ネット同人音楽即売会「APOLLO」座談会 ランキング偏重時代の救世主なるか?

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「APOLLO」は、2014年11月、ネット上での同人音楽即売会という史上初の試みとして、3日間にわたって開催された。
主催は、イラストSNS「pixiv」と、同人音楽サークルのデモ音源をまとめて試聴できるサービス「同人音楽超まとめ」。
同人音楽の新たな交流や発掘の場としての機能を期待され、初回にも関わらず600を超える同人サークルが参加し、期間中、延べ数十万人が「APOLLO」にアクセスした。
しかし、開催中に「人のアカウントに意図せずログインされ、商品を購入できる」といった個人情報漏洩問題が発生し、ネット上で炎上。
今回、その再起を図る第二回の開催に向けて、「同人音楽超まとめ」の主宰に、その胸中をうかがった。また、ゲストとして、この5月に「同人音楽超まとめ」が公開したAPIを連携させた音楽サービスを開発した方々を招き、同人音楽のこれからについてお話いただいた。
※APIは、ソフトウェアの機能やデータのやり取りのための仕様のことで、これを公開すると、外部のサービスやソフトウェアが提供された機能を自由に利用することができるというもの
同人音楽サークル所属で同人サービス主宰者が集結
──まずは、簡単に自己紹介していただけますか?
AnitaSun 「同人音楽超まとめ」を運営しているAnitaSunです。Bitplaneという名前で音楽サークル活動もやっています。pixivさんと組んで、史上初のネット上での同人音楽即売会「APOLLO(アポロ)」を主催している者でもあります。
まつらい まつらいと申します。今年の春の同人音楽即売会「M3」で初めて「M3Viewer」というものをつくりました。これは、Twitterで自分がフォローしている人がM3に出展していれば一目でわかる、というものです。同じ仕様で「ボーマス」(THE VOC@LOiD M@STER)用の「Vocaloid Master Viewer」もリリースしています。
AnitaSun 「超まとめ」は知らないものを探してもらうサービスですが、「M3Viewer」も「Vocaloid Master Viewer」も、知人、もしくは追っかけているアーティストが数十人とかに膨れ上がった時に、Twitter経由でイベントに参加しているか可視化できるというものですよね。
まつらい 知っている人が出ているかどうかがぱっと見でわかるというのは結構ありがたいなと。単に自分がほしいと思ったのが始まりでした。
同人音楽活動もしていて、「Falconnect」というボカロの同人音楽サークルで映像制作もやっています。
【ニコニコ動画】【初音ミク】ナキムシヒーロー【オリジナルPV】
AnitaSun ボカロ始めてまだ1年くらいなんですよね? それで既に3万再生もいっているなんて…!
まつらい 大学で友だちと一緒にボカロをやろうという話になって、今は動画とWebサイトをつくっています。曲の方もそのうち提供するつもりです!
AnitaSun 2013年頃から、かつて100万再生をした方々が、最近はアクセス傾向の変化から15万再生も容易ではない状況の中で、年末からで3万再生というのは、新参としては結構な数字ですよ。
まつらい 高校生の時に、僕ともう一人のギター好きとで始めた著作権フリーの音楽を公開する「eutoria」というサイトもやっています。いつから更新していないんだって感じですが(笑)。全部クリエイティブ・コモンズの元に公開しています。2011年秋に初めて「M3」に参加したのもその音楽でした。
僕は前回開催の時点ではサークルをやっていなかったので、今回は「APOLLO」に参加して新作を出したいけど間に合うかな…? と思っています(笑)。
AnitaSun 嬉しいですねーぜひ!
efufp(以下「えふ」) 僕はefufp(えふ)と申します。「同人音楽DEMOプレイヤー」という名前の、同人音楽専用の試聴音源プレイヤーをiOSで開発しました。私も、単に自分がほしかったというのが始まりです。
日常的に同人音楽を聞くんですけれども、作業している時に音楽がほしい時に、毎回YouTubeやSoundCloudから作業用BGMを探す作業というのがバカらしくなって。
AnitaSun わかります(笑)! 作業用BGMを探す作業って面倒ですよね…。
えふ それで、簡単に集められるプレイヤーがあればいいなと。しかもイベント毎に収集できたら便利だろうと思って、本業がアプリ開発なので自分でつくりました。
──ご自身は音楽活動はされているんですか?
