいる、という臨場感。

「ポットスチルの形や大きさによって、風味や飲み口の重さ軽さが変化します。いろいろな形状の釜が並ぶこと自体が、世界的に珍しいのです」

 ほの暗くシンと静まり返った貯蔵庫には、樽が積み上げられていた。「マッサン」で描かれた創業時に使われていたという「最初の樽」もあった。ジャパニーズウイスキーの人気は今や絶好調。さぞかしメーカーは浮かれているだろうと思いきや、佐々木氏は意外にも厳しい顔。

「在庫管理の苦労が尽きません。十年以上熟成して時間が風味をつくり出す。その一方で、時間は壁にもなります。たとえ今人気でも、原酒の量が限られていますから簡単には増産できないのです」

 考えてみれば、今国際的に評価されている「山崎」「響」「白州」の原酒は全て10〜20年前に仕込んだもの。20年前といえば「ウイスキーの売り上げがどんどん落ち込んでいた時期」と聞いて、驚いた。

「売り上げのピークは1983年。以後、2008年まで右肩下がりに落ち込みました。それでも投資をやめず質の高い原酒を仕込み続けて今、やっと花開いているのです」

 一番苦しい時に、一番おいしい酒を仕込むことができた。それがサントリーのDNAだったのだ。

「単なるビジネスを超えて、本気とロマンがなければウイスキーづくりはできない。それが私たちの誇りです」

※SAPIO2015年8月号