えふ 中学生頃から同人音楽サークルの中で音楽をつくっていて、大学生になって自分で「Floresta Prateada」というサークルをつくって、その活動は今も続いています。最近全然HPとか更新できていませんが…。
情報漏洩が起きた「APOLLO」第1回目を振り返る
──同人音楽の中での大きな話題の一つとして「APOLLO」の2回目の開催が発表されましたよね。
AnitaSun 11月末の開催に向けて、現在もpixivさんと一緒に進めています。
──前回、個人情報漏洩問題がありましたが?
AnitaSun はい。「何ということが起こってしまったんだ」という驚愕の事態でした。
pixivさん側が正式な発表を行っておりますが、発生原因は、サーバ負荷を削減するために行ったキャッシュの設定に誤りがあったためだったそうです。
その結果、別のユーザーのアカウントにログインできるという不具合が起き、他人のクレジットで買い物をしてしまうという状態が起きてしまいました。
※参照 http://www.pixiv.net/info.php?id=3030
──ミスが起きてしまったそもそもの要因についてはどう考えてらっしゃいますか?
AnitaSun セキュリティの問題ではなく、完全に体制の問題でした。とにかく熱意だけを先行させてしまい、開発が追いつかず、きちんとした体制を整えられていなかったにも関わらず、全く予想以上のアクセスをいただきました。これ自体は非常に喜ばしいことなのですが、結果としてその分のひずみが運用上に生まれてしまったということです。
その後の対応として、障害発生期間中の決済をキャンセルおよび返金し、別途補償も行いました。
──当時、どういった反応が起こりましたか?
AnitaSun 大きな障害でしたので、やはり相当な騒動にはなりました。失敗は失敗として認め、きちんと謝罪して正すしかないと思います。通常ですと、このまま大炎上してサービスごと立ち消えになることがほとんどかと思います。しかしながら、実は同人音楽界隈の沢山の方から「この失敗でネットでの同人音楽販売が萎縮しては困る」という声が寄せられました。
このまま苦い思い出だけを残して止めるわけにはいかないという思いを強くし、応援してくれる声に後押しされて、2回目の開催を決めました。pixivさんにも、私から「こういうことが起こったからこそ、もう一度やってほしい」とお願いしました。
今回の「APOLLO」は前回とどう変わったのか?
「APOLLO」第2回のメインビジュアル
えふ 前回の開催に対する手応えとしてはどうだったんですか?
AnitaSun 初回から注目度が高くて、何十万人というユーザーが参加してくれました。これは、1万人程度の動員の「M3」と比べると10倍以上の数字です。
にも関わらず、売り上げ的には通常の同人音楽即売会には届きませんでした。そもそも、リアルよりもネットでの購入の方が実は手軽だけど購入欲求を換気し辛いのだと痛切しました。
やはり、サイト内の回遊の仕組み、SNSへの自然な拡散の仕組みなど、つくり込み切れなかった部分が多々ありました。正直、課題は多いと思っていますが、やはり、構想はあっても開発が全く追い付かなかったのが一番大きかったと考えています。
──イベントとして、前回と今回ではどういった部分が異なるのでしょうか?
AnitaSun 前回、初めての試みのため、目標として300サークル参加を掲げていたんですが、実際には800サークルからの応募をいただき、実際に作品を出展したのは600サークル強でした。
それは大変にありがたいことであると同時に、その規模の参加数を想定していないデザインや設計だったこともあって、最適なつくりにはなっていなくて、その結果、「600サークルなんて回れない」ということが起きてしまった。
「APOLLO」開催は、アーティストの発掘が目的だったのに、これでは本末転倒だろうと。それで、今回はちゃんと参加者が全サークルを回りやすいような機能を強化します。
まつらい 具体的にはどんな機能を実装されているんですか?
AnitaSun 検索機能やサークル一覧リストは当たり前として、新作や絶版の再販で絞り込みできるフィルタ機能なども付加します。
また、サークルスペース番号を付けて、かつ同人音楽即売会の実態に即したサークルジャンル分けをし、各ジャンル毎に「全部視聴する」ことが現実的な手間の範囲で行えるようにします。
また、30分ずつというように時間を区切って、画面の最上部に全てのサークルが交代交代で表示されるようにもなりますので、より「すべてのサークル作品を目立たせ、視聴されるようにする」ように調整します。
さらに、どこまで回遊したかをCookieに保存しますので、ウィンドウを閉じても「さっきまで回ったところから」回遊し直せるほか、外部URLから「APOLLO」上の各アルバムに直接飛んだ際に、アルバム表示順が入れ替わってしまっていた点も解決します。
今回は、企業出展もOKということにしました。前回は禁止にしていたんですが、例えばVoltage of Imaginationさんのような、同人サークルとしても音楽作品をリリースしている企業さんは、出展できるように参加資格を変更します。
また、「APOLLO」内だけではなく、外へのチャンネルもどんどん開いていこうと。登録作品の試聴が開催前の時点で順次可能な状態にするなど、開催中のTwitterのタイムラインをもっと盛り上げたいですね。
やっぱりTwitterをはじめとしたSNS上で同人音楽の外側の人にも盛り上がりや熱気が伝わるように「イベント感」を大事にしていきたい。
本当は、前回も、楽曲登録してもらったら開催前でも会場、というかサイトを回遊できるようにしたかったんです。そうすると、開催前にどんなサークルのどの新譜がでるか可視化されるし、サークル入場的な、より即売会っぽくなるかなと。
ネット上でいかにライブ感を演出するか
前回の「APOLLO」
えふ 即売会っぽさ、イベント感は大事ですね。僕は前回出展していたんですが、やっぱりライブ感が足りなかったと思いました。
例えば普通、即売会では、それまでは知らなかったけどすごい行列が出来ていたりブースが盛り上がっていたりするのを見て興味を持つという出会い方があります。「APOLLO」でも、今このサークルを視聴している人はこれくらいいる、みたいな盛り上がりが可視化されれば、「イベント感」みたいなものは出てくるんじゃないかなと。
まつらい 即売会として考えたら、せっかく日時を区切って出すならこの時間には出展者本人がいるみたいな、同期性を出してコミュニケーションの活性化を図れるといいですよね。
やっぱりネットでの開催は敷居の低さや手軽さが強みですが、逆に、ただネットに持ってくるだけではリアルでのライブ感には届いてないと思いました。
即売会って、その作品を購入するという意味だけではなく、やっぱり本人に対面でお金を渡すという行為そのものに付加価値があるじゃないですか。それは皆さん同意するところだと思いますが、ネット上だとその楽しさがないですよね。そこは工夫する必要があるのかなと。
AnitaSun それはおっしゃる通りです。そして今日なんと、まつらいさんが他にも「APOLLO」への具体的な要望をパワポでまとめてきてくださいました……!
まつらい 例えば、匿名で質問できるAsk.fmやザ・インタビューズのような匿名で話せる機能はほしいと思いました。ネット上だと情報に溢れすぎているけど、現実的に同人音楽即売会なんて、お客さんがきても知り合いじゃない限り、基本的には匿名じゃないですか。だから、ネットでもあえて匿名にするとかもいいかなと。
AnitaSun 実は以前よりまつらいさんからQAインタビュー機能のアイデアをいただきまして、実装することを決定いたしました!
まつらい あとは、プレイリスト機能ですね。やっぱり、友人知人や信頼できる第3者の情報こそ影響を与えやすいからです。
だから、そういう人とつながっているTwitter上で、誰かのRTがきっかけで音楽を掘るということが増えているように思います。信頼できる知人がオススメしているだけで聴いてみたくなるものです(笑)。
AnitaSun さっきえふさんもHPを更新しなくなったというお話がありましたが、それはみんな同じですよね。Twitterが出来てから主な情報の場がそっちに移っていったからですよね。
まつらい 僕も、毎日上がるボーカロイドの新曲を聴き続けているような、いわゆる聴き専の人をTwitterでフォローしていて、その人が教えてくれるプレイリストをよく聴いています。「APOLLO」も、「この人のオススメだから聞く!」とか「特定ジャンルをまとめているプレイリストだから聞く!」みたいな新しい探し方も生まれるのではないでしょうか。
また、Twitter Cardsを利用して、表示されているCDジャケットをクリックするとそのまま視聴できるようにするといったアイデアもあります。
AnitaSun それは素晴らしいですね! 早速検討させていただきます。
「APOLLO」から大手サークル、ヒット作が生まれてほしい
──建設的な提案がいくつも出ていますが、そもそも「APOLLO」として第2回目の成功の定義は何でしょうか?
AnitaSun そもそも前回の600サークルという参加数は、M3でもコミケでも同人音楽ジャンルが1000サークル程度だということを踏まえると、初回にしてその過半数を超える驚異的な数字なんです。
「M3 2014春」 撮影:cube Tanaka
ただ、前回は、初回だということもあって、サークルさんにとってもお試しという意味合いが大きかったはずだと予想しています。今回はああいう事故もあったことも考えると、2回目も継続的に参加してくれるサークルは、前回の半分の300サークル登録されたら大成功だと思っています。
また、既に話題にも上ったように、今回、売れる売れないは別にして、どれだけSNSで盛り上がるかというのが、一つの指標だと思っています。そこが成功すれば「イベント感」は創出されるだろうし、逆に売れても外への広がりがなければ成功とは言えない。
当初から言っていた通り、「APOLLO」の目標は「大手サークル、ヒット作が生まれてほしい」というものです。それは数回の開催で成し遂げられるものではなく、最終ゴールとして見据えているものですが。
──それをどのように成し遂げるかについて、何かお考えはありますか?
AnitaSun ネットならではの利点をちゃんと機能させれば、それも夢ではないはずです。例えばリアル即売会だと、サークルの方の目の前で視聴したのに買わないって、結構勇気がいるものなんですよね(笑)。だから気軽に視聴し辛い。
けれど、ネットあれば、対面ではないということの良い作用として、気軽に視聴してスルーもできるし購入もできるという側面もあります。ある意味シビアですが、インターネットというメディアの特性として、極限まで購入者側の敷居を下げることで、今まで見つけられなかったアーティストを気軽に見つけられるようにできると思っています。
ちゃんと隠し玉も用意してます! 今回、東方(Project)のダウンロード販売の許諾をZUNさんから正式にいただくことができました。
我々からコンタクトをとり、「『APOLLO』は同人音楽即売会なので、問題ない。各々即売会のルールに従い、DL販売も行ってほしい」という趣旨の承諾を得ることができました。
同人の場合、作者がCDの原盤を保有しているケースはほとんどなく、再販する場合、基本的には原盤から刷り直さないといけないんです。ただし、プレスやキャラメル包装を行っているような作品は、最低ロット数を上回って刷らないといけない。だから結局再販に踏み出せない、という側面がある。けれど、DLなら何枚からでも販売できますよね。つまり、今回で言えば、過去に支持を集めていた東方プロジェクトの二次創作音楽を、「APOLLO」限定でダウンロード再販いただける、そしてそのような作品を知る古いファンがやってくる中で、新しいサークルの新しい作品も頒布されるということです。
「超まとめ」API公開が生んだ広がり
──「未知の作品の発掘」という目標は、「同人音楽超まとめ」でも同様に掲げられていたかと思います。今回、ゲストのお2人は「同人音楽超まとめ」のAPI連携をされていましたが、連携したアプリ・サービスの話もうかがえますか?
えふ 「同人音楽超まとめ」はブラウザベースだから、PCに張り付いていないといけない。でも、音楽視聴って移動時間にするものだから、やっぱりアプリが最適だと思っていたので、自分は「同人音楽DEMOプレイヤー」をつくることにしたんです。
「同人音楽超まとめ」と連携した「同人音楽DEMOプレイヤー」
YouTubeやSoundCloudなどは検索条件を設定してヒットした曲を自動的に持ってくるという風にしているんですが、どうしてもノイズが入ってしまう。だから、実は内心ずっと「超まとめ」さんはAPIを公開してくれないかなと思っていたので、実際に公開されてこれ幸いと連携させていただきました。
まつらい 僕も、APIが公開されたので、すぐに「M3Viewer」と「超まとめ」を連動させてもらいました。
「M3Viewer」
AnitaSun そもそも「超まとめ」のAPIなんて誰も必要ないだろうと思っていたので、最初は公開する気は全然なかった。でもつくろうと思えば一瞬でつくれるものだったんですね。
そんな時、友人から連絡があってiPhoneアプリをつくりたいからAPIを公開してくれと頼まれて。それで、30分後にはAPIを用意して公開したところ、ものの数時間でデモをつくってくれたのがお2人だったんです。
しかも、どちらも「同人音楽超まとめ」が目指している方向性と合致してまして、「これはすごいことになったぞ」と。
「同人音楽超まとめ」の視聴ページ
ほしいのに存在しなければ、自分でつくればいい!
えふ もともとの話で言うと、同人音楽という分野だけに絞り込んで音楽を聞くっていうようなプレイヤーのアプリは私が調べた限りでは見つからなかったんです。
でも、やろうと思えば色んなプレイヤーや検索のアプリをつくれるなと。これがあったならば私が使いたいというだけですけれども、みんな使ってくれたりするんじゃないかと考えたところから始まったんですよね。
まつらい 僕が「M3Viewer」をつくった目的は、一緒にサークルをやってるハヤブサPくんの挨拶回りを応援したいというのが最初ですね。
「M3」とかで何をするかというと自分の知り合いのところに行くじゃないですか。でも、M3に出ていても把握できていなくて挨拶に行けないこともあって。じゃあ自分がフォローしている人が全部一括でわかったら挨拶回りしやすいよね、というのが一番初めの構想でした。
いくらTwitterでフォローしていても、それを自分でさかのぼってまとめ直すというのはとても面倒くさい作業だと思うので、それが一括で出来るようにしようというのが目的ですね。
AnitaSun 僕も、自分がほしいけどなかったからつくったという意味では、同じようなものです。
同人音楽を探す時、昔だったら同人音楽について特集してるサイトみたいなものっていっぱいあったんですよ。「制作のしおり」さんですとか。もしくはデモ曲をいっぱい集めた数枚組のCDとかが定期的にリリースされた。
それが結局のところTwitterが出てきてから、一気に個人のWebへのアクセスが減ってしまった。かと言って、Twitterだけ見てたって結局流れていくから全然ストックされないじゃないですか。でも、そもそも同人に限らず日本の音楽業界には、毎週新しいオリコンTOP30まで聞き続けられるサイトなんてないんですよね。
中高生に「今週のオリコンTOP20の曲を挙げられる?」と聞いても答えられない。彼らにとっては、ボカロが投稿されているニコ動やYouTubeの方が身近で、そのランキングに上がっている曲が偉いんですよ。
でも、同人音楽にはネット上の器がない。だから、同人音楽と言えばここをチェックすればいいくらいの集約的な意味を込めて「超まとめ」をつくったんです。
背景の情報が薄れた音楽に必要とされるのは、作家との関係性?
AnitaSun 昔は、CDだけじゃなくて色んな文章がたくさん書かれたブックレットがありましたよね。例えばDEEP PURPLEのアルバムには、このシーンから影響を受けてあのシーンに影響を与えているとか、実はバッハを聞いていたとか。かと思えばメタリカのあいつがどういうことを言っていて、だからこのアルバムは重要なんだ、さぁ音楽を聴け! みたいな情報がちゃんと明示されていました。
今は、パッケージとしても配信に移ったり、ブックレットがあったとしても写真だけ載っているだけみたいなものが主流です。つまり、音楽に対する付帯情報が失われてしまったんですよね。それは音楽雑誌の力が失われてしまったことともリンクしている。
特に同人音楽には、これまでも付帯情報というものはほとんど存在しなかった。「誰々P」みたいに検索してもニコニコ大百科くらいしかない。あの短い記事が全てで、音楽を楽しむための情報がそれしかないという、小説やアニメ、映画と大違いな状況です。
アニメなんて膨大な情報があって、むしろ感想サイトやWikipedia、掲示板を見る方が面白かったりする。それも含めてのコンテンツを楽しむってことじゃないですか。『ハルヒ』や『エヴァ』の考察サイトも沢山あったし、映画も『スター・ウォーズ』をはじめ半端じゃないファンサイトが存在する。
例えばボカロPの中で屈指の成功を収めている「カゲロウプロジェクト」も、ただ音楽を聞くだけじゃなくて、小説や漫画によって立体的な展開をして付帯情報を増やしたことで、変な言い方ですが、音楽だけじゃないという点で音楽として楽しめるようになっている。
まつらい それはすごくわかります。音楽そのものももちろんですが、その音楽をつくっている人の人間性や、その人との関係性の方も重要なのかなって思います。
だから、音楽とTwitterを連携させるというのも、まさにその関連性を可視化出来るものがほしかった。だからTwitterをベースにしたんです。目的がはっきりしていて、逆に新しい音楽を見つけることには適さないサービスですが。
AnitaSun いや、適してますよ! J-POP の超ビッグアーティストが新しいアルバム出しても中々売れないみたいな報道があるじゃないですか。でも、そもそもいつそのアルバム出たか、みんな知らないんですよ。
最近音楽が売れないと言うけれど、そもそもどんな新譜があるのかを知らせることさえできていない。知らないものを買うことはできない。
逆に同人音楽は、やっぱり「M3」と「コミケ」あわせだから、大抵そこで新譜が出るということがわかっている。だから買い逃しというのも比較的少なくて済む。
「APOLLO」や「超まとめ」同様、「M3Viewer」のAPI連携も、同じように未知の作品を知る機会を提供する点では一緒です。知っている人の新しい音楽が出た瞬間に大量に試聴させることもまた、新しい音楽に出会うということだと思っています。
ランキング偏重時代の同人音楽の行方
AnitaSun とはいえ、同人音楽業界には色んな問題が横たわっている。例えば試聴環境が整備されていないとか、どんなサークルがあるかを体系的に調べようがないとか、やっぱり敷居は高いと思うんですよね。お2人は、同人音楽にどんな問題を感じていますか?
えふ 音楽って、ラジオやテレビで流れてくることで聞くきっかけになることも多い。でも、同人音楽は、普段生活していて自然に耳に入ってくることなんてまずない。聞く側が動機をもって必ず能動的に探さなくちゃいけないですよね。
同人音楽をやっている人達は、何千枚何万枚と発売しているわけではないし、イベントでほそぼそと自分の好きな音楽を売る人が大多数です。そして、彼らが自分の音楽を宣伝する媒体は、動画サイトや自分のHP、Twitterなどがほとんどです。
だからイベントで通りすがりの人に聞いてもらうとか、例えば私の場合はすし〜さんのネットラジオ「すし〜のあぷらじっ!」で紹介してもらうとか。それで温かい感想もいただくことで継続できる気持ちも維持できている。つくる側にとってもありがたいし、聞く側にとっても、そういうふうに同人音楽を探す専用の入口がもっとあってもいいんじゃないかと。
まつらい 問題という訳ではないですが、最近は同人音楽を同人音楽と思わないで聞いている人もいますよね。高校の頃の友人たちも、YouTubeでピンとくるものが、洋楽のメジャーだったり日本の同人音楽だったりして、ほぼ同列にみなして全く同じように楽しんでいたように思います。
サークルの方でも、「ニコニコで知ったのでM3は初めてです」とか「とらのあなに行くのが初めてだからどこにCDが売っているかわかりません」みたいなファンの声をいただきます。同人音楽のリスナーが増えてきている証拠でもありますが。
AnitaSun 入ってくる入り口がどんどん変わってきましたね。
話を聞いてみると、今の高校生はボカロを聞いてる子が多くて、その中でも、当時の私がオリコンに中々入ってこないピチカート・ファイヴやサニーデイ・サービスを一生懸命掘っていた感覚で、彼らは同人音楽を掘ってるんですよね。
驚くべきことに、実際に高校生の男の子何人かに聞いてみたところ、先輩から教えてもらって同人音楽を掘るようになって、それがイケてる文化として継承されてきていると。だって、彼らがいう「堀ったアーティスト」が例えば感傷ベクトルさんですよ。ついにそんな風に同人音楽が掘られる時が来たか、という感じ。
──それは、ジャンルやメジャー/マイナーの垣根がなくなってフラットに受け入れられているということでしょうか?
AnitaSun でも、私は、昔の方がフラットだったと思っています。今は、YouTubeやニコ動で大きく取り上げられるものは世界的な広がりを見せる時代です。逆に注目をちょっとでも外れると、ランキングに載らないと、どうしても埋もれてしまう。つまり、ランキング・キュレーション偏重の世界になっている。そして、そのキュレーションも大して機能していません。
かつては、リアル店舗の売り場というキュレーションが、今とは段違いに機能していました。店舗毎にランキングの中身も違い、スタッフのおすすめコーナーもあり、顧客も分散していました。
ネットベースのキュレーションにおいては、ゲームのダウンロード販売でも音楽動画でも、等しく、ランキング外になった瞬間に突然アクセスが激減するんです。リアル店舗などと比べても。
そのため、今のインターネットの形では、極端な格差が生まれやすくなっています。一部の人が目立つと、それ以外の人は昔以上にスポットを浴びにくい。
それは今の同人音楽にも同じことが言える。特に、ニコ動中心じゃないサークルは、即売会しかアピールの場所がない。
目につきさえすれば、洋楽も同人音楽も横並びになれるという状況は、面白いと思います。ただ、とにかく今、その入り口が少ない。
即売会で数時間待ちの長蛇の列を作る大人気サークルが、それだけのヒキがありながら実は一般的には一切知られていないみたいなことが起きている。それはやはり入り口の少なさが原因ですし、もったいないとも思うんですよね。
YouTubeで優れた同人音楽に偶然出会う確率は極めて低いわけで、その感覚をもっと多くの人にとって当たり前にするためには、もっと整理された入り口が絶対必要ですよね。その機能を果たそうというのが、「超まとめ」や「APOLLO」です。
だから、「超まとめ」のAPIを使っていただいたことで、より同人音楽の広がりは増しているはずだし、どんどんそういう取り組みは進めていきたいと思っています。今日は、「APOLLO」主催としても色んな発見がありました。ありがとうございました。